第4話 ヒーローの使命

「ちょっと待って下さい。今の話が本当なら、SEEDは人間に紛れているという事ですか?」


 篠崎の話を聞き、木部はすかさず質問をした。


 ルージュの正体が『来栖雄也くるすゆうや』という青年であることは分かった。しかし、それ以上に木部には気になることがあった。それは、SEEDが人間に『擬態』しているということだ。篠崎の話の中にあったように、SEEDが人間の『殻』を被り人間として生活しているのだとしたら、SEEDが人間社会に紛れ込んでいるということである。


「来栖の話によるとそういう事になる。ニュースではSEEDが人間の精気を吸っているなどと言われているが、我々対策本部はあれは人間の記憶を吸い取っているのではないかと考えている」


「人間の記憶・・・ですか?」


「ああ。俺があの日見た後輩は、姿形は本人そのもので、喋り方から記憶まで不自然なところは一切無かった。つまり、SEEDは人間から記憶を奪い、その人を殻にする事で、その殻に入り込み、人間に擬態していると考えられる」


 木部はそれを聞き、とても怖くなった。今まで人間だと思っていた人が突如その殻を破り捨て、化物へと変貌してしまったら、そう考えだけで震えが収まらなくなっていたのだ。


「でも安心して下さい。どうやら、来栖には人に擬態しているSEEDが分かるようなので、こちらとしても彼と協力してSEED撲滅に総力を上げているところです」


「そ、そうですか・・・、それなら、安心ですね・・・」


 しかし、木部はあることが気になっていた。それは、何故SEEDがわざわざ人間に擬態をしているのかということだ。そもそも、何故SEEDが人間を襲うのかも未だ定かではない。SEEDについては、まだ謎が多く残されている。


 一方、ルージュについてはその正体を掴むことが出来たものの、何故来栖青年がルージュになったのか、その経緯が判明していない。篠崎が初めて来栖に会った時には、既に彼はルージュに変身しており、彼がいつどこでルージュになったのかが不明なままである。そもそも、ルージュが何者なのかも謎のままである。


「俺は、SEEDという存在が許せないのです」


 すると突然、篠崎が独り言のように話を始めた。


「奴らはいきなり我々の世界に現れ、好き勝手暴れては、人間を無差別に殺しています。俺にはそれが許せないのです。奴らの存在はこの世界の悪そのものです。それを滅ぼす者こそ、正義であるルージュなんです。我々対策本部はルージュに期待をしているんです。この世界に、再びの平穏をもたらしてくれるだろうと」


 篠崎は人一倍正義感の強い男である。自分が悪と考えたものについては、徹底的に排除し、自分が正義であると信じて疑わず、これまで突き進んできた人間なのである。そんな彼は、正義の化身のような存在に憧れを抱いていた。そのせいあって、彼は警察官を目指すようになり、今では悪と立ち向かうSEED対策本部に所属している。全ては、悪を倒すという強い信念からなるものなのだ。そんな篠崎にとって、ルージュである来栖は最高のパートナーであり、憧れの存在でもあった。




 その後、木部と篠崎はSEEDについて知っている情報を交換すると、今日知り得た情報を口外しないとの約束を再び確認し合い、警察庁のロビーで別れた。


 警視庁を後にした木部は、会社に戻る為に東京駅に向かっていた。その道中、突然彼女のスマートフォンの通知が鳴ったかと思うと、その画面には『速報 SEED目撃情報』と映し出されていた。木部は急いでその通知を開くと、その情報ではSEEDが現れたのは東京駅構内と書かれていた。


 すると、木部は一目散に駅に向かって走り出していた。今から向かえばきっとルージュに会える。木部はそんな事を考えていたのだ。そんな彼女とはうらはらに、周囲の人達は駅から離れる様に逃げ回っていた。突然のSEED出現情報で混乱する人達。その誰もが、死にたくないという一心で駅からなるべく遠くに逃げようと、走っているのだ。


 人は誰しもが自分のこと可愛いと思える生き物である。その程度は人によって違えど、死に直面したとき誰もが自分は死にたくない、そう思えてしまうものなのである。それは時に、誰かを犠牲にしてでも生き延びようとする姿も見られる。逃げ惑う人達を押し倒してでも我先にと東京駅とは逆方面に逃げる人達。道路を走る車はクラクションを間髪入れずに鳴らし、歩道では押し合いが始まっていた。そこにはもはや、秩序と言えるものは存在していなかった。


 そんな光景を横目に、木部はコートをたなびかせて東京駅に向かう。街路樹の枝にはこれからの季節を彩る電飾が巻き付けられ、夜になれば辺りを色鮮やかに照らしてくれるだろう。そんな通りを抜け、煉瓦造りの駅が見えると、丸の内中央口改札からまるで巣を失った蟻の様に大勢の人が出てきているのが見えた。その群衆の奥、一際大きな体躯をした灰色の化物の存在がこちらに向かっているのが見えた。


「ルージュは・・・、ルージュはまだ来てないの?」


 ゆっくり、ゆっくりと逃げ惑う人の後ろを歩く灰色の化物は、半年前木部が渋谷で目撃したカブトムシ型のSEEDだった。忘れもしない、彼女の同僚を『殻』にしたSEEDそのものだ。


 しかし、当時の記憶がフラッシュバックしたのか、木部は急にその場から動けなくなっていた。口の中の水分が無くなり、指先が震え、目を見開いたままその場から微動だにしない。そんな彼女に声を掛ける人など誰一人としておらず、皆自分が逃げることで精一杯だった。


「や、やばい・・・、にげ・・・逃げなきゃ・・・」


 ルージュがいると思い現場に駆け付けたものの、当のルージュはおらず、木部に向かうようにゆっくりとカブトムシ型のSEEDが迫り来ていた。


 気が付くと木部の周りには誰もおらず、さっきまで蟻の様に出て来ていた人達は皆皇居方面に走り去っていた。もはや、この場に残っているのはしがない新聞記者である木部のみ。そんな彼女をじっと見詰め、歩み寄るSEED。半年前、せっかくルージュに助けてもらった命なのに、こんなところで終わってしまうのか、木部がそんな事を後悔していると、彼女の頭上を飛び越えるように何かが彼女の前に立ちはだかった。それは、赤い鎧を身に纏ったかのような、金の二本角を持つ、木部が追い求めていたルージュその人だった。


 すると突然、ルージュを見たSEEDが劈くような声を上げると、ルージュに向かって走り出した。対して、ルージュもSEEDに向かって走り出す。そして両者が激しく激突すると、すかさず拳の殴り合いが始まった。その間、SEEDは何かを訴えるかのように声を上げていたが、言語になっていないその声は何を言っているのかさっぱり分からず、ただうるさく哭いているようにしか聞こえなかった。


 ルージュはSEEDの攻撃を巧みに避けながら、確実に攻撃を当てていく。しかし、カブトムシ型のSEEDの一撃一撃は重く、ルージュがガードをしても、時よりそのガードが崩される場面もあった。


 異形の者達による肉弾戦。木部にとってそれは、とても哀しい戦いに思えてほかならなかった。何故なら、ルージュは一言も声を発せず、まるで事務作業かのようにSEEDに攻撃を仕掛けているのだ。木部にとってその後ろ姿は、孤独を嘆く男の姿に見えてしまった。ルージュを応援するする者などおらず、一人戦う英雄。しかし、英雄などと呼ばれている割にはその戦いには覇気が見えなかった。確かに、確実に攻撃を当てSEEDが弱っているのは木部が見ても分かった。それでも、ルージュもまた弱っているのが分かった。


 そして数十分の死闘の末、ルージュの飛び蹴りがとどめとなり、SEEDはその身を爆発させ戦いに幕がおりた。正義が悪を倒した決定的瞬間にも関わらず、木部はとても苦しかった。木部はルージュの戦いをずっとその場で眺めていた。動けなかったせいもある。しかしそれ以上に、彼女の近くにSEEDが来ることが無かったのだ。何故なら、ルージュは彼女の近くにSEEDが行かないよう気を配りながら戦っていたのだ。その事を、木部は戦いの途中で気付いていた。あれほど激しく殴り合いをしているにも関わらず、自分の近くに来ることがない。それが、ルージュのおかげであると彼の背中を見ていれば分かった。


 肩で息をするルージュ。木部は彼が人間であることを知っている。そして、あの日の夜のお礼をどうしても言いたかった彼女は、思わずその場で叫んでいた。


「あの!私、半年前に貴方に助けられた者です!あの時は、本当にありがとうございました!貴方のおかげで、今、私は生きています!本当に、感謝しています!」


 木部がどうしても言いたかったこと。それを言い終えると、ルージュは木部に背を向けたままこう返した。


「初めてですよ。お礼を言われたのは・・・、嬉しいですね」


 木部は気付いた。何故ルージュの背中があんなにも哀しく見えてしまうのか。それは、彼が孤独であるからだと。


 そして、木部はこんな事まで聞いていた。


「どうして、貴方はSEEDと戦っているんですか?」


 その問に対して、ルージュこと来栖青年は小さく答えた。


「どうしてって、それは戦うことが、俺の使命だからですよ・・・」


 ルージュはそう言うと、その場で凄まじい跳躍力を見せ、近くのビルの屋上に姿を消した。


「戦うことが、使命・・・」


 暫くして、木部は駆け付けた篠崎に保護された。

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