第10話少年は夢に迷う
ルシャの将来の志望変更事件は、瞬く間にクラス中に伝わった。
リッツもその噂を聞いて、感心したり飽きれたりしていた。学校にいるときは女の子に囲まれているからあんまり感情を表に出さなかったが、学校終わりになると俺に愚痴ってきた。
「わざわざ、苦労する道を選ぶなんて……美人なんだから、どこかに嫁げばよかったのに」
リッツの言葉に、俺は苦笑いする。
俺の感覚だと女性を卑下しているようにも聞こえるが、ルフの国ではリッツのほうが一般的な感性なのだ。
「でも、ルシャが選んだ道だ。俺は、家族として応援する」
「俺も、応援しないわけじゃないよ。それより、家にあった竜について書かれた本の最後だ」
リッツが俺に渡してきたのは、竜についてのことが書かれている本である。竜は百年前に滅んだ種族であるというのが、この世界の一般常識だ。
だが、俺はフリージアを助けるときに空を跳ぶ竜を見た。残念ながらあのときに竜を見たのは俺だけだったが、俺にはあれが見間違いだとは思えない。だから、リッツに竜のことが書かれている資料を探せないかと頼んだのだ。本は、ルフの国では結構なお値段なのだ。
現代日本とはルフではもちろん使っている貨幣は違うし物価も違うが、感覚で言えば漫画本ぐらいの厚さの本で、ゲームソフト二本分の値段はする。たくさんは購入できない値段である。そのため、俺はリッツの家に竜に関する記述の本があったら貸してくれと頼んでいたのだ。
そして、俺は後悔した。
竜は、この世界でも人気のある存在だった。絶滅してもなお、言い伝えやら残された皮膚やらの研究が行なわれており、それについて書かれた本は大量にあったのだ。おかげで、俺はこの一年で竜に関してかなり詳しくなってしまった。リッツも親切心で、ありったけの本を俺に貸してくれるので――ありがたいやら大変やらという状態である。
それでも、竜が生き残っているという記述はどこにも載っていなかった。
日本と違って人が足を踏み入れられない場所が多い世界だから、アホウドリみたいに生き残っていてもおかしくはないと思うのだがこの百年間で目撃情報はないようである。
「それにしても、これだけ竜について調べるなんて……エルは竜の専門家でも目指すのか?」
リッツが、冗談めかして言う。
フリージアの一件から、俺とリッツはだいぶ親しくなった。ルシャもそれは同じで、ちょっと前までは三人で家路に着くこともちょくちょくあった。
今はルシャが少し忙しそうで、ちょっと声をかけづらい。彼女は自分の夢を両親に認めてもらうために奔走し、ついでに卒業後に弟子入りできる魔法道具の工場を探しているところなのだ。
「大学を卒業しないと、研究職にはつけないよ。それに、俺は聖騎士になるし。リッツこそ、こんなに竜について本を持っているなら、研究者になっちゃえば」
俺の言葉に、リッツは複雑な笑みで返した。
そういえば、リッツの将来の進路はまだ聞いていない。あと一年で学校も卒業だから、クラスメイトの大体の進路は知っているのにだ。
「誰にも言わないで欲しいんだ」
リッツは、そう前置きをした。
「まだ、何になりたいのか分からないんだ」
とても、申し訳なさそうにリッツは呟く。
彼の家は裕福な商家で、最近知ったのだがリッツは次男坊だった。積極的に家を継げとも親に言われず、大学に行きたかったら行ってもよいと言われているらしい。俺の周囲では、リッツほどに将来の選択肢に幅がある人間はいないだろう。でも、だからこそ迷う気持ちはよく分かった。
日本で、俺がそうだったからだ。
そこそこの大学に行けるだけの学力もあり、親も進学に反対しなかった。だから、大学に行って――……卒業間際でやりたいことがなくて迷っていた。俺は就職活動で散々失敗していたが、今にして思えば会社には俺がやりたいことがないってバレていたのだろう。
だが、今でも思う。
お祈りメール送るぐらいなら、雇えと。
「なぁ、リッツ。今、やりたいことをやれよ」
俺は、リッツにそう答えた。
「上手くいえないけど、聖騎士になる夢を持つ前の俺は――まぁ、自分が何になりたいのかぜんぜん分からない奴だったんだ。でも、先の未来は暗くとも来た道を後悔はしなかった。今思い出しても、それは絶対に幸運なことだったと思っている」
大学に行きたい、と強く思っていたわけではない。
それでも「行く」という選択肢が「行かない」を上回った。それを実行できたのは、俺にとっての幸運だったと思うのだ。
「だから、やりたいことをやれよ。親父さんとか家族とかルシャとかが、大反対しても俺はおまえの進路を応援してやるから」
絶対に、と心の中で付け加える。
リッツは、ばしっと俺の背中を叩いた。
彼らしくない反応だったが、照れ隠しなのだろう。
程なくして、リッツから進路が決まったという知らせを受けた。
彼は、大学に行くことにしたらしい。
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