第二二話 ストーカー
1
ねえねえ、聞いてよお。
あたしがね、昨日ね、カラオケからお家に帰る途中の話なの。
時間?
んー。夜の9時ぐらいかなあ。
それでね、遅くなっちゃったなあ。今一人暮らしとは言え、遊びすぎちゃったかなあ。って思ってたの。
うんうん。単身赴任のパパのところに、ママが出かけててね。それで今、家に一人なのよ。
女子高生を一人、家に置いてくなんて、アブない親だよね?
でさ、暗い道を歩いてるとね。後ろから、誰かがついてくるのよ!
本当、本当。あたしの後を、ずっとついてくる人がいるの。
しかもね、それは昨日だけじゃないんだ。
ここ一週間ぐらい、お家に帰るとき、いつも現れるのよ!
あたしが足を止めると、向こうも止まるんだよね。フツーじゃない!
あたしは、早足で歩いたんだ。
だって怖いじゃないの!
そしたらね、後ろにいた人は、あきらめたみたいだった。
ああ、いなくなったなあ。良かったなあ。
ほっとしたわけ。
すると。
あたしの目の前に、いつの間にか、気味の悪い男が立ってるじゃない!
うん、距離はまだあるんだけど、あたしが来るのをじっと待ってるみたいだった。
キモイ! 本当にゲロキモイ!
真っ暗な夜なのにさあ、真っ黒なグラサンかけてるの。
でさあ、服も上から下まで真っ黒なんだよね。
え? それで、どうしたかって?
あたし、防犯ブザー、いつも持ち歩いてるんだ。
で、ピーピー鳴らしたわけ。
そしたら、走って逃げてったんだよね。
本当に怖かったんだから!
2
「なるほど、なるほど」
伊吹冷泉(いぶきれいぜい)さん、愛称レーゼさんは言った。
今日も、いつも通り、上も下も真っ白なスーツ。で、青いネクタイ。頭には、白い帽子をかぶってる。
黒い髪は、すんごく長い。あたしよりも長くて、腰までもあるんだ。で、羨ましいくらい、白い肌。赤い唇。すんごい美形。
歳は二十一歳だって。
変わってるのは、日本刀を持ち歩いてること。それで、鬼を切るんだってさ。
「でもですね?」
「なあに、レーゼさん?」
「それは、僕の膝の上に乗らなきゃ、できない話だったのでしょうか」
「いいじゃなーい」
あたしは、ぎゅーっと抱きつく。
「だって、ちー、すんごく怖かったんだもん!」
「はあ。しかしストーカーは、僕の専門外なのです。宜しければ、警察の方を紹介しますよ」
「えー! レーゼさん、冷たーい!」
「そうですかねえ」
「鬼退治の専門家なんでしょ? ストーカーだって、鬼みたいなもんじゃない。レーゼさん、やっつけてよお」
「うーん」
レーゼさんは、困ってるみたいだ。
「人間であるストーカーと、化け物である鬼とは、だいぶ違うんですけどねえ」
「一緒よ、一緒」
「はあ。でも一週間ぐらい前と言えば、千恵美さんとちょうど知り合った頃ですよね。何か関係があるとは思いませんか」
「もー、ちー、って呼んでって言ってるでしょお」
「そうでしたね。申し訳ありません」
「きっとね、ちーとレーゼさんが、ラブラブになったから嫉妬して、ストーカーになったんだと思うの」
「そうなのでしょうか?」
ううん。口からでまかせ。
「今日、家まで送ってくれるよね?」
「え? 今日ですか?」
「だめなの?」
「今日は、この後、大事な用事があるのですが」
「えー、ひどい、ひどーい! ちーに、一人で帰れって言うの? レーゼさん、ひどいよお!」
あたしは、うるうるした目で見上げているはずだ。
困りましたねえ、とレーゼさんは呟いた。
3
喫茶店で、そうしてレーゼさんを落とそうとしていると。
「兄様!?」
目の前に立つ、セーラー服がいた。
これは、弘高の制服だ。
けっ。頭がいいみたいじゃないの。
おまけに、ちょーっと綺麗な顔をしてる。
まあ、胸はないみたいだけどね!
「兄様、その女性は、どなたなのでしょうか」
「はい。何か、僕のファンだそうですよ。名前は、千恵美さんと言います」
あたしは、また、ぎゅーっと抱きつく。
「もー。ちー、って呼んでって言ってるでしょお。で、この人は誰?」
「伊吹雪香(せっか)さんです。僕の『再従妹(さいじゅうまい)』です」
「サイジューマイ? 何それ?」
「僕より年下で、女性の『またいとこ』、または女性の『はとこ』、または『大おじの孫娘』、または『従伯父(じゅうはくふ)か従叔父(じゅうしゅくふ)の娘』のことです」
「えー? ちー、さっぱりわかんなーい」
「じゃあ、妹ってことで。僕にとって雪香さんは、妹みたいなものなのですから」
雪香は、あたしたちの前に座り、あたしを、キッと睨む。
妹? 違うね。
この女は、あたしのライバルだ!
そりゃあ、女のカンってやつなわけよ。
「で、その千恵美さんは、どうして兄様の膝の上に乗ってるわけですか」
「ストーカーにあった話を伺っていまして。思い出すだけで怖くて、僕に抱きつかずには、いられないんだそうです」
「そー。ちー、とっても怖かったのお」
雪香は、ますます怖い顔をして、あたしを見てる。
「ここは、喫茶店ですよ? 膝の上から降りるべきです。兄様も、公共の場で、恥ずかしいとは思わないのですか」
ちっ。邪魔な女だ。
「じゃあ、帰る。レーゼさん、約束通り、家まで送ってえ」
「うーん。約束はしていませんし、これから大事な用事がある、と言ったはずなのですが」
「あ。ほんとに、ひどーい! ちーに、一人で帰れって言うの? またストーカーにあって、今度こそ殺されちゃったらどーする?」
「うーん。それは確かに、夢見が悪いのです」
「でしょ?」
雪香が怒鳴った。
「あ、あた、いいえ、『技』と、その子の、どちらが大事なのですか!」
4
へん。この勝負は、もう勝ったもドーゼン!
「レーゼさぁん、この人、何だかこわーい。さっきから、ちーのこと、睨んでるしぃ」
「睨んでません!」
「ほら、また怒鳴ったぁ」
「怒鳴ってません!」
「まあまあ、お二人とも」
レーゼさんは、眉の間に指を当てて言う。
「確かに雪香さんは、さっきからここに、しわが寄ってますよ。もっと笑って、笑って」
「あたしは、いつも、こういう顔なのです!」
「笑顔のない女の子なんて、ダメだよねー。あたしなんて、笑顔が自慢だしー」
レーゼさんが、あたしにも言う。
「千恵美さんもですね、雪香さんとの約束は、とても大事な用事なのです。月に一度、『技』を教えて貰うのは、貴重な時間なのですよ」
「そうです。父様の目を盗み、こうして教えに来ているのですから」
そんなの、無視、無視。
「『ワザ』って何?」
「伊吹家に伝わる、秘伝の『技』です」
「えー。なんかすごーい。ちー、見たいなあ」
「見せられません! だから秘伝なのです!」
「えーん。また怒鳴ったあ」
あたしは、泣きそうなフリをする。
「兄様」
雪香は言う。
「行くなら、早く行きましょう。あたしだって、暇ではないのです」
「はい。わかってはいるのですけど」
「烈花様が怒りますよ。兄様に『技』を教えるよう仰ったのは、兄様の剣の師匠、烈花様なのですから」
「あ。そういう理由だったのですか」
レーゼさんが、しょんぼりしたのがわかる。
へん、良くわからないけど、ボケツをほったな!
「烈花叔母様に頼まれたから、だったのですか。僕は子供の頃の、『技』を教えてあげる、という約束を覚えていてくれたのかと思い、嬉しかったのですが」
「そ、それは……」
よし、ここがチャンスだ!
「へーえ。レーゼさんは、子供の頃の約束を、きちんと覚えていたんだあ。妹さんは、すっかり忘れてたのに」
「そのようですね」
「そ、そんなことは……」
「妹さんは、冷たいねえ。そうだよね? そう思うよね? ねっ、ねっ?」
ここは押しだ!
「え? うーん。どちらかと言えば、そうなのでしょうか」
雪香は、立ち上がった。
ちょっと、泣きそうな顔をしている。
「もう結構です! あたしは帰ります!」
いえーい! 可哀想だけど、あたしの勝ちー!
5
あたしはレーゼさんと、家に帰る途中。
「あのう。手を繋ぐ必要は、ないのでは?」
「そんなことなーい」
「はあ」
そうして歩いていると。
レーゼさんが、立ち止まった。
「なに?」
「ストーカーです」
「ええ!?」
「しかもどうやら、鬼のようですね」
「ええ?」
「僕に関わったことで、千恵美さんは、鬼に狙われてしまったのですね。ここにいて下さい」
レーゼさんは、日本刀を抜いた。
「が、頑張って!」
「はい。もちろんです」
お。真剣な顔もいかしてる!
レーゼさんは去っていった。
んー。
レーゼさん、大丈夫かなあ?
帰ってきたら、何て言って迎えるのが、効果的かなあ?
やっぱり、あたしのためにありがとう! かなあ。
「きゃあ!」
あたしは、後ろから、捕まえられた。
6
戻って来たレーゼさんは、あたしを見て言う。
「珍しく、二人組の鬼でしたか。これは迂闊でした」
その、あたしを後ろから捕まえているのは、確かに人間じゃなかった。
だって爪はすんごく長いし、息はすんごく臭いんだ!
「津軽正宗を捨てよ!」
鬼は言った。
「捨てなければ、この女を殺す!」
「いやあ! レーゼさん、助けてよお!」
あたしは本気で叫んだ。
だって、こんなところで死にたくないじゃない!
「捨てる必要はありません」
え?
そう言ったのは、雪香だった!
いつの間にか、レーゼさんの後ろに立っている。
「鬼を退治するためには、多少の犠牲はつきものです。兄様は、そういうところが甘いのです」
勝手なこと言ってんじゃないわよ!
「甘いと言われても、しょうがないですねえ」
レーゼさんは、日本刀を捨てた。
アスファルトの上に、それは突き刺さる。
レーゼさん、やっぱり、あたしのこと好きなのね!
鬼は言う。
「臭いがするぞ! お前はまだ、正宗の物を持ってるだろ!」
「ばれましたか」
レーゼさんは、スーツの内側から、小さなナイフを取り出した。
「それも捨てろ!」
「はいはい」
レーゼさんは、それを頭上に高く放り投げる。
すると。
レーゼさんの肩を踏み台にして、雪香が高く跳んだ!
空中でナイフを掴み。
「『雷刃(らいじん)』!」
ナイフが、一瞬で消えちゃった。
7
あたしを捕まえていた人は、死んで灰になった。
ほんとに人間じゃなくて、鬼だったのよ!
あたしは、ぺたりと座り込む。
「良く、僕の考えがわかりましたね」
雪香が言う。
「兄様の考えていらっしゃることなら、だいたいわかるつもりです」
あ。なんかムカつく。
この二人、イシンデンシンってやつなの!?
「それにしても、見事な『技』でした」
「ありがとうございます」
「僕にも今度、教えてくれますよね?」
「はい。もちろんです」
やばい。
このままじゃ、負ける。
あたしは、泣き出すフリをした。
「えーん! 怖かったよお! 足が震えて、歩けなーい!」
「そうですねえ。人質になったのは、僕の失敗でした。何でも言うことを利きますから、許して下さい」
チャーンス!
「じゃあ、おんぶして!」
「はいはい」
あたしは、レーゼさんの背中に乗った。
「ところで」
伊吹さんは言う。
「なぜ雪香さんは、僕らの後をつけていたのですか?」
そうそう。
雪香は、真っ赤になって言った。
「に、兄様が、『送らせ狼』にやられないか、心配だったからです!」
「はあ。何ですか、それ?」
ちっ。ばれてたか。
『送らせ狼』つーのは、女の方から家に送らせて、家に招き入れちゃうテクニックのことなのだ。
でも、レーゼさんは、そんなことは知らないみたい。
「ねえねえ、帰ろ。家についたら、部屋まで運んでくれる? パパもママもいないから、あたしが、美味しいハーブティーを入れてあげるよ」
「そうですね。喉が渇いたようです」
「あ、あの」
雪香は、何か言おうとしている。
「どうしましたか? あ、わかりました。雪香さんも、喉が渇いたのですね。では、二人でお邪魔するとしましょう」
「結構です!」
雪香は、怒って去って行った。
「うーん。雪香さんは」
呆然とそれを見送った、レーゼさんは言う。
「機嫌を損ねるほど、ハーブティーが嫌いだったのですねえ」
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