現実に飽きたので現実逃避の一環として異世界に転生します

プル・メープル

第1話 非日常のエントランス

俺は天宮時てんぐうじ 冬馬とうま

普通の男子高校生―――なんだけど

最近のこの世界には飽きた。

人生なんてクソゲー、そんな言葉を当てはめるのに大賛成なプレイヤーだ。

友達もいる、彼女もいる、成績も悪くない

何が嫌なのかって?

うまく行き過ぎているんだよ、人生が。


こんなこと言ったら汗水流して頑張ってる奴らには悪いが―――――


「もっと険しい道を歩みたい」


変化が欲しいんだ!

異能でもいい、転校生でもいい。

宇宙人でも生き別れの妹でもいい。

隕石の墜落で入れ替わりでも、

耳のないロボットの出現でもいい!


変化のない人生で作り笑いばかりうまくなって――――――、このまんまじゃ俺はただ回されるだけの歯車だ。


いくつもの歯車と噛み合って、

俺がいなくなったところで

他のやつが回れば俺なしでも

他はうまく回るように出来ている。


じゃあ真に回しているのは誰だ?

ただ回されるだけの歯車じゃない、俺たちを回しているのは誰だ?


いくら考えてもその答えなんて出るはずもない。


全員が歯車だ。

誰かを回しているつもりでも結局は誰かに回されている。

心に空いた穴なんて嘘っぱちだ。


『俺たちの歯車は

何を失っても、誰を失っても

回り続けるのだから―――――』


死んだやつの分まで頑張れ?

何を寝ぼけたことを言っている。

誰が死んでも俺たちの出せる限界は決まっている。


そいつが死ぬ前から限界を見ていないやつが『死』という要素を目の当たりにしたところで他人の分まで頑張れるとは到底思えない。


これは俺の勝手な推測だ。

根拠も証拠もない、筋なんか通っちゃいない。くだらん戯言だ。


でも、戯言は戯言なりの真実を軸にして存在する。


現実に何回ため息を吹きかけたか

わからない俺が、『楽しい』という概念のない瞳で見つめた世界にこぼした愚痴だ。


俺は今日で歯車を卒業する。

家族という歯車からも、

学校という歯車からも、

世界という歯車からも、

すべての歯車から抜ける。


解決方法は『死』しかないだろう。


くだらない世界で踊らされるくらいならば、

いっそ死んでしまった方が楽しいのではないか。


死ぬ時くらいはこの世界には何かを感じられるのではないか。

奇跡なんてない、未練なんてない。

すべてを終わらせるためにここに来たのだから。


俺は今、閉鎖されている旧校舎の空き教室に来ている。

ここで俺は人生のエンドロールを流す。

他人には迷惑をかけてしまうが、何も無かった人生の最後に他人に自分の存在を印象づけるのも悪くは無い。


俺はゆっくりと準備を進める。

首を吊る予定だ。

机を用意し、天井から釣り下がった電灯に縄を結んで吊り下げる。

輪を作って首が通るのを確認する。


「よし、これで終われる」


(母さん、父さん、鈴羽、ごめんな

勝手にいなくなるけど生きてくれよ)


俺は縄に首を通して乗っていた机を蹴り飛ばす。


「うぐっ!」


激しい衝撃が首にかかり、味わったことのない苦しみを感じた。

だが、恐怖なんて感じない。


意識が薄れ始めた時、バキッという音とともに俺の体は床に落ちる。

歪んだ視界で天井を見上げると電灯をつっていた部品が折れたようだ。


「はぁ〜、ひと思いに逝かせてくれよ」


首には跡が残っているが吊れそうな場所は他にはない。

飛び降りることも出来なくはないが、ここの窓はすべて金具で封鎖されていて、するなら窓を割らなくてはならない。


窓を割ってしまうと修理代が家族にいく。

それは避けたい。

いくら安い金額でも最後に残したのが窓の請求なんて情けないことはしたくない。

血の流れない、ひと思いに逝ける方法だ。


と、辺りを見渡していると、ふと、本棚に一冊だけ残った本が目に付く。

近づいて表紙を見ると、


「異世界目録?」


馬鹿げているがそこには

異世界の存在、異世界への行き方、

異世界の住人や異世界の食べ物など

非日常じみたことが書かれていた。


俺は読書が好きだ。

日常から抜け出させてくれるから。

興味で異世界への行き方のページを開く。


『手順1 机を12個用意し、円形に並べる』


書かれているとおりにする。


『手順2 そのうちの一つに大きく自分の名前を書く』


俺は近くの机に油性ペンで名前を書く。


(後で怒られるな……)


『手順3 自分の名前を自分の干支として時計回りに十二支を書く』


俺は漢字で干支を順番に書いていく。


自分は羊だから名前の横に羊と書く。


『手順4 あなたの干支の両隣の机と真北、真西、真東の机を引き抜き、残った7個で順番を変えて新たな円を作る』


『手順5 適当に1から7の番号をつける

ただし、1はあなたの机』


『手順6 1以外の素数を引き抜く』


俺は4と6を付けたネズミの机とイノシシの机以外をどける。


『手順7 あなたの干支から近い方を引き抜く』


羊からはイノシシの方が近い。

俺はネズミを残す。


『手順8 あなたの干支と残った干支、戦えばどうなるかをしたから選んで自分の机に書け


羊が負けるなら『1』を、

ネズミが負けるなら『2』を、』


(強い方―――それは羊の方だろ)


俺は羊の机に『2』と書いた。


「手順9 愚かな回答だ」


「だ、誰だ!?」


本に手順9などない。

背後から聞こえた声に驚いて振り返る。

そこには見知らぬ男が立っていた。


「誰……か、あえて言うならばお前を非日常から迎えに来た『案内人』だよ」


男は不敵に笑う。

と言ってもフードを深く被っていて口しか見えていない。


「お前は羊よりもネズミが弱いと回答したな、それは真実か?いや、違うな」


「な、何が違うんだ?」


「その質問には何のネズミか、どんな羊か、そんなことは一切書かれていない」


確かに本にはそんな言葉は書かれていない。


「つまり、死にかけの羊という可能性も考慮した上での回答をしなければならなかった」


俺は本のページをめくる、そこには――――


『場合によるなら『3』を書け』


「こ、こんなの引っ掛けだ!」


「ならお前は少しでも3を考慮したか?

選択肢は二つと限られた訳では無いのに目に見えるものしか信じない」


「ぐっ!」


「これが日常に脳を侵されたものの末路か」


「俺は違う!日常なんて嫌いだ!」


男は外の景色を眺めながらため息をつく。


「俺はそういうのは嫌いじゃない

いいだろう、お前を非日常に誘ってやる」


男は俺に向かって手を伸ばしてくる。


その時、初めて男の顔が見えた。


不気味な笑みのその瞳には吸い込まれそうになる黒さがあった。


「さぁ、異世界へようこそ、フフフフ」


耳障りな笑い声を最後に俺は気を失った。

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