バレンタインの変

卵粥

第1話 ビタースイートバレンタイン

 幼馴染みである星鳴ほしなり夏菜かなが入学してくる二ヶ月程前。

 ――まあ要するにバレンタインデーなるものである。

 その日は女の子にとってはチョコを渡せるかどうかの戦いであり、男達はそわそわしながらチョコを貰えるか期待しながら待つ日である。

 もちろん俺――布良めら和哉かずやも張り切っている。

「まあ、ソシャゲのイベントの話なんですけどね」

 お、やっと全員からチョコ貰い終わった。

 今日はバレンタインの前日、イベントも明日で終わるため、俺はサボっていた分を最終日に必死に巻き返していた。

「……うん、ロマンもクソもねえ」

 そんなことを呟きながら必死の周回、もうやめてしまいたい。

「でも実際、貰える奴なんてねえ……」

 俺は明日貰えるであろう相手の顔を思い浮かべていた。

「夏菜は毎年くれるとして、めぐるは……、俺と同じタイプの人間だからなぁ」

 最悪イベントのある期間としか思っていないかもしれない。

「――よし、終わりっと!」

 俺はようやくイベントを終え、床に入る頃には3時を過ぎていた。

 ――実際、明日は貰えるのかね……。

 がらにもなく、少しワクワクしながら眠りに落ちた。


            *


「ふあぁ……、眠い……。そして寒い……」

 寝ぼけ眼を擦りながら、冷たい空気に震える通い路。

 ……自転車だともっと寒いんだろうなぁ。

 そんなことを考えながらとぼとぼ歩いていると、あっという間に学校に着いた。

 そして、周りからは多種多様な話し声が耳へと入ってくる。

 ある奴は、誰々から欲しいだとか、ある奴は、誰々に渡すだとか。

 また、ある奴は、興味が無いと口では言いながらも靴箱の中を確認した後に明らかに気落ちした表情を見せる奴。

 なんか……みんな楽しそうだな。

 そんなことを考えながら、靴箱から靴を取り出し、振り向けばそこには見知った顔。

「おお、めぐるか。おはよ」

「おおおおお、おはよ、カズ!」

 そこには顔を真っ赤にした友人――不知火めぐるがいた。

 てかどうした、ちょっと落ち着け。

「きょきょきょきょ、今日は早いな!」

「いや、いつもこのくらいに来ていたと思うが……」

「そそそそそ、そうだったカナー!?」

「どうしたんだよ本当に……、ひょっとして――」

「ぴょえ!?」

 なんだよ「ぴょえ」って。――ってそれよりも、

「お前ひょっとしなくてもさ――」

「あああああ、そ、それじゃあまた教室でな!じゃあな!」

「え、あ、ちょっ!」

 そう言うとめぐるは赤い顔のまま走り去って行った。

 別に同じ教室なんだから別々に行く必要は無いだろ……。

「しかし顔真っ赤で話し方もしどろもどろ。まさか、――――風邪か?」

((((いや絶対違うだろ))))

 周りの奴らの心情など、彼は知らない。


            *


「すーはー、すーはー」

 落ち着け、落ち着け私。大丈夫だ、昨日みたいに話して、昨日シミュレートしたとおりにチョコをぽんと渡しちゃえばいい。

 それだけ、それだけなのに、いつまで経っても顔は熱く、頭も上手く働かない。

 自分が嫌になって頭まで痛い。

「うーうー……」

 どれだけ心を落ち着けようと9歳児のままである。

「はぁ……、こんなんで渡せるのかな……」

 もういっそのことこのままでも――

「おーい、めぐる。なんでさっきは――」

「か、かかかか、カズ!?いやちょ、まっ、た、タイミングが……」

「?何言ってんのかわかんねえけど、お前ひょっとしなくても――」

「え、え、うえええ!?」

 な、何?さ、流石にこんだけ露骨だとやっぱバレたり――

「顔も真っ赤だし、風邪だろ」

「ちっがーう!」

 ああ、うん。お前そういう奴だもんな。一気に冷静になったわ。

 ……まあでも、おかげで落ち着いたし、これなら渡せるかな。

「ああと、風邪じゃないから、大丈夫。」

「本当か?なんなら保健室ついて行くぞ?」

「大丈夫!大丈夫だから!そ、それよりも――」

 キーンコーンカーンコーン

「お、予鈴だ。じゃあ座っとくか。」

「お、おう……」

 なんかもう……今日の私、ひどいな……。


            *


 ホームルーム中、この日は誰も先生の話など聞いていなかった。俺も聞いてなかった。

 皆そわそわざわざわと夢と希望に胸を膨らませている。

 まあ、俺は眠たくて聞いてなかっただけなんですけどね。

(しかし、さっきのめぐる。本当に大丈夫なのか?)

 本人が大丈夫だと言うから何も言わなかったが、どう見ても様子が変だ。

(まあいいか。あ、いい感じに眠気が……)

 そんな感じで俺は眠りへと落ち――る事は無かった。

 大きな音を立てて、――俺の隣にいためぐるが倒れた。

 教室は先ほどとは違った形で騒然とし、俺の目も思わず冴えた。

「めぐる!?」

 息は荒く、顔は先ほどよりも赤い。

「と、とりあえず保健室に連れて行ってきます!」

 先生にそう言ってから、俺はめぐるを抱え、冷たい空気に包まれた廊下へと飛び出した。


            *


「38度……。なんで学校来たのさこの子」

 保険の先生は呆れながら計り終わった体温計を置く。

「まったく……、平気だ平気だ言って、倒れやがって」

 まあこの季節だし、しょうがないと言えばそうなのだが……。

「まあ、この熱なら帰るしか――」

「だ、大丈夫です!大丈夫ですから!」

「「!?」」

 先生の言葉に対し、いつの間に目が覚めたのか、めぐるが声を荒げ、ベッドから飛び出してくる。

「いやいや、不知火さん。さすがにこれだけ熱あったらまともに授業なんて――」

「大丈夫です!鍛えてますから!」

「いや関係ないだろ」

 風邪引いてしまったらもう体の強さなんて意味ないかと。

「と、とにかく今日は帰るわけにはいかないんです!」

「ふーむ、そうは言うけどね……」

「で、でも……」

「いい加減にしろ、めぐる!」

「!?」

 流石に我慢の限界ではあった。

 どんな理由があれ、自分の体を大切にしようとしないめぐるに、思わず声を大きくする。

 部屋中が静寂に包まれる。思えば、めぐるに対してこんな風に怒ったのは初めてかもしれない。

「まったく、今から荷物取ってきてやるから、そこで待って……」

「……か」

「あ、何だって?」

「カズの馬鹿!」

「はぁ!?」

 突然の罵倒に困惑していると、その間にめぐるは部屋を飛び出していた。

「と、とにかく早く追いかけないと!」

「おー、いってらー」

「いやあんた一応教師だろ、危機感持てよ!?」

 わりかし無責任な養護教諭に対して叫びながら、ドアを開けると――

「うーん……」

「め、めぐるーー!?」

 廊下にめぐるが倒れ伏していた。


            *


 あーあ、嫌われただろうなぁ、私。

 理不尽にキレて許されるのはラノベの中だけ(許されない時もあるけど)ここは現実だもの。

 まぁ、やってしまったものはしょうがないし、後で謝らないと……。

 でもカズ、話聞いてくれるかな。

 これがきっかけで疎遠になったりしないかな。

 分かっている、カズはいつだって優しく接してくれる。

 けれど、今の体調がマイナス思考へと陥らせ、私を不安にする。

(嫌だよ……。嫌いにならないで……)

 その言葉を口にしたのかはわからない。

 けれど、それは確かに私の本心であった。


            *


「嫌だよ……。嫌いにならないで……」

「へ?」

 あの後、めぐるの荷物を取ってくるから見ていろと言われ、それ普通俺の仕事では?と思いつつも、見ていると、か細く、そして誰が聞いてもわかるくらいの震えた声により、思わず間抜けな声を出す。

 嫌いにならないでって、こいつは自分の行動を覚えていないのか?

 思えば、あんな風にめぐるに怒ったのは初めてだし、怒らせたのも初めてかもしれない。

 正直、何だこいつは、なんて思ったほどだ。

 けどな――

「……そんだけで嫌いになるほど、お前に魅力がないとは思っていないからなあ」

 誰だってよくわからない部分はあるだろうし、それが気にならないくらいの魅力だって、こいつは持ち合わせている。

 いつだって明るく、俺の馬鹿な話にだっていつだって笑って、逆にこいつ自身が馬鹿な話をしたり、真面目な話には真面目に付き合ってくれる。

 まあ、女としては終わってるんじゃないかなって思わなくもないけれど。

 それでも――

「少なくとも、俺は親友だって言えるくらい、仲良くなれたって思ってるからな」

 なんて、寝てるから聞こえてないか。

 あー恥ずかし、何寒いセリフを一人で吐いてんだか。

「ううん……」

「うおっ!?……何だ、寝返り打っただけか」

 今のが、例え夢うつつの状態だったとしても、めぐるに聞かれようものなら、悶死する。

「つーか、こいつほんとなんでこんな体調で学校来たんだか……」

 後ろ頭からしか見えねえけど、耳まで真っ赤じゃねえか。


            *


「ほーい、荷物取ってきましたよっと」

 しばらくすると、無責任教師がめぐるのかばんを持って戻ってきた。

「なんか君私のこと失礼な呼び方しなかった?」

「気のせいでは?」

 ちっ、カンは良いようだな。

「……まあいいや、ほら、不知火さん起きて」

「んん……」

 呼びかけられたことにより、気怠そうにしながらも、めぐるは体を起こす。

「ほい荷物、ご両親には連絡しておいたから、すぐ来ると思うよ」

「あ、はい、ありがとうございます……」

「お礼なら、そこの彼氏君にも言ってあげるといいよ」

「か、カレシ!?ちちちち違います!!」

「いやいや、隠さずともいいさ、今日という日にふさわしいお礼だってあるんだろうし、私は少し、外の空気でも吸ってくるかなー」

 そう言うと、無責任教師改め、ゲス教師は、勘違いしたまま出て行ったのであった。

 まあ、こういう時にかける言葉は一つだよな。

「……あー、ドンマイ」

「う、いや、別に嫌じゃなくて……むしろ嬉しかったり……」

「うん?どうかしたか?」

「いいいいや、何でもないぞー!?」

「あー、うん。落ち着け、な?」

 そんな、いつもと変わらないやり取り。そんな俺たちの距離感。

 やっぱり、好きになることはあれど、嫌いになるなんて絶対にありえない。

「……そういえば、ごめん、カズ。心配してくれているのはわかってたのに、あんなこと言って……」

「別にいいよそんなこと。それよりも、早く元気になってくれ」

 エロゲの話なんて、お前くらいにしかできないからな。

「おう!……えーと、それと、だな……」

 そんな、どこか迷いながら、けれど覚悟を決めた、そんな表情のめぐる。

「こ、これ……作ったから……」

 そう言って、めぐるがカバンから取り出したのは――チョコ!?

「嘘だろ……、お前がバレンタインに対して、世間一般の価値観を持っていただなんて……」

「やっぱそれ返せ」

「すいませんでした!超うれしいです!」

 嘘ではない。貰えるなんて思っていなかったから、正直めちゃくちゃうれしい。

「こ、これ、食べてもいいのか?」

「お、おう、味は、あんまり保証できないかもだけど……」

 おお、まさか夏菜以外からのチョコを、口にする日が来るなんてなあ。

「そんじゃ一つ。いただきます」

 ……………

「ど、どうだ……?」

「す、凄く、美味しいな……」

「ほ、本当か!」

 ああ、くそう。めっちゃいい笑顔してんなあ……。

 けどな、ごめんめぐる、塩の味しかしないんだこのチョコ。

 大方、塩と砂糖を間違えたんだろうが……、にしても辛いぞこのチョコ。

「えへへ……よしっ!」

 ……まあ、いっか。そのくらいの間違いなら、別に言うほどでもないし。

「あ、あとな、カズ」

「ん?今度はなんだ?」

「わ、私も、お前のこと親友だって思ってるからな!それじゃ、おやすみ!」

 そう言ってめぐるは布団を被り――って待って待って待って!!!

 今なんて言ったこの子!

「ちょ、待っ、お前あの時起きてたのかよ!!」

「ぐー」

「ぐーじゃない!待って、お願い忘れて、忘れろください!」

「寝てるから聞こえないなあ」

「思いっきり起きてんだろうがあああああ!!」

 あああああああああ!もう嫌、俺もおうち帰るうううう!!

 結局、その騒ぎは、ゲス教師が戻ってくるまで続いた。

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バレンタインの変 卵粥 @tomotojoice

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