おいしくない菓子折り

韮崎旭

おいしくない菓子折り

砂糖をまぶした


砂糖をまぶした砂

遊動円木

の上で三半規管瀕死

その上連日のイヤフォンでの音楽での周囲への遮音

のため、聴覚とその他もろもろが瀕死

瀕死だけれど

伸ばした手はきっと何かに行き当たると信じているよ

蛙の死骸とか

砂糖をまぶした絆創膏

もはや食物でもない

砂糖をまぶした遊動円木で瀕死の聴覚が喚く

最期には明るい場所が見たかった、とか

光量の足りない昼

岩礁を夢見る夜

死の声を空耳しては、それは声を持たない少女の影

砂糖漬けの敗北感

連日の不定形

その上生存でやられた三半規管とかたつむり

自身をぶっ壊しても生き残った

とはいえそれはまるで役立たず

君が歌えば明るい未来にだって、夢が見られると思ってた。

とでもいうと思った?

メープルシロップと断頭台、憂鬱の恒常性にさよなら!


 ★


気象予報


自殺する予定だった朝の気象予報

無軌道をたしなめようとしたり顔

あなたはあなたが作り出した混沌に関心を持たず

私は私自身たる混沌で壊れていく

存在することを強いるな 叫ぶ喉は健在だ

讃えられた生命、への嫌悪 存命する違和と憎しみを叩き付ける

成立しないフレーズを潰す 朝が心を壊しに来るから

狂ったピアノは放り投げられて 沈黙は金だと身体に刻み込む


この声が聞こえないように祈る 公衆の迷惑

生存しないように願う


「どうか、誰の目にも触れずに消え去れますように」


あなたは善行の生み出した苦痛に感慨を持たず

私は正しさの隙間で挽き潰され肉片となり

存在することを強いるな 枯れる声は醜悪だ

与えられた狂躁への憎悪 存続する肉体が抱える蛆の概念

見境ない自壊を創る 社会生活が身を蝕めば

歪んだ作詞は火を点けられて、沈黙は偽物でしかありえない。


この声を聴く必要のあるものはいない、公衆の不在

透明になった世界で


「どうか、私が存在しませんように」


 ★


シガイ


屍骸、市街、異邦人、私、私の、この声が嫌い。

手を伸ばす光彩に、醜く歪む虹彩を歓待

夜空の陸橋にて、目覚めれば狂人

せめて聞け、使い捨ての遺書、星空に破り捨てる

列車の通過、別離と反復、抉るのは精神、ガタが来てる

些末な臓器の悲鳴など、聞き分けぬ抗うつ薬


舌下でとけた夢は今日、静脈を汚す?


意外、期待、予想外、明日が最期と、私、その日を待てない

踏みつける睡眠に得難く笑むは虹色の悪夢

夕刻、乾く部屋、寝つけずに廃人

壊せ今日、使い古す希死、薄弱な意志を占めて

列車の通過、破壊と往復、滲むのは膿と言語、ほら

欠陥品のうわごとを、圧し潰すあさのひかりと抗不安薬


沈んでは消える汚い泡と油膜を残して

舌下でとけた夢は昨日、ぼくを殺した。


 ★


オックスフォードアパートメント213号室


オックスフォードアパートメント213号室、惨劇の舞台、なんて安っぽいホラー映画みたいな形容も、今日の天気による気鬱の上では上滑りして霧雨かこんにゃくのようにつかめなくて、すべての像が現実感をなくす。

その辺の側溝で落としたかな、行方不明のもろもろが、手の間から全身から抜け落ちてゆく感覚。

冷蔵庫いっぱいの人肉、オックスフォードアパートメント213号室。

この世界との合致の失敗、オックスフォードアパートメント213号室。

彼は別に不器用でも、不合理でもない、病的でもない、病的な世界に生きていただけだろう。

病的な世界と彼との不一致、血まみれのラブソング、死臭のする恋慕、オックスフォードアパートメント213号室。

だから今日も不眠に拳銃でけりをつけたい。自分の血は相変わらずに不味かった。

彼に殺されることは絶対に叶わない、彼は故人だから。

さようなら聖地、さようなら手記、さようなら死への恋慕、それでも残った走り書きが言うには、「オックスフォードアパートメント213号室。」と。


 ★


錐体外路症状一歩手前


手が震えているのは薬剤に原因を持つパーキンソニズムの予兆か?

眠れない。苦情の山積、鬱積と空想、被害妄想、被害者ぶって悦に入ってんのか、また?

眠れない。不適格、欠格、不潔、不適切に不吉、背後で渦巻く非難に批判、それに叱責。生存そのものに謝罪せよ。

眠れない、希死念慮、決壊。ダムの底が融ける悪夢にすら拒まれて、煉獄で行き場のない廃人。することもない、見るものすべてが、脅かすように映る、澱んだ目で、美しい世界を汚す物事のありようは、どう見たって美しくなんかない。

誤謬、衒奇、とりすましてみせても、お前ら不衛生な下等生物。生物自体が下等なので、泥の中で這いずり回っていろ。

消灯できない、暗闇が怖い。入眠できない。この明るさでは眠れるわけない!

眠れない。自殺願望。引くべき引き金もなく、括る首はどこに置き忘れ?

頭蓋の中にこだまする哄笑、誰かこいつを黙らせろ。

26時の無気力不安と、人生やめたい人間やめたいそれすら決行する意志はもう死んだ。

救難信号いらない滅亡、消失への渇望、この思考を即座に消灯したいし、破棄したい

眠れない。活動時間の不自由、社会生活への不適合、生きることの無駄遣い。

悪い前例、自損に自壊、肝臓が限界。

副作用は最高潮でハイテンション、錐体外路症状一歩手前。

副作用・作用で入眠困難手軽に解消、翌日昼まで健やかに安眠。

迷妄・虚妄・欠乏感・劣等感、また過量服薬で棚上げだ。


 ★


現住所


 八幡はたった今、苦労して嫌悪感を解剖し終わったところで、すべてを焼却炉へと捨てに行くところで、自動車を運転することが当然とされるこのクソ全体主義大衆社会滅亡しろ、みたいな気分が肺をひたひたと浸し始めていたからやりきれない気分になって、「ファシストどもめ」と毒づくと、床にペンキをぶちまけ始めた。赤、青、黄色。有機溶剤のせいで眩暈がした。視界に、本来見えないはずのものばかりが映り込んだ。ペンキをぶちまけた。黒、白、緑。植物へと変わってそのまま死を迎えられたら。この血管を見苦しい花へと変えて、散ってゆくさまが水銀灯のわびしい光に照らされているのを盲目となった基幹が微笑み眺める。手を伸ばす先に暗澹と寒気。ペンキの上に倒れ込めば、液体成分を含んだペンキのなかに埋もれてゆく感触がひどく不快。そんな感覚さえ現状から切り離して、化学的にニューヨークチーズケーキを切り分けて、火を点けた知覚が痛みと共に眠りにつくことに安堵しながら、自分に自動車運転を強いるこのクソ全体主義衆愚体制に吐きそうな忌々しさを覚えながら、強迫神経症にもなれないまま水を飲んでいる、制吐剤とともに。

 田辺の眠りは悪質だったので、そのやわらかに崩れつつ傷んだ組織のなかでタナゴの仲間がたくさん跳ねて踊っている夢を見て、それから突然「殺される!」と叫んで覚醒したところ、まだ3時間しか眠ってはおらず、そこでさっきも自らに経口投与した蒸留酒を再び飲んで、私の空想上の恋人に会いに行くつもりでいたところで、クジラに両足を奪われそうになったり、北海で海岸沿いを物寂しそうに散策していたり、リベリア船籍の船が難破していたり、キリスト教民主同盟の動向がニュースされていたり、中道左派が岐路に立たされていたり、気が付くと3時間しか眠ってはおらず、再び田辺は強い蒸留酒を飲んで浅くて粗悪な眠りへと陥っていった。

 八幡は自動車運転への忌避とそれによる疲労から、モルヒネの塩酸塩を求めたが叶わなかったので、この世の中はごみ溜めだ、誰も管理をしていない死体置き場であり、ありとあらゆるものが腐ってゆくのだ、と思い、求めても得られない甘い眠りがとうの昔に失われたことを知り、いとあはれな気分になり、ああ、あの沖の方の目印か何かになってこの身を滅ぼしてしまいたい、とはいうものの、このような現在において、たとえそれが標識の代わりであっても、自分が何かの役に立つなどとは、なんとおぞましいことだろう。傷んだ傷口から滴る透明な呪詛が視界と環境を汚していく今日日に、情緒的なものはおそらく無用だろう。道端を横切っていった猫の姿に自分がまだ死んでいないことを知覚して、もう何年も前から自身が末期を生きている自覚がよみがえった。

 ペンキの中から立ち上がった八幡はもう救いようのない麻薬中毒患者のような様子で、「カンテラ、カンテラ、カンテラが二つ、……きらきらひかる、電燈に誇大妄想……♪」と歌っては辺りかまわず腕や頭を打ち付けていた。おかげで花瓶が一つ割れたので、ペンキで足を滑らせてその破片へとむぼうびに突っ込んでしまい、八幡は多数の切り傷を負った。


「列車での旅はいいものですね。目的地があるかのような錯覚におちいれる」その列車は水上方面行きであり、私に相席した年齢不詳の、やせた男性が、軟らかく沈みこんだ声で私にそう話しかけた。まるで深海で醸成された沈殿物のようなおだやかで安らかな声だった。

「きっとあなたには、目的地がないのでしょう」私は応えて言った。

「ええ、これから自殺しに行くところです」落ち着いた様子は相変わらずのまま、その男性は言った。

「ほう、自殺」

「ええ」

「ぶしつけな質問で申し訳ないのですが、あなたはどのような自殺を考えているのでしょうか?」

「山林で首を括るつもりでいます。小汚い生体がおわり、醜い死体が生じるだけのこと」

「それは素敵ですね」

「そうですか? では、どうでしょう、あなたもともに死にませんか?」

「ええ、一人は寂しいものですからね。ところで、クルジジャノフスキイはお好きですか?」

「『神童のための童話集』なら、よみましたよ」

会話が盛り上がったのち、我々は水上の山林で自殺した。何も不自然なことなどない。


 八幡は爬虫類でも卑劣漢でもなかったのに、その八幡が壁を這い回らざるをえなかったのは、八幡の、薬物中毒に由来する幻覚のためではないが、八幡は午後3時台に入ってからもう8本も煙草を吸っていて、まるでブラックホールか何かである肺の悲観と厭世の埋め合わせをしているようでもあり、しかしそのような苦痛を訴えるのはいつでも脳だった。

私の腕、私の皮膚、私が私に語り掛けるたび、体内からなけなしの清浄さが水色の気泡となって抜けてゆく。私は騒がしい私を鎮めなければならないが、それは概して社会的に容認されることがない。私は、社会的な容認の中で圧死しそうになっている。

 彼は私にオムライスを作ってくれた。私が、彼を騒音としてしか見ていない――騒音と無秩序の発生源としてしか見ていなかったのに、彼は客観的には非常に優しかったし、オムライスは美味だった。私は彼と会っていたころ、毎晩のようにたくさん顔のない群衆に、腐った卵をぶつけられる夢を見た。浴槽を覗けば、ばらばらになった人体(であろうと思われる)の組織と、痛み始めのどろりとした血がさながら経血で本当に吐きそうになって入浴できず、シャワーからは悪罵が雨あられ。庭中に絞殺された人間が積み上げられており、空はスモッグと砂塵でいたましく濁らされていた。彼とかかわりを持っている間中、それは続いた。耳の中ではカブトムシの幼虫のような菌糸がもぞもぞと動く気配。彼と会えば会うほど、世界は劣悪な住環境になってゆき、彼の作るオムライスは、バターの風味が豊かで、味の輪郭がはっきりしていて、とても美味で、彼は私を対等かつ、丁重に扱った。私は日に日に自分の状態が悪くなってゆくのを感じていた。だがある日、頭を抱える私を、頭を抱えてうずくまる私を、やさしくなだめて絵本を読み聞かせて呉れた彼は、「美術館にでもいこうか。いい気分転換になる」と言って私を連れ出し、暖かな小春日和の舗装道路を歩き、ホームドア未設置の、快速の停車しない駅へ行き、乗車するはずだった電車の前の、当駅は通過する電車へと飛び込んで肉片になって死んだ。その時の私の手を、つないでいた手をふりほどくその所作までもが、やさしく、人道的だった。

 彼が粉砕された瞬間、すべての最悪な妄想状態はまるで冗談のように晴れて消えた。私の目と頭に青空が戻ってきた。私はとても久々に、さわやかな気分で、その日、予定通りに美術館へ行き、カフェで休息した。彼は穏やかで、人当たりよく、その上料理も上手で、素晴らしい人だった。博識でもあった。そんな彼が自殺したので、私はとても晴れやか、かつ順当に生きることができる。哀惜も罪悪感も皆無。

 だから八幡は今日も1時間に12本くらい煙草を吸う。生きるために。




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おいしくない菓子折り 韮崎旭 @nakaimaizumi

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