あなたの居ない世界で、

三好ハルユキ

第1話「、昼下がりに赤い食卓を」

 一人暮らしには少し大き過ぎる鍋で、私はいつものようにパスタを茹でている。

 テレビを点けて一通りチャンネルを回し、どの放送局も興味を引かないことを確認して、そのままリモコンでDVDデッキの電源を入れた。

 VHSも再生出来るそのデッキは結婚祝いに映画好きの父親からもらったもので、逆算するともう十年は現役選手として活躍している。内蔵の時計が止まっていることとスイッチを押してから電源が入るまでに一分ほどかかること以外は問題なく動いているので、今のところ引退の予定も無い。

 電源が入ると同時に、入れっぱなしにしていたDVDが再生される。

 画面いっぱいに肌色をさらけ出しながら若い女が上下運動に勤しんでいた。

 「わぁお」

 慌てて即座に停止ボタンを押して、大音量で漏れ出た甲高い喘ぎ声を止める。平日の昼間なのでお隣さんショックの危険が無いことだけが救いだった。

 昨日は遺品整理の途中で夫が隠し持っていたアダルトビデオを発見して、夜中にヘッドホンをしながら一人上映会に興じていたのだ。うっかり途中で寝落ちしたきり、デッキの中身をそのままにしていた。

 別にアダルトビデオ観賞の趣味があるわけではない。しかし愛する夫の趣味だと思うとこれがなかなかどうして、なんというか、まぁ、味わい深い。

 鍋の火を止めてから、リビングに戻ってDVDを入れ換えた。

 別に他人のセックス見ながらでもご飯は食べられるけど、生憎なことにパスタは一品料理なのでオカズの出番は無いのである。なんつって。

 テレビの横の棚にずらっと並んだパッケージはどれも夫と見たタイトルばかりだ。二人で選んで買ってきたものも、私が勝手に衝動買いしてきたシリーズものも、夫が実家から持ってきたアニメ映画なんかもあるけれど、一緒に見たことのない作品は一つもない。そしてそこに先日、夫のアダルトビデオも並んだ。本人が見たら悲鳴を上げるかも知れない。

 ま、死人に口無しってことで。

 適当に選んだ映画をデッキに入れてから、食事の支度に戻る。茹でたパスタを皿に盛って、レンジで温めた既製品のミートソースをかけてやんわりと混ぜる。最後に野菜室からトマトを取り出して軽く水で流し、そのままパスタの皿に乗っけた。サラダの代わりだ。

 リビングのテーブルにペットボトルのお茶とパスタを並べて、リモコンの再生ボタンを押す。

 いつもの時間。いつもの食事。週末、休みの日には決まって簡単な手料理。

 横着も、手抜きも、行儀の悪さも、笑って注意してくれる人はもう居ない。

 主人公が叫んで川に飛び込む冒頭のシーンにわくわくしながら。

 私はトマトを皮ごと丸かじり、パスタを口先で音を立てて啜った。

 

 

 

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