98話 『イデア』と『イメージ』
「それじゃあ、さっきと同じ〈火の魔術〉を」
神族は素直に〈火の魔術〉を用いる。赤赤と燃え上がる炎は、どことなく輝いて見えた。ひどく潔白で怠慢を許さない厳格な炎。対する僕はと言えば、蝕むように燃やし尽くす、冥々とした炎。
魔族と神族。古来より不和であった二つの種族。それがまさか辺境の学び舎の、いち教壇で並び立とうとは。先祖が聞いたら腰を抜かすどころか、昇天してしまうかもしれない。
「僕たち二人は同じ空間に存在する、同じ魔力を使用して〈火の魔術〉を使用した。製造過程を違えればブドウがジュースにも酒にもなるように、魔術もまた魔術士によって個性が出る。この個性こそが『イデア』の違いであり、『イメージ』だ。――神族、キミは炎に対してどんな『イデア』を持っている?」
「世界を焼いた巨人の火焔」
「それは苛烈な」
「そう言うアンタは」
「数多の命を貪欲に食らい尽くす戦火」
「……ふーん」
「では、次に水を」
そう神族に指示して、再び魔術を灯す。
魔術とは、突き詰めれば想像の化身なのだ。何も難しいことではない。僕の言っていることを何となく理解し始めたのか、半数ほどの卵が微かな兆しを見せる。そろそろ頃合いだろう。僕は次の段階へと踏み出す。
「さて、これまで口頭で説明をしてきたけど、それだけじゃあ理解できない人もいると思う。それでいい、魔術は試してナンボだ。だけど、それじゃあ僕が教壇に立つ意味がない。折角だから何人か代表して実践してほしいんだけど、見てほしい人はいるかな?」
時間が許すのであれば全員を見てやりたいところだが、生憎のところ時間がない。募集を掛けたところ、ちらほらと手が上がった。
合計五人――うん、このくらいならば、問題なく見られるだろう。仲間の元へと戻ろうとする神族の襟首を掴んで引き留める。
抵抗されるかと思いきや、彼はじとりとこちらを
「あのさぁ……」
「ここは学び舎だ、相応の覚悟をして授業を見ていたんだろう?」
「…………」
「後ろの二人にもご協力頂きたいところだけど、キミみたいに頭が柔らかい訳ではなさそうだ。騒ぎを大きくしたくない、穏便に事を済ませようじゃないか」
神族がどのような目的でこの学校を訪れているのかは知らない。けれど、彼等とて騒ぎを起こしたくはないはずだ。
さて、先程の挙手に応じた生徒を教壇に立つよう指示してから、実践の授業へと入る。五人を教壇の前に並ばせてから、依然として顔を歪めたままの神族に告げる。
「神族、ぜひキミにも協力してもらいたい」
「あんま調子乗ってると、後で痛い目見るよ」
「それじゃあ、そこの二人は神族の前に行って」
「ちょっと」
比較的魔力の馴染んだ二人を選び出して、神族の方へと送る。僕の前に残ったのは三人だ。
人間族の男女に獣人――キツネ族の青年。手始めに僕は、弱々しい面持ちの獣人を見ることにした。
「魔術を使ったことはある?」
「ちょっとだけ……」
「そう。少し手を貸して」
毛に覆われた手を握る。指先にかけて茶色に変わっていくキツネの手。どこぞのオオカミを彷彿とさせる肉球を少しだけ弄んでから、息を整える。
「これから魔力を流すよ。魔力が身体の中をどう流れるのか、しっかり感じて」
「は、はいっ」
青年の体内に流れる魔力は微量だ。人間界に生きる生物は、惜しくも魔術に適していない。正確には、魔力が流れる管が育ち切っていない。まだ脆く、薄い管を食い破ってしまわぬよう、ゆっくり、ゆっくりと息を吹き込む。
「さあ、キミの『火』を見せてごらん」
青年が唇を開いた途端、目の前に仄かな火が灯った。蛍のように小さな火ではあるが、ぽつぽつと太陽のように眩い火だった。
わあっと青年から、そして生徒から感嘆の声が上がる。
「上手にできてる」
「あ、ありがとうございます……」
キツネ族の青年は恐縮そうに首を縮める。僕が手伝っても、これほどすんなりと魔術を成す者は少ない。よほど『
「魔術は全部授業で学んだの?」
「はい、それと友達から教えてもらったり……」
魔力操作について助言してくれたのもその人なのだと彼は言った。どうやら青年の友人はかなり優秀な人物であるらしい。
「ぼ、ぼくの〈火の魔術〉、先生みたいに激しく燃えないんですけど、それでもいいんですか?」
「キミはどんな魔術にしたいの?」
「どんな?」
「ほら、魔術を扱うにもいろいろと理由があるだろう。誰かを守りたい、生活を豊かにしたい、研究に役立てたい――」
問い掛けてみると、彼は少し困ったように目尻を下げた。
「わ、笑わないですか……?」
「笑わないよ?」
「かっこいいと思って」
そう伝える青年の何と健気なことか。目蓋を伏せて恥ずかしそうにしながらも魔術への憧れを語る青年は、とても眩しく見えた。
「かっこいい……そっか。それなら、自分が『かっこいい』と思える魔術を、そして魔術士を目指そう。それが上達の近道だ」
「本当にそれでいいんですか?」
「専門家を疑うのかい?」
「いっ、いえ、そんなことは――」
細目をいっぱいに開いて手を振るキツネ族の青年。
ちらりと神族の方に目をやると、彼も見様見真似ではあるが役目を全うし始めたようで、生徒に感嘆を上げさせている。存外責任感があるらしい。少しだけ安堵して、僕は生徒に視線を戻す。
他の生徒も指導の内容は変わらず、魔力の操作を手伝ってやる。結局、魔術まで到達した生徒は僕が見たキツネ族と、神族が指導した少女一人だけのようだ。
魔力の使い方は自ら身に着けなければならない。今回手を挙げた生徒たちは、他よりも一歩前進したことだろう。
魔術士は好奇の心を強く持つべきだ。
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