異世界卍固め カオス短編集

ゼブラD

ある偉大な魔術師の手記

私は二百年前に大陸で生まれ、魔術を生業として生き、死んだ男だ。霊体になった後でペンを取ったのは、このところ私のことを「超人」「魔力の申し子」「戦鬼」などと大言壮語で讃える者が多いからだ。実際の私はそんな人間ではなかった。


私はカーシャ地方の小さな町で生まれ、気難しい子として育った。生まれつき魔力を持っており、簡単な魔法を使うことができた。そのことが私の人生を運命付けることになる。魔力を持って生まれて来る人間は十人に一人、後天的に身に付ける者も合わせると五人に一人なので、そう珍しいことではないのだが、私は自分が本当に特別な存在なのだと信じ込んでいた。将来は童話に登場するような偉大な魔法使いとなり、歴史に名を残すのだと。


私が十二歳のとき、両親に無理を言って魔法使いの養成所に入所できることになった。親元を離れ、初めて同年代の魔力を持つ少年・少女達に囲まれることになった私は、ここにいる誰よりも才能に溢れている、力を見せつけてやると息巻いていた。


しかし、挫折はすぐに訪れる。人間の魔力は、行使できる魔力の総量である「魔力量」と、瞬間的な1魔力量あたりの効果を表す「魔力圧」で表すことができ、

魔力 = 魔力量 × 魔力圧

の等式が成り立つことが知られている。私は魔力圧が平均以上なのだが、魔力量が致命的に少なかったのだ。魔力量が少ないと、高度な魔法を錬成することができないし、すぐに息切れするので実戦向きではない。はっきり言って、この時点で教官には落第の烙印を押されていた。すぐに退学を勧められたが、私は頑なに聞かなかった。足りない才能は努力で補えると考えていたのだ。


最初のうち、周りの同期たちも未熟で、私の不出来が目立つことはなかった。しかし、1年、2年と経つうちに差は歴然となった。私は魔法の訓練についていけず、次第に落ちこぼれていくことになる。


––––– ザイーブ、こんなこともできないのか。3年生だというのに

––––– 後輩に負けて恥ずかしくないのか

––––– これ以上魔法を使えないならもう帰っていい、訓練の邪魔だ

––––– ねえあの人、なんでここにいるのかしら……

何度も心が折れそうになった。私がそれでも耐えられたのは、魔術師に対する強い憧憬があったからだ。本来は4年で卒業だが、結局私は6年で中退することになる。


––––– ザイーブ、お前の杖を見せてみろよ。その間抜けな杖を

他の魔術師候補生に、私の大きな杖をからかわれていたのを覚えている。本来、魔術師の杖は魔力伝導性の高い素材なら何でも良い。熟練した魔術師であれば、左足の小指からでも大魔法をキャストできるだろう。また、膨大な魔力量を練って複雑な魔法をキャストする今般のトレンドから考えると、グローブタイプ、ハンドヘルドタイプが一般的なのは理にかなっている。そんな中で私が巨大な杖を使っていたのには理由があった。一つは、私の尊敬する祖父が魔術師だった頃に使っていた杖だということ、もう一つは、魔力量に乏しい私にとって、長い杖に魔力を伝導させ、その間に高魔力圧で威力を増すようにキャストする工夫が必要不可欠だったのだ。

しかしある日、私の杖が無残に叩き折られ、私を侮辱する言葉が書き殴られていた。


––––– 誰だ

私は怒りと悲しみに支配されていた。力を持たない者は、皆に追いつこうと努力することさえ認められないのか。

––––– 俺だよ

大きな体躯の青年バウムが名乗りを上げ、私の前に歩み出た。バウムは魔術戦闘で一番の成績を残しており、教官でも彼に勝てる者は少なかった。同年代で最も将来を期待視されていた者の一人だ。

––––– まだ気付かないなら俺が教えてやろう、お前は魔術師にはなれない。

––––– なんだと

––––– 貴様の才能は皆無、見ていて哀れだ。俺が引導を渡してやる。

バウムがにやにやと私を挑発してきた。周囲の者達も私に好奇の目を向ける。

––––– やめなよ

割って入るように、女の声が響いた。

––––– 他人のやることなんて放っておけばいいのに、愚か者。

声の主はレーン、私と同じくとされている女性だった。彼女は一つ覚えホルドと呼ばれる、一種類の魔法しか使えない魔術師だった。周りでくすくすと笑い声がおきる。彼女が私を助けたことが、加虐者達にとって嘲笑の標的となったようだ。無能の傷の舐め合いだとか、ここには書くことも憚られるような侮蔑の言葉を彼女に浴びせかけた。私は彼女まで嘲笑されるのがどうしても許せず、

––––– 決闘フェイスだ、バウム

––––– ははは、こいつはお笑いだ。お前が、俺と、決闘だと。

決闘フェイスとは、非殺傷魔法を使った戦闘で、教習でも使われる。私は折れた杖の先端を持ちバウムと対峙した。相手は構える様子も見せない。私の体質からして、長期戦は不利だ。ふいをついて全魔力量をかけた魔法をキャストする。魔撃タイド、高圧の魔力を浴びせかける基本魔法だが、魔力量の乏しい私にとってはこの効率の良い一撃で倒すのが望ましい。魔力場が唸りを上げ、部屋の様々なものを引っ掻き回しながらバウムを襲う。

……しかし。バウムは一瞬で防御魔法を張り、容易く私の攻撃を防いでいた。

––––– どうした、次を撃ってこい。まさか、これで魔力が底をついたネタぎれか?

周囲からまた笑いが起きた。バウムは金属製の小さな杖を取り出し、高度魔法を錬成し始める。電撃魔法、雷槌ライトニングだ。魔力が尽きた私にはもはや勝てる見込みはない。近くにいたレーンを突き飛ばし、私から離れさせる。バウムの体から青白い電流が迸り、強烈な雷鳴を響かせて魔法がキャストされた。レーンのいない方に回避を試みるが、高度魔法は私を追尾して閃光に包まれた。


……体の感覚は無いが、残った聴覚がレーンの声を捉える。

––––– 殺傷魔法じゃないか、決闘フェイスのはずだろう!卑怯者!

––––– すまねぇな、俺は手加減が苦手なんだ。

そう言って高笑いした後、バウムの声は聞こえなくなった。


私は問題を起こしたとして謹慎処分になった。候補生同士の私闘フェイスは禁止されている。謹慎中、レーンが見舞いに来て、彼女自身の話を聞かせてくれた。光学魔法しか使えない一つ覚えホルドだが魔術師を諦めていないこと、家で飼っている猫のこと、卒業試験エグザムの予行について。


卒業試験エグザム、魔術師養成の最終工程にして魔術師として独り立ちするための壁だ。といっても殆どの者は1回でパスするが、私は既に2回落ちていた。自らが養成所で学び、最も得意とする魔法を教官や高明な魔術師に披露し、審査される。審査員だけでなく、魔術ギルドや兵団がスカウトに訪れ、自分を売り込むのに絶好の場でもある。この時期は、卒業試験エグザムを前にして、候補生各々が披露する魔法を練習していた。


レーンも初めての卒業試験エグザムを前に、披露する光学魔法を練習していた。万華鏡カレイドライトという魔法で、光を屈折させて美しい色彩のシャワーを作り出すものだ。しかし、やはり好奇の目を向ける輩からすると嘲笑の対象らしい。戦闘用でもない、実用性もない、こんな魔法は何の役に立つのだ、と。


レーンは周囲の目は気にしない、しかし試験に落ちて魔術師の道が遠のくのは耐えられないと悩んでいた。そしてそれは私にしても同じことだ。

––––– ……レーン、もし目の前に一か八かのチャンスがあって、うまくいけば夢が叶う。だめなら遠のく。君ならどうする。

––––– 乗る。

即答だった。

––––– 相方が私でもか。

––––– ああ、むしろ組むならザイーブがいい。弱さを知っている人間は強い。チャンスに貪欲だから。

レーンの力強い答えを聞いて、私は静かに頷いた。


結局、私とレーンは卒業試験エグザムに出なかった。後から聞いた話だが、そのことを面白がり、嘲り、笑い話の種にするものは後を絶たなかったらしい。「情けない、逃亡者、敗者の逃避行」と。試験を受けた多くの候補生が得意な魔法を披露し、卒業を決めていった。中でもバウムは決闘フェイスで挑戦者を募り、教官も含めて無敗を誇った。

––––– もう俺に挑む奴はいないのか。

バウムは勝ち誇り、スカウトの覚えも良さそうだ。今年は彼が全てを持っていくな、とそこにいた全ての者がそう思っていたときだった。


スパアアアアアン………………


音が試験会場を包み込み、バウムが倒れた。最優の戦闘魔術師候補である彼は一瞬で気絶していた。シーンと静まり返り、誰も何が起こったのかわからないまま、試験は終了した。

一方で私とレーンは退学することにした。


数年後


ある小高い砦跡で、私とレーンは眼下に見える街道と、その先に潜む魔物を見ていた。街道は制圧戦帰りの部隊が拠点に向け無防備な帰路についており、魔物の一団が伏せて彼らを狙っている。

––––– 万里鏡カレイドスコープ

レーンが光学魔法を使うと、光は私の目の前で屈折し、像が歪み、遠くのものが大きく、はっきりと見えた。魔物の一団を観察し、リーダーと思われる角の生えた魔物を視認する。

私は部品を組み立ててを装備すると、砦跡の石礎に小さい枕木を置き、その上に杖を乗せた。

––––– 準備完了、いつでもいけるぞ、レーン。

––––– 照準レティクル、オン

遠くを覗ける光の歪みの窓に、緑色の着弾予測点が表示される。

––––– 距離4000セイル(※)、風南西2、重力補正、コリオリ補正……

着弾予測点がふらふらと補正によって動く。

––––– 魔力場が重いぞ、補正を忘れるな。

––––– 今やろうとしてたとこ。左に2クリック……

点が右に少し動いたところでぴたりと止まった。

油断している魔物のリーダーの頭に照準を合わせる。

ふうぅ、と息を吐き出し、杖を安定させた後、全魔力量を注ぎ込むと杖が僅かに発光を始める。刹那、高魔力圧を杖にかけ、私は超長距離狙撃魔法をキャストした。


パキィイイイン……


小気味良い音が響き、光弾が吸い込まれるように魔物の陣地に向かう。ほぼタイムラグなく、万里鏡カレイドスコープに魔物のリーダーが倒れて動かなくなるのが確認できた。

敵を倒すのに大魔法はいらない。

––––– 反応観測……異常なし

レーンがこちらに気付いた魔物がいないか、複数の光学魔法で観測するが、いずれもパニックか退却していく姿だった。

––––– よし、撤収しよう

全魔力量を使い切った私は杖を片付け、レーンは光学隠蔽魔法ステルスで私たちの姿を見えなくした。私たちは悠々と帰路につく。誰にも気付かれることなく、依頼を完了した。


その後、私たちは数多の魔物を、敵国の要人を、邪悪な魔宝具マジックアイテムを破壊し、後世に最も影響を与えた魔術師と呼ばれるまでに至った。


私はここで矜持を語りたいのではない。そんなものは他人が書いたまみれの伝記で十分だ。これを読む者に伝えたいのはもっと別のことにある。才能とは個人の体質や能力で決まるのではない。で決まるのだ。最強と謳われた魔術師がどれほど弱者であったかを、ここに書き残すことで誰かの勇気へと変われば幸いだ。


手記はここで終わっている。


(おわり)


(※) 約2400メートル

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