玉子サンドと頑固者
カゲトモ
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「んー、うまい」
独りで座っているのについ言葉が零れてしまう。だって本当に美味しいのだから仕方ない。ここの玉子サンドは絶品だから。
ふわっふわの極厚玉子焼きがサンドされたサンドイッチは最高に美味い。熱いのを分かりきっていたとしても、かぶり付かずにはいられないのだ。出来たてをはふはふ言いながら食べるのがまたいい。
「あち、うま」
こんなのすぐに平らげてしまう。けれど美味しすぎて食べきるのがもったいない。この美味さの葛藤よ。
「男の子は良いねぇ、食べっぷりが良くて」
そう言って新聞紙片手に向かいの席に腰かけたのは、ここ純喫茶メアリーの店主である夏目さんだった。
「いやだって美味しいから」
「嬉しいことを言ってくれるね、花菱君は」
「本当の事を言っているだけですよ」
「またまた、バーのマスターは口が上手いからなぁ」
優しそうに目を細めて微笑む夏目さんは昔からそうだった。手が空いていたり、お客が少なかったりすると近くの席に腰かけては話し相手になってくれる。今日もそうだ。
「息子さんの玉子サンド、グンと夏目さんの味に近づいてきましたね」
修行で出ていた息子さんが二年くらい前に帰って来ていて、最近はその息子さんがキッチンに立っている方が多い気もする。後々引き継がせるとは言っていたけど、夏目さんが引退するにはまだ早い気がする。
「美味しいです」
「いんや、まだまだだよ」
「いやいや美味しいですよ」
「僕のと比べて、やっぱり違うでしょ?」
んー、そう言われると・・・言いづらい。息子さんのはやっぱりどこか洋風で今風な感じがするし、夏目さんのは懐かしい味がする。そう思うのは長いこと食べて来たからかもしれないけど。
「まぁ世代交代するんだから、多少味が変わっても仕方ないんだけどね。あれも料理人の一人だから」
「夏目さんの味を引き継がせたくはないんですか?」
「んー、なくはないけどねぇ」
どこか諦めたように笑うのは、もともと覚悟していたからかもしれない。
「料理人ってのは頑固者ばかりだから。無意識に美味いものを極めようとするんだよね。だから世代で味が微妙に変わるのは仕方ないと思うし、その方がいいと思うから」
「そうなのかぁ。それじゃぁ夏目さんの時も多少味を変えたんですか?」
「僕は違うよ」
違うの!? 今の話しぶりからしててっきりそうかと思ったけど・・・。
「奥さんがね、変えたんだよ。僕は言われるままに作っていたから」
「えっそうなんですか!?」
「もともとこのお店は奥さんの実家だからね。僕はお婿に来たんだよ」
「へぇ、知らなかったな」
代々の純喫茶って感じだったから、てっきり夏目さんのお父さんのお店かと思ってたけど、奥さんの実家だったのか。あの、ちょっと気の強そうな奥さん、確か三年くらい前に亡くなったような。
「彼女とはね、実は一回り違っていたんだよ」
「えっそんなに!?」
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