君が好きだよ

 君は縋るような目をしていた。

 人混みで私を見失った時、不安げに辺りを見回すさまは、親とはぐれて迷子になった子どもを思わせた。ようやく私を捉えた君は、決まっていつも縋るような目をしていた。私にはそれが嬉しかった。

 いつからか、君はそんな目をしなくなった。

『今日も課長と飲みに行くから』

 就職して、君は私との約束がある日に飲みに行く回数が増えた。財布の中にいかがわしいお店のメンバーズカードも見つけた。すぐに何でもなくす君なのに、これはなくさないんだね。文句を言ったら『仕事だろ』と激昂されたから、もう怖くて言えなくなってしまった。

 学生時代は、君に怒られたことなんかなかったな。

 二十三時半。君はまだ帰らない。取り敢えず寝る支度をしようと、洗面所に立つ。鏡の中からこちらを見返している私は、縋るような目をしていた。

 布団に潜り、もうすっかり見慣れてしまった天井を眺める。寝返りを打つと、目尻に冷たいものがひとすじ零れた。深呼吸をひとつして、固く目を閉じる。ああ、この部屋は埃っぽい。明日は掃除機をかけよう。

__大丈夫。私は、きっと、まだ。君が好きだよ。



人波に流され私を探してる 縋るような目 君が好きだよ #tanka #jtanka

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