第7話 コマンドー少女・椿
まどかたちを見送りながら、銀椿は商品棚へ駆け寄ってキャンプ用の燃料アルコールや固形燃料、マッチを掴んでいく。そして今度はレジ前の棚の一つ一つに順番に固形燃料を設置してその上からアルコールをぶちまけて火の付いたマッチを放り投げた。
入り口付近でゾンビたちと格闘していた少年たちは、突如として背後数箇所から火の手が上がったので一気にパニックに陥った。
まさに前門の虎後門の狼状態に、少年たちの戦意が萎えていくのが傍目にも見て取れて、一気にゾンビの大群が店内へ入り込むのを許してしまう。
そこまで見届けると、銀椿はリヤカーを追いかけて店の奥へと向かった。バックヤードへ続くドアを開けて在庫倉庫へ行くと、搬入用出入り口でまどかたちが待っていた。
「後輩遅いよ。なにしてたの!?」
「すみません。ちょっと念には念を入れてトドメをさしておきました」
その言葉をまどかは理解できていないようだったが、気を取り直してリヤカーを引き始めた。
「もうとにかくこんな怖い場所からはとっとと逃げよう!」
「はい――」
銀椿と咲山姫の二人も後ろからリヤカーを押すのを手伝い搬入用出入り口を潜ろうとしていると、背後のドアが大きな音を立てて開いた。
「てめえらだけ逃げようなんざ、そんなチョーシいいことさせるかよっ! へへ、もっと遊ぼうぜ時間だけはたっぷりあんだかんよ、な?」
振り向くと、鼻血で顔の下半分が真っ赤に染まったシュウが立っていた。手にはフォールクラッシャーと呼ばれる先端が鋭利な刃物になった鉄棒を持っていて床をガリガリと引っ掻きながら迫ってくる。まさに手負いの獣のようにその両目は血走っていて、全身から狂気と殺気を放っていた。
銀椿はそれがまるで自分の使命であるかのように無言でエプロンを外すとシュウと対峙した。
「――先輩たちは先に行ってください。私が時間を稼ぎます」
銀椿のその言葉に、まどかは一瞬戸惑いを見せたが、すぐに決断した。
「絶対無理しちゃダメだよ。この先にある歯医者の駐車場で待ってるから」
そう言い残すと、まどかたち三人とリヤカーは霧の中へと消えて行った。
「たく、おめえは中坊の女のくせにかっけーよ。なんだ、その場慣れしたような余裕の態度はよぉ。ふん、この際おめえが何者かなんてのはどうでもいい。もう完全にプライドの問題なんだよ。クソガキの女にここまで舐めたことされちゃケジメがつかねえんだよ。仲間に示しがつかねえんだよ。てめえだけは殺してでも逃がさねえ。ていうか殺す。全裸土下座の体制でその頭をかち割ってやる!」
そう叫びながらシュウはフォールクラッシャーを銀椿に向かって全力で放り投げた。
二人の距離はわずか五メートルたらず。余程手元が滑らない限り大きく外れるような距離ではない。先端の鋭利な三本爪が空気を切り裂きながら銀椿の顔面に襲いかかった。
しかし銀椿はその場から微動だにせず、左足一閃でフォールクラッシャーを蹴り上げて軌道を変えてみせる。
そしてフォールクラッシャーが彼女の背後の壁に突き刺さると、シュウは素っ頓狂な声を上げて頭をかきむしった。
「なんじゃそりゃあああああああああ!? マジあったまきた! こうなりゃそのすかした顔を直接切り刻んでやんよ!」
シュウは半ばやけくそ気味にジーンズのポケットからバタフライナイフを取り出して銀椿に襲い掛かった。
それに合わせて彼女は弾かれたように後ろへ大きく跳躍し、空中でジャージのファスナーを全開にして着地と同時に片膝をついた。
ジャージの上着の下から現れたのはナイフ用のホルスターだ。両方の脇の下にそれぞれ収納されている計六本のナイフは、先ほどのサバイバルナイフとは違って、スローイングナイフと呼ばれる投擲用の小ぶりなものだ。
――お兄ちゃん、いまも近くに居て見ててくれてるんでしょ? お願い、力を貸して。椿はこんな素晴らしい世界を、お兄ちゃんと二人で駆け抜けたかったよ。
椿は胸の前で両腕を交差させて両脇に伸ばすと、人差し指から小指の間に一本ずつのナイフを挟んで、突進してくるシュウに向けて一気に投げつけた。
勢いよく放たれた六本のナイフは空を切り裂き、まるで強力な磁力に吸い寄せられるようにシュウの左右の太ももに綺麗に三本ずつ突き刺さった。
と、同時にシュウは足元から崩れるように前のめりで倒れこむと、自分の足に刺さった六本のナイフと銀椿の顔を交互に見た。その表情はまさに鳩が豆鉄砲を食らったようなというやつだ。白黒させている両目が一気に涙で滲んでいく。
「ちょ、おま……マジかよ……! や、やりやがった、マジでやりやがったよこいつ! なんなんだよっ、おめえは一体なんなんだよ! ふざけんなっ、生意気すぎんだろ、くそっ、こんなのってねえよ、かっこわるすぎんよ、ただ悪ノリしただけじゃねえか、なんでここまですんだよ! ああっ、いてえっ、かーちゃんいてえええええええええええええよっ!」
シュウは泣き喚きながら床の上をゴロゴロと転がりまわっていた。
その声を背中に聞きながら、銀椿は皆のあとを追いかけて霧の中へ飛び込んだ。
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