成人式の時間

 中学時代の親友、ピンクから、成人式のお誘いがしつこく来ていたが、パピコはずっと二の足を踏んでいた。


「だって、私デブだし」


「いや、それ意味がわからない。理由になってないから」


 中学時代は、炭水化物メロディーが流れる前だったため、パピコは随分と細身だったのだ。

 中学時代の知り合いはみな、細身の頃のパピコしか知らないため、巨大化して驚かれるのは乙女心に傷がつくことを、ピンクに察してもらいたかったのだが、なかなか難しかった。


「ピンクは、炭水化物メロディーが流れてないでしょう?」


「ごめんけど、それも意味がわからない」


 残念。中学時代はよき理解者だったが、今はもう違うようだ。

 パピコは、自分の説明不足は嘆かずに、そう結論づけた。


 さらば、元親友よ。

 パピコはさっさと見切りをつけて、電話を切った。


 パピコの電話が終わるのを見計らっていたかのように、アタルがパピコの膝元に頭を乗せてきた。


「いらっしゃい、子猫さん」


「行かなくていいのか、成人式」


 父親のように心配するアタル。どうやら電話の内容を聞いていたらしい。


「中学時代には程遠い体型だもん。あんた誰? って思われても嫌だし。そりゃ、アタルと出会ってから、多少は痩せたけどね?」


「俺様がなんとかしてやるって言いたいけど、まぁ、成人式まで日にちがないからな。断食をすりゃ痩せるけど」


「でも、食べないダイエットは、すぐにリバウンドする、でしょ?」


「そう、急激に痩せたら」


「急激に太るのよね?」


「ああ。わかるようになってきたな」


「耳にタコだもん」


「耳かきして?」


「はい、猫様」


 当日、テレビのニュースで成人式の様子が流れていた。

 そこには、市長の話を聞く、色んな顔の成人が映っていた。

 今年の暴れん坊も紹介されている。パピコがぼーっと見ていると、


「行かなくて良かったのか?」


 と、アタルがパピコの膝元で聞いてきた。


「うん、だから今日にしたんじゃない」


 パピコは急遽、成人式の今日、老人ホームの音楽ボランティアを入れたのだ。何でもいいから、成人式に行かない言い訳になるような予定が欲しかった。


「そろそろ行くか」


「うん」


 パピコはテレビのスイッチを切った。


 アタルの運転で老人ホームに向かう。パピコは、窓から袴姿の男女を何度も捉え、目で追いかける。


「私も免許取りたいな」


「お前、空間認知能力ないじゃん」


 パピコは、その時、絶対に免許を取ってやる、と息巻いた。


「成人式を過ぎたら成人って、変だよな」


「何が?」


「お前は何だと思う? 大人と子供の境界線」


「ちょっと時間をちょうだい、真剣に考えたいから」


 ラジオだけが流れる車内。車から降りた後も、パピコの口から答えは出なかった。アタルをぎゃふんと言わせるような、すんばらしい答えを言いたい。その一心で、パピコは頭を巡らせる。


「切り替えろよ」


 パピコを見透かしたアタルが、老人ホームに入る前に声をかけてきた。


 パピコは、ボランティアモードに切り替え、ほどよい緊張感を体の中にもたらした。

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