この世界を名前をつけて保存しておけバカ野郎

ちびまるフォイ

仕事がはかどるショートカット

「花より団子のF4って本当にかっこいいわよねぇ」


「そりゃ俳優だからな」


「あんなのが同じ世界にいるってだけで幸せよねぇ」


「だったらどうして俺と結婚したんだよ」


「……妥協?」


「ひどい!! そんな風に思っていたのね!」


俺は涙を流して家を飛び出した。

普段の運動不足がたたったのか、思い切り道路でこけてしまうまでは。


「いたたた……あれ?」


顔についた泥を払っていると、自分の指の腹に何か刻まれていた。


『ctr』


「しぃーてぃーあーる? こんなのあったっけ」


アスファルトの地面に「ctr」の逆さ文字が印字されていて、

倒れた拍子にそれが自分の親指に跡が付いたんだろう。


消えないものかと人差し指でこすったとき、

目の前が数秒前に戻ってふたたび派手にこけた。


「いってぇ!! なんだ!?」


さっきとまったく同じこけ方をして、指には同じ「ctr」の文字。

よく見ると、人差し指には「z」の文字の痕がついていた。


親指と人差し指を合わせると、ふたたび時間は巻き戻る。


「痛ってぇぇぇ!! なんで戻るんだ!?」


3回こければ人は学ぶ生き物で、「ctr」+「z」の指を合わせると

どうやらわずかな時間を巻き戻すことができる。


「こ、これはすごい能力を手に入れてしまったぞ!!」


悪さし放題かとコンビニで強盗した後に、

ctr+zでなかったことにした。


まぁ、強盗そのものもなかったことになった。

なんの得にもならない。


「……何もかも元に戻るのね。使えねぇ」


事故にあったり、ケガしたときに巻き戻して未然に防ぐことはできる。

でも自分の行った悪いことをなかったことにするような使い方はできない。


「はぁ……あんまりよくないなぁ、これ」


落ち込みながら横断歩道で信号を待っていると、

ふと隣に立つ人間の指に「C」が刻まれているのがわかる。


「えっ!?」


普段、他人の指なんて見る人はいないだろう。

でも俺と同じような能力の人間がほかにいるなんて。


「あの!! その指もっと見せてください!!」


「え、ええ……!? なんですかあなたは」


他人の手をひらくと、指には「C」だけでなく「V」もある。


「これはいったいどこで!?」


「いつのまにかあったんですよ。消えないし困ってるんです」


「ちょっといいですか……?」


俺は空いている指を「C」「V」の指に合わせた。

すると、文字は他人から俺の指へと移植された。


「おお! 消えました! ありがとうございます!」


「いえいえ、そんなお礼なんていいですよ」


使い方はもうピンと来ているので親指の「ctr」と中指の「c」を合わせる。

その後、親指の「ctr」と薬指の「v」を合わせてみた。


「それじゃあ僕はこれで!」

「それじゃあ僕はこれで!」


「「 あれ!? 二人になってる!? 」」


触れていた男がコピーして増えた。

あわてて、「ctr」「z」の指を合わせて元に戻した。


「ふふふ……こんな簡単に手に入れられるとは!!

 CとVの指さえ手に入れば無敵だ!!」


お札に触れた状態でctrとc→vで量産できる。

俺の人生に「消耗」という言葉がなくなった瞬間だ。


一番欲しかった指がこうもあっさり手に入るとは思わなかった。

こうなると、ほかのまだ印字されてない空き指にも何か入れたくなる。


有り余る資金力をフル動員して探偵を雇うと、

「指にアルファベットがある人」が2人見つかった。


そのうちの1人のところに行く。


「こんにちは、あなたはもしかして指にアルファベットがないですか?」


「どうしてそれを!?」


「実は俺は指アルファベットを消す仕事をしているのです。

 あなたのアルファベットを消してもいいですか?」


「これはこれで気に入っているのでダメです」


「……」



▷ころしてでもうばいとる



 ・

 ・

 ・


平和的な解決のすえ、アルファベット「n」を手に入れた。


「よし、さっそく使ってみよう!!」


nが印字された小指と「ctr」の親指を合わせた。

目の前が真っ白になり、周りの風景が一瞬にして消えた。


「えっ……ここはどこだ……!?」


さっきまでいた世界とは別の場所に来てしまったのか。

「ctr」「n」にはそんな恐ろしい力があったのか。


「えい! えい! 戻れ!! 戻れよ!!!」


「ctr」「z」を何度行っても元に戻らない。

見渡す限り真っ白な新世界でどうすればいいのか。


「うそだろ……食べ物はないし、水もない……死ぬしかないじゃないか……!!」


それでも果て無い道を歩き続けて数時間。

ついに力尽きてその場に倒れてしまった。


「ダメだ……もう動けな……痛っ!?」


倒れた拍子に地面の凹凸にほほをぶつけたのに気付いた。

慌てて上半身を起こすと、地面には文字が印字されている。


いつかのはじめて「ctr」と出会った時のように。



『tab』



地面には見たことないアルファベットが書かれていた。


「これ……何に使うんだ……」


空いている指にtabを移して使い道を調べる。

「c」「v」「z」のどの指と合わせても何も変わらない。


「ctr」の指と合わせたそのとき、また周りの風景が変化した。



「やった!! ついに!! ついに戻れるぞ!!」


前まではあんなに憎たらしかった妻の顔が見たい。

あの小さな手のひらに触れることができるならどんな財産だって惜しまない。


風景が切り替わると、元の世界とは似ても似つかない荒野にたどり着いた。


「あれ……? 戻ってきてない……?」



「ひゃっはー!! あんなところに人間がいるぜーー!!」

「消しちまえ――!!」


とげとげのバイクにまたがった危ない人たちが襲ってくる。

服装も髪型も俺のいた世界とはまったく違う。


「元の世界じゃなくて、別の世界に来ちまったのかよーー!」


暴徒から逃げ回る。

男たちは自分の掌に印字された「delete」「backspace」を使って

人間をはじめ障害物をどんどん消していく。怖い。


「ひいぃぃ! 誰か助けてーー!!」


助けてくれるはずのスーパーヒーローもdeleteされたのだろう。

誰にも助けられないまま、袋小路へと追い詰められた。


「お願いだ! 助けてくれ! 俺はお金とかなんでも量産できる力がある!

 バイクが欲しければ、いくらでも増殖させるから命だけは!」


「何言ってんだ? オレらは単に人間を消すのが好きなだけさ」


「うそん!?」


男はゆっくりと「delete」の掌を向けながら歩いてくる。

空いているもう片方の手には別の文字が刻まれているのに気が付いた。

もうこれしかない。


「くそーー! 消されるくらいならいちかばちかだ!!!」


男のふところに飛び込んで、deleteされるまえに、男の片手に「tab」の指をくっつける。



「tab」+「alt」



目の前にいくつもの世界線が浮かび上がった。

処理できないほどの情報が視界に飛び込むが、その中にひとつ。

俺の愛する妻が見える世界線を見つけた。


「ここだ!! これが俺のもとの世界だ!!」


たったひとつの世界線をつかむと、ふたたび風景は一新された。

目の前に広がるのは時代も、文化もなじみのある元の世界だった。


「ああ……!! 戻って来た! 戻ってこれたんだ!!!」


「あなた、どうしたの? 急に家を出て戻ってこないから、探しに来たわよ」


妻にはたかがプチ家出をしただけに見えるだろう。

でもいくつもの死線を潜り抜けてきた末の安心感が今は愛おしい。


「本当に戻ってこれて良かった……」


「あなた、やっぱり変よ?」


「ああ、そうだな。そうかもしれない」


もう二度と「n」の指に触れるものか。固く誓った。


「手をつないで帰ろうか」


「あはは、どうしたのよ。まるで新婚みたいに」


「君のありがたみに気付いたんだよ」


茶化す妻の手をとり、そっと指と指を合わせた。

そのとき、俺の「alt」の指と妻の指にある文字が触れたのがわかった。



「alt」+「F4」



世界線は閉じられ、すべてが真っ暗闇に包まれた。

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