みそしる

めぞうなぎ

みそしる

「あら、塩と砂糖間違えちゃった」

「料理得意なのに、そういう凡ミスやっちゃうこともあるんだな」

「間違えないように間違えないようにって気を付けてる時ほど、うっかり逆をやっちゃうっていうのかな。好きな子についつい意地悪しちゃうのと一緒だよ」

「一緒かなあ?」

「弘法と筆の一晩の過ちって言うしね」

「言わないよ。生物種の垣根を越えてるじゃないか」

「弘法は筆の誤りだっけ」

「弘法は筆の隠し子ではありません」

「まあ、たまには人も失敗します。ミスや過ちを犯すものです」

「そうだね」

「君が過ちを犯していたらただじゃおかないけどね」

「その心配はないと思うけど」

「そう?」

「そう」

「そうか」

「そうだ」

「じゃあ、もしも嘘ついたら――そうだね、毎朝私の作った味噌汁でも飲んでもらおうかな」

「どっちにしろ、成す術ないじゃないか」

「成す術欲しいの?」

「そんなことはない」

「じゃあ、毎日これを飲んでもらいましょうねー♪ じゃばー♪」

「うおっ、ちょっ、ビールグラスに味噌汁をつぐやつがあるか」

「あんまり色違わないじゃん、どっちも茶色いし」

「不思議と言い返せない」

「ささ、グニッといっちゃって」

「軟体を捻じ曲げたような音はどこから……?」

「グミッ?」

「悪化というか軟化というか」

「まったくもう、仕方がないなー」

 こほん。

「それでは、例のコールで君の背中を後押ししてあげましょう」

「そこまでして飲ませたいのか」

「せーの……


「うんとこしょー! すっとこどっこい見てみたい! それイッキ、イッキ!」


「そんなコールではなかったはずだ」

「あれ?」

「どうやったらそうなるんだ」

「あ、思い出したよ」

「頼むよ、いや、背中を押してほしいという意味ではなく」

「では参ります」

「参ったな」

「せーの……


「大仏とー! 鹿と仏閣見てみたい! それ近畿!」


「近畿!」

「近畿!」

「近畿!」

「近畿! 私をスキーで連れてって!」

「スキー板で高速には乗れない。なに、旅行行きたいの?」

「別に」

「そう」

「お味噌汁……飲んでくれないの? 飲まないの?」

「いや、飲むけど」

「おっぱい飲まないの?」

「おかしいだろ」

「要求飲まないの?」

「飲むけど」

「私と永遠の味噌汁ドリンクバーを誓いますか?」

「毎日作ってくれるのは嬉しいけど、なにもそんな言い方しなくても」

「病める時も健やかなる時も」

「高血圧の時は控えたい」

「赤味噌の時も白味噌の時も」

「特に好き嫌いはないです」

「実が豆腐の時もお茄子の時も」

「油揚げでも構わない」

「永遠の味噌汁を、誓いますか?」

 ちゅー。

 このタイミングでキス顔はどうなんだとか、告白の題材として味噌汁はどうなんだとか、色々言いたいことはあった。

 あったけど。

「誓おう」

 それよりもまず、愛を表すのが先なんじゃないかと思った。

「Me, so」

 彼女の返答も、この状況も、多分間違っている。だけど、大切なのは中身だ。

 味噌汁の香りよりも濃密な雰囲気が、二人の間を満たした。

 これから先もずっと、彼女と手に手を取り合って、清濁併せ呑んで生きていこう。

 彼女とまっすぐ目を合わせてから、一気にグラスを呷った。






 

 おっえええええええええええええええ。







「この味噌汁、めちゃくちゃ甘いんだけど?」

「塩と砂糖間違えたって言ったはずだけど?」

 あれ、味噌汁にだったのかよ。これじゃあミススープだ。病んじゃう。

「健やかなれ~」

 けれど、彼女の朗らかな声を聞いていると、どうでもよくなってしまう。

 誓いの杯としては、悪くなかったのかもしれない。

「毎朝これで甘やかしてあげようと思ってるんだけど、どう?」

「虫歯になるよ」

「愛情丸込め味噌だからね」

 だからこんなに甘いのか。

「あのキャラクターはもういないんだぞ」

「皆の心の中にいるんだぞ――愛と一緒だ」

 むっふんとふんぞり返られて、返す言葉がなくなった。

 なくなって、何となしに、手元のグラスに視線を落とす。

 グラスの底に、麩が二つ、繋がったまま残っているのが見えた。


 あー。


 指輪買わなきゃな。

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みそしる めぞうなぎ @mezounagi

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