79話 正当防衛

「避けて!」


 叫ぶと同時に鳴り響く轟音。ガウンと弾けると同時に大剣を――盾のように構えた大剣を叩く。


 何が起きたのかさっぱりだった。襲撃者は動いていない。しかし何かが攻撃をした。大剣を叩いた。


 魔力が騒めいていないから魔術の類ではない。そうだとすれば、考え至るのは人間族の未知の技術であった。


「チイッ、小さいのに生意気な……!」


 防御の姿勢を解いたオルティラが石畳を蹴る。襲撃者の数人が左右に避け、残った三人がそれぞれ筒を――あの、謎の遠距離攻撃を放つ筒を向ける。


 オルティラは賢い。お調子者に見えて案外慎重派だ。しかし今はどうだ。それが見る影もないほど躍起になっている。多分、頭に血が上っているのだろう。大剣を下段に構え、突進するその様はさながら猛獣のようであった。


 空気を割き、オルティラの大剣が薙ぐ。立ち塞がっていた三人のうち二人の胴体を真っ二つに叩き切り、もう一人は腹半ばで刃を止める。


 刃にまとわりつく身体ごと振りかぶったオルティラは、雄々しい雄たけびと共に石畳を殴りつけた。


 本当にこれは戦闘なのだろうか。身震いするほどに一方的で乱暴だ。出会った当初の『舞』とは、まるで似てもつかない。


「ハン、大したことねぇなぁ! そんな脆っちぃ身体で、この私を止められると思うなよ!」


 再度打ち鳴る、弾ける音。


 キンと耳の奥が痛み、戦場の香が鼻をくすぐる。


 硝煙だ。あの筒は、どうやら火薬を用いているらしい。差し詰め、小型の大砲であろうか。


 小型の大砲の威力は定かではないが、人間はもろい。数発当たろうものならあまりの苦痛に気を遣ってしまうかもしれない。助太刀をするべく、カーンの脇からするりと抜け出した――その時だった。


穿つらぬけ――」


 その声は、唐突であった。


 辺り一面に強い風が吹き荒れ、何かがまっすぐと、襲撃者を貫く。


 一瞬の出来事であった。一瞬にして、襲撃者は壁や石畳に四肢を縫い付ける。


 刺さっていたのは槍だった。薄らと輝き、風を纏う長槍。


 ぽかんと口を開けると、砂霞に影が写った。


 少女だった。ふわりと膨らむ膝丈のスカートを纏いながら、そこから伸びる足は鎧に覆われ、胸もまた鈍い銀に輝いている。


 間違いなく武人であった。彼女は襲撃者ごと建屋の外壁に突き刺さった槍を引き抜くと、くるりと回して背につける。


「……この前の。親御さんとは合流できたみたいだね」


 少女の目がこちらを捉える。


 先日、花火の打ち上がる広場で出会った、おさげの少女。僕の頭巾を外そうとしたヒトだ。


 ぐっと自分の頭を覆う頭巾を引き下げると、彼女は悪かったとばかりに手を振った。


 突然の乱入者に怯んだ襲撃者だが、それも一瞬のことであった。再び筒を持ち上げて、一発、二発と打ち鳴らす。はとするが少女は身を翻すと共に空間を薙いだ。


 生成された暴風が飛んできた『何か』を打ち落とす。勢いの余る風は襲撃者を吹き飛ばし、野次馬の波や家屋の壁、ガラス窓へと叩きつける。


 思わず生唾を飲んだ。彼女が武器を振るう瞬間、周囲の魔力がさながら統括された軍隊のように規律に従うがごとく整然と動いたのである。


 魔力の申し子――かつて、海の支配者が僕をそう呼んだ。しかし、僕に言わせれば、それは彼女こそが相応しい。


 今度こそ刃を下した少女はフと息を吐くと、再度こちらを振り向く。少しだけ吊り上がった目尻に、何か既視感を覚えた。


「誰だかは知らないが……助太刀、感謝するよ」


 髪に絡む木の葉を払いながら、オルティラがやって来る。その姿を見た少女は目を丸くして、


「赤髪に大剣……まさかあなた、オルティラ・クレヴィング?」


 思わずぎょっとする。


 名を知られるほどの有名人だったのか――そう目で問えば、オルティラは首を傾げる。どうやら心当たりはないようである。


 顔を見合わせる僕たちに、警戒されていると感じたのか、少女は一歩下がった後、胸に手を当てた。


「名乗るのが遅れました。アロイスと言います。旅をしている、しがない傭兵です。余計な手出しでしたね、申し訳ない」


 まるで騎士のようだった。粗暴なオルティラとは対照的な仕草に育ちのよさが窺える。


 アロイス。


 姓を名乗らず、しかしその矜持きょうじを胸に秘めた少女は、凛として戦士を見据える。対するオルティラはといえば、居心地が悪そうに頭を掻いた。


「あー……えっと、いや、助かった、正直。耳がやられててさ、あんまり聞こえないんだ」


「そうでしたか。助けになったならばよかったです」


 はにかむ横顔に幼さが滲む。大人ぶってはいるものの、その本質はニーナと大して変わらないようだ。


 一瞬見えた年相応の表情はすぐに消え、騎士然とした視線が辺りを見渡す。


 倒れ伏す襲撃者に恐れ騒めく野次馬。何せ今は年に一度の祭典『産業祭』の真っただ中だ。このような争いは想定内であったのだろう、すぐに道を開けるようにと叫ぶ衛兵の声が聞こえてきた。


「あちゃァ、派手にやり過ぎたな」


「正当防衛です」


「過剰防衛って言葉、知ってるかい?」


 珍しくオルティラがまともだ。思わず瞠目するとそれが伝わったのか、苦い視線がこちらを向いた。


「場所を変えましょう。ここだとゆっくり話せそうにありませんから」


 こちらへ。そう先行する少女アロイス。


 その足取りは確かで、まるで展開を想定していたかのような印象を受ける。


 とはいえここで彼女を疑っても仕方ない。襲撃の現場に残って家屋の修理費を支払うよう要求されるのも衛兵から事情聴取されるのも御免だ。


 金はあるが時間はない。


「カーン、行こう。動ける?」


 広い背に手をやって、立ち上がるよう促す。当初よりもずっと調子がよくなったのか、頷く横顔は少しだけ柔らかい。ニーナを抱き上げる手にも余裕が見て取れる。


 チューネズ亭を襲った『雷』。光線と轟音、そして炎からそう推測されたそうだが、なるほど、実際に閃光筒を受けてみると特徴が合致していることが分かる。そしてそれは同時に、カーンやニーナにとって想像外の脅威となることも。


 彼らを調査に同行させるのは控えた方がよいかもしれない。少しだけふらつく相棒の足取りを見ながら、僕は決意を固めるのだった。

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