暴走する時間

 パピコをお姫様だっこ&腕枕できるようになるまでは、家事一切を禁ずる。

 そして、すべての時間を筋トレに費やすべし。


 という鉄の掟を作ったサリーは、パピコとのだんらんの時間にも支障をきたすようになっていた。

 風呂上がりに二人で一緒に食べてたチョコパイが冷蔵庫から消え、代わりにプロテインがそびえ立っているのをパピコが発見したときには、ぞっとした。


 かつて美しい妄想を交わしていた時間は、美しさを保ちつつ口論の時間に変わった。


「聞いて、サリー。あなたのために、歌を作ったの」


 プロテインがサリーの喉元を通る音を聞きながら、パピコが意を決して言った。


「待って、すぐに腹筋しとかないと」


 プロテインを飲み干したサリーは、右に左に身をねじりながら腹筋をする。


「ねえ、せめて風呂入ってから筋トレするのはやめにしない?」


 パピコはドライヤーの風を起き上がるサリーに当てる。


「やめろって」


「もう前みたいに、私の髪、乾かしてくれないの?」


 サリーの息を吐く音だけが聞こえてくる。


「無視は道徳的にいかがなものか」


 パピコは、歌のタイトルよ、と歌い始めた。筋肉に固執しすぎて破滅の道に陥っていく名もなき男の物語だ。

 大きな声量で情感たっぷりに歌う。チラチラとサリーを気にしながら。

 筋肉さえ無事ならばいい、が口癖で全てを失った男が最後に大事なものに気づくという感動のフィニッシュを迎えた時には、パピコはサリーをガン見して歌っていた。

 パピコの圧を感じながらも腹筋を続けるサリーを見て、パピコは内心舌を巻いた。


 ええい、そっちがその気なら私だって!


 パピコは終わりと見せかけて2番に入った。即興だったが何とか言葉を紡いでいく。1番では短調だった曲調が、長調に切り替わる。


 お前が止めない自分も止めない。


 もはや意地の張り合いだった。


 難産だった1番に比べ、安産で歌詞を生み出さなくてはならないため、全体の流れがぐちゃぐちだ。  パピコはさっきから同じ歌詞を繰り返していた。


 風呂から上がればそこにはチョコパイ♪

 あれば天国♪ なければ地獄♪


 先に根負けしたのはサリーだった。


「そんなに言うなら買ってきちゃるわ」


 そう言ってものすごい勢いで家を飛び出したのだ。

 他にもスイーツが欲しかったパピコが、一緒に行く! と、ドアを開けたら、サリーはうさぎとびをしていた。


 そっとドアを閉めたパピコは、『楽になって』というタイトルの曲作りに取りかかった。

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