第3話 英雄の正体
赤坂でSEEDが出現した数日後、
「最初に言っておきますが、今から俺が言う事は記事に書いたり、他に漏らさないで下さいね。これは、本人が望んでいることなので」
折りたたみ式の長椅子を挟み、向かい合って座る二人。その二人以外、この部屋には誰もいない。
「分かっています。私はただ、ルージュの正体を知りたいのです」
木部の本心としては、ルージュの正体について翌日の朝刊の見出しにでもしたいと思っている。そうすれば、ルージュはもっと世間に評価され、彼としても喜ばしいだろうと思っていたからだ。しかし篠崎曰く、ルージュについての事は一切他言無用と言うのだ。何故なら、ルージュ本人がそれを望んでいないとのこと。
「いいだろう。ただし、俺も彼について詳しく知っているわけではないがな」
そう言うと、篠崎はルージュに出会ったあの日の夜について語り始めた。
*****
東京に突如SEEDが現れた夜。篠崎は通報を受けて新宿歌舞伎町に出動していた。謎の生命体が歌舞伎町で暴れており、通行人を襲っていると聞き駆け付けたからだ。しかし、篠崎が到着した時には既に歌舞伎町にはいつもの賑わいは無く、あるのはSEEDに精気を吸われた『殻』ばかりだった。
「一体、何があったんだ・・・」
この世の終わりのような光景に、篠崎は言葉を無くした。新宿駅から歌舞伎町に向かう信号も、ただ色を変えるだけで渡る人はおらず、通りには居酒屋の勧誘に対しての注意を促す放送が流れているだけで、人の声など何処からも聞こえなかったのだ。
篠崎は暫く歩き、新宿東宝シネマビル前まで来ていた。そこにも殻は散乱しており、周囲にはまだ渇かぬ血痕も残っていた。生存者がいないか、篠崎が周囲を見渡していると急に背後から声を掛けられた。
「篠崎さん!」
その声に振り返ると、そこにいたのは篠崎の後輩に当たる男性警官だった。
篠崎はやっと見付けた生存者に安堵すると、すぐ様彼に駆け寄った。
「良かった!お前は無事だったんだな!ところで、お前の他に無事だった奴はいないのか?」
篠崎がそう聞くと、その警官は悔しそうな表情で仲間の死を告げた。
「町の人も、助けに来た警察も、皆化物に殺されました・・・」
そう言った彼も、左腕には爪で引き裂かれたような傷跡が残されており、とても辛そうな表情をしていた。
「そうだったのか・・・、でも、お前だけでも生きてて良かったよ。とりあえず、その怪我の処置をしよう。駅前に車を止めてある。今からそれで病院に行こう」
そう言って、篠崎は彼に背中を向けると駅の方に歩き始めた。
「ほら、何してる。早く行くぞ」
しかし、その警官は篠崎に付いていく様子もなくその場で佇んだままだった。
「どうした?歩けないのか?」
見る限り、彼には左腕の外傷以外目立った傷は見当たらない。それにも関わらず、じっと地面を見つめ動かない彼。篠崎は彼のことが心配になり、ここまで車を持ってこようと思い再び駅に向かって歩き出した。するとその直後、篠崎の耳に一発の発砲音が鳴り響いた。何事かと思い振り向こうとすると、体に力が入らず、篠崎はその場に膝から崩れ落ちてしまった。一体何が起こったのか、篠崎は訳が分からないでいたが、自身の右脚から激痛を感じると、そこから大量の血が流れていることに気が付いた。
「だ、誰だ・・・」
痛みに堪え、襲撃者を探そうとすると篠崎の目に信じられないものが映っていた。それは、銃口を篠崎に向け、引き金に人差し指を掛けた後輩警官の姿だったのだ。それまで篠崎が呼び掛けても微動だに動こうとしなかった彼が、篠崎に拳銃を向けていたのだ。
篠崎は自分の目を疑った。後輩である警官に何故銃口を向けられなければならないのか、何故自分が撃たれなければならなかったのか。訳も分からず混乱していると、その警官の口角がゆっくりと上がっていき、そして彼はこう言ったのだ。
「終わりだ──」
その瞬間、篠崎の背後から迫り来る足音と、若い男の声が聞こえた。
「変身!」
すると、彼の目の前に真っ赤な鎧を身に纏ったかのような、鬼の様な二本の金色の角の生えた化物が立っていた。
「大丈夫ですか?!一人で逃げられますか?!」
その赤い化物は若い男の声で篠崎に話し掛けると、篠崎に視線をやった。それはまるで、篠崎を庇っているかのような格好だった。
「何故お前がイる・・・、オ前はフウ・・・インされたハズだろ・・・」
すると、拳銃を構えていた警官の様子がおかしくなった。篠崎と普通に会話が出来ていたはずの彼が、急に片言で喋り出したのだ。その上、体も小刻みに震えていた。
「一体・・・、何が起きていると言うんだ・・・」
篠崎が右脚の痛みに悶え苦しんでいると、赤い化物は彼にこう言った。
「あの人はもう既に人間ではありません。あれは人間の殻を被り、人間に
赤い化物は確かにそう言った。しかし、篠崎にはそれが理解出来なかった。
「あいつが・・・化物?そんなはずはないだろ・・・どう見ても・・・人間じゃないか・・・」
見た目は誰が見ても警察官。しかし、その正体が化物だと言う。篠崎にはそれが信じられなかった。いや、正確には信じたくなかった。何故なら、赤い化物が言うことが本当だとしたなら、後輩である彼は既に死んでいることになるからだ。そこら一帯に転がっている殻と同じように。
「裏切リモノ・・・ニハ・・・死んデモらウ・・・」
すると、警官は手にしていた拳銃を赤い化物に向けて数発発泡した。しかし、赤い化物はそれには動じず、むしろ警官に向かって走り出していた。そして、あろう事か警官の真ん前で行くと、一切の躊躇も無くその警官を殴り飛ばしていたのだ。
篠崎には、目の前の赤い化物がただの悪魔に思えて仕方なかった。こいつこそが、通報のあった化物なのではないか、そう考えていた。
警官は後ろの東宝シネマビルまで突っ込むと、周囲には土煙が上がっていた。彼は死んでしまったに違いない。篠崎がそう考えていると、ビルの中から現れたのは、カマキリのよう鎌の形をした腕をした灰色の化物だった。そして、その化け物の足元にはそれまで動いていたはずの警官の『殻』が落ちていた。それはまるで、脱皮をしたかのように背中のところから真っ二つに引き裂かれていた。
「あいつらはああやって、人の殻に入り込んでは、人間に擬態しているんです」
赤い化物の説明に、篠崎は自分を悔やんだ。もし、自分がもっと早く歌舞伎町に来てさえいれば、彼を含めて大勢の人の命が救えたのではないか。そして、自分はこんなところで地面に這い蹲うことなど無かったのではないか、と。篠崎は灰色の化物と自分自身を恨んだ。
「ギリリリィィ!!」
灰色の化物が奇妙な声で叫ぶと同時に、赤い化物が再び動き出す。
篠崎の目の前で繰り広げられる異形の者同士の戦い。殴る蹴る。時には飛ばされ、両者はボロボロになるまで戦い続けた。
そんな光景をただ眺めることしか出来なかった篠崎。それが右脚の痛みなのか、目の前の化物たちに対する恐怖なのか、その時の彼には判断が出来なかった。しかしそれが、自分自身の無力さ故であることに気が付いたのは、戦いに勝利した赤い化物の後ろ姿を見た時だった。
両者は互角の戦いを繰り広げるも、赤い化物がやや有利に攻め込んでいき、とどめの一撃となる回し蹴りを決めると、灰色の化物は再び奇妙な声をあげてその場で爆発した。
戦いに勝利した赤い化物の背中をただ見つめていた篠崎であったが、次の瞬間、彼は自分の目を疑った。何故なら、それまで鎧を纏っているような化物が、突如普通の格好をした青年に変わってしまったからである。茶色に染色された髪に、カーキー色のシャツとジーパン。二十歳位の青年の姿がそこにはあったのだ。
その時、篠崎は必死に歯を食いしばるとその場で立ち上り、右脚を引き摺りながらも彼に歩み寄った。
「君は・・・、一体何者なんだ・・・?」
呼吸の乱れた篠崎の問いに、彼はこう答えた。
「俺は何者でもありません」
篠崎に背を向けたままの青年は、何処か哀しそうな声でそう言うと、その場から立ち去ろうとした。
「待ってくれ!せめて、せめて君の名前を教えてくれ!」
篠崎には彼を止める体力がもう残されていなかった。撃たれてから数十分、何の処置もせずにいた為、血を流しすぎたのだ。
「
青年はそれだけ言い残すと、姿を消していた。
その後、篠崎は駆け付けた他の警官に助けられ手当てを受けると、数日後にはしっかりと歩けるまでに回復していた。
その後、政府があの灰色の化物を『SEED』と命名すると、篠崎はそのSEEDに対抗するために設立された警察組織『警視庁SEED対策本部』に任命されていた。そして、篠崎が来栖を名乗る青年に会ってから二週間後の事、彼は対策本部として初の任務として、SEEDが出現したという東京駅近くに出動していた。
そこで篠崎が見たのたは、カブトムシ型のSEEDと戦うあの赤い化け物の姿だった。辺りには人の殻も無く、そいつは必死に灰色の化け物と戦っていた。そして、一時間に及ぶ戦いの末、赤い化け物による渾身の拳がSEEDの胸に直撃すると、SEEDはその場で爆発した。またしても、篠崎はそれをただ見ていることしか出来なかった。
戦いを終え、赤い化物が誰にも気付かれぬよう路地裏に入ったのを見計らって、篠崎も急いでその路地に入ると、彼にこんな提案をした。
「なあ、来栖。俺達と協力しないか?」
すると、来栖青年は赤い化物の姿から普段の姿に変わると、こう言った。
「いいですよ。ただし、俺の正体は秘密にして下さい。それが、条件です」
こうして、警視庁SEED対策本部である篠崎と、英雄とまで呼ばれるルージュとのタッグが結成された。
それ以来、篠崎はSEED目撃情報が入る度に来栖に連絡をし、SEEDに唯一対抗できるルージュを現場に呼び寄せたのだった。
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