漆黒の珠の導き

涼風 翔羽

第1話 冴玖と言う名の少女

 真っ青な晴天。少女は大きく伸びをする。

「ん〜〜‼︎‼︎はぁ〜。」

 少女の名は冴玖さく。現代に残る数少ない、古より神々が住まう高天原たかまがはらと"ツナガル"ことの出来るツナギの巫女だ。ツナギの巫女とは彼女は歴代巫女の中でも最も"ツナガギ"の力が強く、神々を呼び出す能力にも長けていた。

「冴玖!冴玖!」

 下の階から自分を呼ぶ声が聞こえてくる。

 <朝っぱらから稽古か〜>

「はーい」

 下からの呼び声に急いで稽古着に着替えて木刀を持って階段を駆け下りた。

「おはよう、母さん」

「おはよう。さあ、稽古をいたしますよ」

 これが彼女の日課だった。大人相手に16の少女が剣術に励む。おかげで冴玖は16にして大人を負かしてしまうほどに強い。

 <まだ…!もっと速く‼︎もっと素早く‼︎>

「ハァッ‼︎‼︎」

 カコーン!

 木刀のつばの部分から相手の木刀を払い飛ばし、眉間のあたりに切っ先を突きつける。息も乱れぬその立ち姿はまるで、獲物を追い詰めたケモノを思わせる。

「そこまで。勝負あり。」

 審判である母・沙玖羅さくらの号令で冴玖は相手の男に駆け寄る。

「大丈夫?どこも怪我していない?」

「あぁ。心配するな。しかし強いな。太刀筋に迷いが見られん。」

「ありがとう」

 冴玖は試合を済ますと部屋へと向かうため道場を後にした。

 *

 ため息の様に一息ついてベッドに体を投げ出した。

「迷いのない太刀筋…か…。」

 仰向けから体を横向きにしてしばらく転んでいた。

 <褒められても…あんまし…嬉しくないな…>

「…着替えよう」

 冴玖はモヤモヤとした気分の中、ゆっくりと起き上がり、タンスからスキニーのジーパンとサイズが少し大きい、フード付きの丈の長いトップスを取り出し、新しい下着を持って風呂場へと向かい、汗を流した。

 着替え終わり、風呂場から出るとリビングからいい匂いがしてくる。

 <この匂いは…>

 冴玖はまだ乾ききっていない髪のままリビングに走って行く。

「母さん!この匂いって!」

「冴玖の好きな塩昆布おにぎりと甘い卵焼きよ。」

「わぁぁ!」

 キラキラと食卓に並ぶ朝食に目をやる。

 <こうしてると、年相応の笑顔をするのにね…。なのに、木刀を握った時のあの殺伐とした雰囲気は…>

 沙玖羅は頬に手を置いた。その時に上から降りてくる音がする。

「ん?今日は冴玖の好物朝食か?」

「あっ!兄さん、おはよう」

「ん、おはよう」

 朝食に目を輝かせる冴玖の頭に手を置いて自分の席に着いたのは、今年大学2年の兄・聖斗せいとと、

「ねぇさん…僕の服が無いよ〜」

「え?最後に見たのはいつ?」

「昨日の朝」

「じゃあ、タンスの中をよく探しな?家の中なら絶対あるから」

 涙目で顔を見せたのは今年中学1年になる弟・沙夜斗さやとだ。

「沙夜斗、朝飯が冷める。先に食べよう。後で俺が一緒に探してやる。」

「うん。ありがとう…」

 <兄さんがすっごいモテるのはこの笑顔が原因か…>

 朝からとても賑やに食卓を取り囲む。

 沙玖羅は箸を置いて冴玖たち3兄弟を見た。

「今日はただの稽古ではなく、実際に繋がってもらいます。」

「「「‼︎⁇」」」

 3兄弟にとって高天原の神々の内、一柱と"ツナガル"ことは容易ではない。特に冴玖にとっては神がかり状態になるため、体力を異常な程に消費する。聖斗は妹のために結界を張り、沙夜斗は神がかり状態の姉を護らなければならない。しかし、そんなことを言っていられず、冴玖たちは沙玖羅と共に稽古をして、各方面の力の増幅に励んでいた。だからこそ、今回沙玖羅が出した決断に反対する理由はなかった。

「母さん、この度はどの神とツナガルんだ?」

「秘密よ」

「ねぇさん、準備してくる。安心してね。僕が護るから」

「沙夜斗…」

「即席だが強いものを作ろう。お前は早く支度しろ」

「うん」

 一言ずつ冴玖に声を掛けて各々の準備に入っていくときの2人の背を見て、大きくなって…と微笑んだ沙玖羅は冴玖と呼んだ。

「あなたには話しておこうと思うわ。…"ツナギ"のことを…」

 * * *

「はるか昔、この土地がまだ豊かではなく、人々が神々を深く信仰していた頃。あの頃ではもののけのような類もまた信じられていたの。だから、人と違う力を持っている人を隔離するように遠ざけたの。そして、初代ツナギの巫女様となる冴弥さや様はそうして遠ざけられた人の一人だった。人々が遠ざけた理由は、彼女が人には見えないものを見たり感じたりしたのをきみ悪がったからなのよ。そのようになってしばらくして、村の作物が育たなくなったの。そこで人々は冴弥様を頼り、巫女とした。彼女は人ならざるものを見ることができるからね。また、彼女は天涯孤独だったから人々が彼女を頼って来たのが嬉しかったのね。だから彼女は快く受け入れて初代ツナギの巫女となった。それからはこの土地は豊かになった。しかし、人々は傲慢だった。土地が豊かになっただけでは飽き足らず、もっと豊かになるように祈れと要求した。でも冴弥様はそれには従わなかったの。それどころかその傲慢な心に腹を立てた神々がこの辺り一帯の土地を業火で包んだの。人々は逃げ惑った。冴弥様は神々に必死で赦しを乞うたのよ。そして神々にその祈りは聞き届けられた。でもね、冴弥様はツナギに体力を吸い取られ、衰弱していったの。原因は村の人々だとわかっていても彼女は責めなかった。いよいよ彼女が死す時に神々は彼女の願いを叶えようと申し出たの。彼女には娘が一人いたの。だから彼女は言った。自分の子に、子孫にこの巫女の力を宿してと。神々は彼女の願いを叶えたの。娘に力を与え、末代に渡って見守ることを誓った。それを見届けて彼女は息を引き取ったのよ。だから、私たちツナギの巫女の神呼かみよみ家本家は初代巫女様の想いを継いでいかなくてはいけないの。鍛錬を積むのは、数多いる人ならざるものたちから自分と他人を守るためにしてることなのよ。私も母から伝えられたことだから、あなたにも伝えるべきだと思ったのよ。」

「初代巫女様の悲しい運命…だったのかな」

 沈んでいる冴玖を背に、沙玖羅は震える手で冴玖の装束を取り出していた。

 * * *

「ねぇさん、大丈夫だからね!」

「精一杯励んだんだ。成果を見せろ」

「うん」

 <…ってあんな風に言われて平気なわけないけど…>

 巫女装束で身を包んだ冴玖を全力で励ます兄弟に多少気が和らいだ。

「始めます」

「はい!」

 沙玖羅の声に皆が持ち場へと向かう。冴玖は社で精神を統一する。

 <風は声 祈りは錠 体は器…>

 まわりには無数の光が舞う。暖かい風が装束をなびかせる。

 <私は…高天原とココをツナグ道…!>

「高天原におわします神々よ…我が身を御身の拠り所としココへと参られよ…」

「冴玖…!」

「動いてはなりません!」

 光の粒が形を成す。

 <私には自分の体に神が入る瞬間が見えている…何も心配することはない。>

 そしてここぞとばかりに祈りの力を強くした。

「ツナギの巫女の名の下に…」

[聞き届けた]

 光の粒は冴玖の体にまとわりつく。次第にまわりを取り込む風はなくなり、ゆっくりと目を開いた冴玖がいた。しかし、その眼は漆黒ではなく、白銀となっていた。

[沙玖羅か?良い女になったな〜]

「お久しぶりでございます、ヒノカグツチ様」

「この方がヒノカグツチ様…」

[と言っても、この娘っ子の体だがな。

 しっかし体力がある娘だな。]

「わたくしが鍛えておりますゆえ。」

[ま、長居して娘っ子の体になんかあったらあれだからな。そろそろ戻るぜ。]

「此度のツナガリにご協力、誠にありがとうございます」

 ニカッとした笑いを見せてヒノカグツチは戻っていった。

 * * *

「あなたが…ヒノカグツチ様…」

[邪魔したな。娘っ子]

 ポンと頭に手を置いて横を通り過ぎていく。

「ヒノカグツチ様‼︎」

[アンタとは長く付き合うことになりそうだな。ヒノカグでいいぜ]

 少し照れたような笑顔で振り向いた。

「ヒノカグ…様」

[お前、名は]

「神呼 冴玖かみよみ さくと申します。」

[冴玖…再びまみえる日を楽しみにしてるぞ]

「此度の来訪、誠にありがたきこと。感謝申し上げます。」

[じゃあな]

 背を向けて手を振って去っていった。

 * * *

 冴玖が体力消耗で寝込んでいるとき、沙玖羅は大社おおやしろに仕える大巫女のもとを訪ねていた。

「冴玖の潜在能力は歴代きってのものだ。こんなところでは持て余してしまうぞ。」

「わかっております。しかし…」

「沙玖羅、明日、お前を含めた神呼家かみよみけで、わしのもとを訪れよ。」

「承知いたしました。大巫女様」

「わしとて人の子じゃ。お前の苦悩はよく分かる。だが、その子のために己が出来る最大限のことを考えるべきではないか?」

「おっしゃる通りでございます…」

 人知れず涙を流す沙玖羅のことを兄弟の誰一人として知らない。

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