121話 センパイ

「だから私には、あなたを裁く権利がある。あなたによって殺された者たちの、親の代わりとして」


 うなだれるエギル。何も言葉が出なかったのか、そのままへたりと座り込んでしまう。


 退学。その処分は私刑と同等だ。


 本来であれば、犯罪者として憲兵やら所定の機関やらを連れて来るべきなのだろう。だがそれが来ていないということは、ヘルはきっと私刑に留めたい理由があるのだ。


 たとえその選択が間違いであっても。


「エギル・ザックハート。あなたは今、ここで死んだことになりました。ご家族へもそう伝えましょう」


「そんな……っ」


「だからあなたは、他の学校へ向かうのです」


 その言葉に、思わず僕も声を洩らす。


「リオ殿。恥を忍んでお願い申し上げます。どうかこの子を、こちらの学校まで送り届けてはくれませんか」


 ヘル校長が懐から出したのは一本の巻物。古びた羊皮紙を、赤い蝋と魔力を練り込んだ紐で封じた書だ。


 急展開に流石のエギルも涙を引っ込めて、口をぽかんと開けていた。


「名をヴィッケルン魔術高等大学院。講師も書物も、我が校よりもずっと充実しています。この子にもきっと合うでしょう」


「ま、待ってください、ヘル校長。ほ、本気で……言っているんですか?」


「私も魔術士の端くれ。惜しいのですよ」


 才能。エギルのそれは異常であった。


 古代の魔術を蘇らせ、偶然とはいえ〈三界の門〉を開く。どの偉業も一代を、あるいは一族を賭して成し遂げるものだ。それなのにこの青年は。


「今は授業中。抜け出す悪い子はもういません。今なら私物を取りに戻っても、誰も見ていないでしょう」


「よっし、それじゃあ、このお姉さんが手伝ってやろう。いやぁ、全く。賑やかになって困るな!」


 放心状態のエギルを引き上げて、オルティラはようようと歩き出す。それを見送っていると、ふとカーンが声を掛けてきた。


「リオ様、本当によろしいのですか」


「……まあ」


 断れない、というのが正しかった。何せこの状況は、僕たちとエギル、その全てを人質に取られているようなものだったから。


 そして何よりも、僕もまた魔術士であった。


「孤児が一人増えたところで、何も変わらないよ」



   ■   ■



 優秀なる相棒によってすっかりまとめられた荷物を持って、学校の裏口へと回る。


 裏口には既に馬と荷馬車が用意されていた。どうやら今日中に追い出すことは既定のことであったらしい。


 何と手の早いことか。ここまで準備が早いと、エギルの移送はもとより決まっていたのではないかと勘ぐってしまう。


 それこそ、一連の不幸が起きる前よりも。


 仮にそうであったとしても今となっては害などほとんどないし、蒸し返す必要性は感じないのだが。


「おーい、お待たせ」


 大腕を振って赤髪がやって来る。その後ろには小さな荷物を持つエギル。放心状態からは無事復活を果たしたらしい。神妙な顔つきでオルティラの背を追っている。


「忘れ物はないね?」


 僕の声に「はーい」とニーナが手を挙げる。


 僕の荷物はカーンがまとめてくれたから問題はないと思うが、ニーナやオルティラのものまで把握しているとは思えない。仮に何か忘れていったところで、また買えばよいだけの話だが。


「あ、あの……」


 エギルから荷物を受け取って荷車に乗せていると、ふと、青年が口を開く。


「本当に、いいんですか?」


 それは旅に同行することか、それとも己の罪が法から逃れたことか。あるいは僕との因縁を示しているのかもしれない。


 エギルのしたことは悪いことだ。なればこそ。


「それは僕の台詞だよ。これから山越えが待っている。寒い場所、熱い場所にも足を踏み入れるだろう。今までの訓練とは比にならないほど険しい道のりだ。本当に僕たちについて来てもいいのかい」


「えーっ、このヒトも一緒に来るの?」


 口を挟んできたのはニーナだ。目の前で話していたのに、さも初耳とばかりの反応である。


「じゃあニーナの方がセンパイだね! 同じ毛の色同士、仲良しになろっ」


「私は?」


「オルティラはお姉さんで真っ赤っかだからセンパイ」


「えー、何それ。私も後輩にしてくれよ、ニーナちゃ~ん」


 ニーナの耳を揉みながらオルティラは唇を突き出す。大人らしくない子供じみた仕草にエギルは目を丸くしていたが、やがてフッと口角を緩めた。


「リオ様、無理をしてませんか」


「え、大丈夫だよ? 何で?」


 突然かけられた言葉に、思わず目を丸くする。カーンは神妙な顔で小さく「昨日の今日ですから」と答えた。


 目的の場所、ヴィッケルン魔術高等学院は山を越えた先にある。


 エルツ共和国の隣国――いや、地域。まだ国もいない、言うなれば学院自治区も同然の地域だ。人間界において拠点を置いていた国から遥かに離れた地。


 幸いにもかの土地は自然が豊かであるという。この学校を訪ねた本来の目的である馬人族と、ひょっとすれば相見えるかもしれない。


 魔力切れで寝込んでいた身としては、きっと厳しい旅路になるだろう。しかし危惧よりも遥かに勝るものがあったのだ。


 外套を引く重りから目を逸らして、僕はただ好奇心を煽り立てるのだった。



 ―第四章 ツィンクス魔術特育校 完―

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