第6話夢を叶えるために王都へ

 俺が預けられることになる親戚は父親の兄に当たる人の家で――つまりは叔父さんの家である。叔父さん一家は、腕の良い靴職人でわりと裕福な家だった。子供一人増えても嫌な顔をせずに「息子が授からなかったからちょうどいい」と言われる始末であった。


「やーぱり、もどってきたわね」


 その家で、俺を待っていたのは叔父さん夫婦の一人娘のルシュだった。

 真っ赤な髪に、つりあがった瞳。年齢の割には身長が高くて、ガキ大将女版といったところだろう。着ているものも、女の子には珍しいズボンばかり。


「あー、久しぶり」


 エルの記憶によると、ルシュはエルを苛めていたらしい。

 まぁ、年上の第三者が記憶を見ちゃうと苛めるというよりは、弟分として弄り倒されていただけなんだけどね。とりあえず、ルシュとの仲は悪くはないようだった。


「姉さんから聞いたわよ。聖騎士になりたいんでしょう。だったら、僕と夢は同じ、競争しましょうね」


 ルシュは、元気良く言った。


 同い年だから競争も何も同じ年に試験を受けると――と言いたかったが、黙っておく。口喧嘩になっても負けない自信はあったが、十歳ぐらいの女の子に勝っても意味はない。第一、この年代の男が女の口喧嘩に勝っていたら怪しまれるだろう。


 学校に通う手続きも終えて、俺はルシュと共に聖騎士を目指す生活を始めることになった。まぁ、生活を始めることになったといっても聖騎士になるような専門学校があるわけではないから、普通に勉強する子供時代をやり直す羽目になったのだが。


 それでも、王都の学校はエルの記憶にあるところよりずっと楽しかった。

王都の学校は基礎的な学問だけではなく、剣や魔法といったことも教えてくれたからだ。魔法はともかく、剣の扱い方なんて一般教養にはいるのだろうかと俺は思ったのだが、この世界は俺が住んでいる世界よりもずっと物騒だった。


 戦争の火の手は遠くにはなれていたが、旅をするにもモンスターが現れるし、野党が現れることがある。そして、王都の人間は商品の仕入れや旅などで、王都を出る機会が多かった。

 王都を出ないで一生を暮らす人間なんて箱入りのお嬢様ぐらいで、それ以外は何らかの理由で王都の外に出ることが多い。村とは違って、一つの場所で生活を循環させるサイクルが整っていないのだ。


 俺の住んでいた村は小さいながらも畑や家畜を育てており、その村の中だけで全てが完結していた。だが、王都には人が多く住んでいるせいで、畑や家畜を飼うスペースがなくて、どうしても外に仕入れに行く。それが商売になって王都をまわす経済となっているのだが、やはり村に住んでいるときよりも危険が多い。だから、子供にも剣を習わせるのだ。


 ちなみに、村でも一応は学校らしきものはあった。


 だが日々の生活が忙しくて、学校というよりは学校ごっこというべきものだったな。村の学校の授業は午前のみで、午後は家の手伝いや仕事の手伝いが普通だった。王都の学校は、午前から午後まですべてが勉強の時間で、日本の学校のスタイルに近いのはこちらである。


 そして、俺の最初の課題になったのはやはり魔法だった。


 勉強、剣の稽古についてはなんとか着いていけているのだ。大学生の記憶が入ってしまっているので勉強に関しては、正直なところズルしているぐらいに楽勝だ。剣の稽古も村での生活が筋トレの効果を生み出していたようで、俺の身体じゃないみたいに機敏に動いた。


 そのなかで、魔法は大いに足を引っ張った。


 というか、土俵に立てていない。


 魔法の基礎を教えてもらっているのだが、そもそも俺はどんなに学んでも現代魔法を使えないのだ。これでは、聖騎士になれないと俺は焦った。

 だが、俺以外の魔法が使えない聖騎士に憧れる少年たちは誰一人として焦っていなかった。半年ぐらい経って分かったのだが、この世界において魔法の知識は一般常識だが、実施に魔法を扱える人間は少ないのだ。


 日本で言えば理科の授業でH2Oが何なのかは知っているが、実際に化学変化をさせて水を作り出せる人間は少ないみたいな話なのである。

 だから、聖騎士のなかにも魔法が使えない人間は多い。というか、魔法が使える人間の数が少なすぎるのだ。ルシャは炎の魔法に適正があったが、彼女以外に魔法の適正があったのはクラスで五人だけ。ちなみに、四十人にいるクラスでの話しだ。


 それでも、魔法が使えるようになれば聖騎士への道は格段に近くなる。


 俺は、諦めきれずに魔法道具というものを使ってみた。


 だが、これも見込み違いだった。


 魔法道具は、魔力を注ぎ込んで魔法を発生させるものである。すごい、便利そうに見えるかもしれない。


 だが、魔法道具は基本家電製品だったのである。


 ドライヤーを思い出して欲しい。コンセントを繋げると、温風が出るアレ。魔法道具はコンセントから来る電気を魔力に置き換えているだけなので、実際に使って見るとすっごく魔法使いっぽくなかった。


 というか、魔力で家電製品を使っているだけだった。


 たぶん、探せばちゃんと武器になるような魔法道具もあるのだと思う。だが、そういうものは一般流通していなかった。クラス一の金持ちが、腕輪形の魔法道具(腕力が強くなる効果のやつ)を持ってきていたので、俺は武器になりそうな魔法道具が一般に流通していないわけを尋ねて見た。


「国が騎士以外の人間が持つことを禁じているからだよ。これだって、子供の力が大人並みになるだけで武器っていうにはお粗末すぎる魔法道具だ。高くはあるけど、所詮は高価な玩具さ」


 戦うに便利な魔法道具が出回れば、昔で言うような一揆の可能性も出てくるもんな。

 国だって、規制したくもなるか。

 俺は、魔法道具の入手を諦めた。騎士になってから魔法道具を使って攻撃手段を増やすことにしようと思った。つまり、地道な努力に戻ったということである。


 聖騎士の試験は、シンプルだ。


 一対一になって、剣を使って勝ち進めばいい。


「でも、試験に合格するだけじゃダメなんだよな」


 俺たちの目標は、試験合格の向こう側にある。

 だから、試験合格ではなく聖者フリージアを守りきるだけの力を鍛えなければならない。俺は、我武者羅に聖騎士を目指して気がつけばもう十三歳になっていた。村に残した姉夫婦にも子供が生まれたのに、俺は一度も会いに行ってない。


 それぐらいに、必死に俺は聖騎士になるための勉強と訓練に明け暮れていた。


「ねぇ、エルはどうして聖騎士を目指したの?」


 ある日、ルシャは俺にそんなことを尋ねた。


 どう答えるべきかと、俺は迷った。


「私は、結婚したくないから」


 ルシャが、滑らかな声で言う。

 まだ、十三歳の少女の言葉だった。


「お母さんにもお父さんにも言ってないけど、聖騎士になったら女でも食いぱぐれないし、立派な仕事だから街の男たちも馬鹿にしないでしょう。だから、僕は聖騎士を目指したの」


 ルシャの言葉は、就職を前にした女子大学生みたいな言葉だった。

 まだ、十三歳の少女の言葉に驚いていた俺は、つい本音が出た。


「産まれて初めて、他人の夢をすごいって思ったんだ」


 いや、すごいっていっても……すごい馬鹿っていうほうの意味だけど。


「絶対に、叶うはずない夢なんだ。でも、そいつはすごい真剣な顔してて、真剣に努力していて、でも絶対に叶わなくて……」


 この世で、誰一人としてソレが叶うなんて信じていない。

 たぶん、本人だって信じていない。

 だって、そのせいで一度は死んでいる。

 なのに、目指すのだ。


「あそこまで荒唐無稽な夢なら、逆に手伝ってもいいのかなって思えたんだ」


 この世界から戦争をなくす。

 そのためには、まずは大人になる。

 そして、自然な立場でフリージアに合えるようになる。

 あの夜、そう約束したのだ。


「へー。その人も、聖騎士を目指しているんだ」


「……あっ、うん。そんな感じ」


 一瞬、ルシャの言っていることが分からなかった。

 だが、一般的に考えて見れば聖者本人と約束したとは思わないだろう。王都に戻ってきて、この世界のことを勉強して知ったことだがフリージアは想像したよりも複雑な地位にいた。


 まず、俺が住んでいるくにはルフ国だ。


 このルフ国は長年色々なところで戦争をしていて、十年以上前にサハサ国を属国とした。そのときに降伏の証として、政略結婚したのがフリージアの母親である。フリージアの肌の色や髪の色が珍しいのは、そもそもハーフだったからだ。


 本来であればフリージアは王位継承権が低く、使い道のない王子になるはずだった。だが、お告げによって転生を繰る返した聖者であると教会側から認定を受けてしまう。


 こうして、フリージアは王族にして聖者になる。


 さらに俺の両親も亡くなった流行り病によって、王族の数が減少。現在生き残っている王族はフリージアを覗けば、第一王妃から生まれた王子三兄弟と嫁ぎ先がすでに決定している数人の姫だけだ。フリージアは人質として送り込まれた母親から生まれたのに、王位継承権第四位のところにいるのである。


 つまり、端的に言うならば偉い。


 あの時は、事情も知らずに十年で会いに行くといってしまったが……事情を知った今だったら、あと二十年はおまけで追加してもらいたいところだ。


「はー、がんばろ」


 明日も、学校だ。


 ところが、俺の努力もむなしくフリージアとの再会はあっさり叶うことになる。


「エル、久しぶり。あっ、違った三年ぶり」


 そいつは、学校の帰り道にいた。

 明らかに周囲の人間と違う肌や髪を隠すことなく、人目を引いてもまったく気にしていなかった。あまりにも堂々としていたから、子供も大人も徐々にそいつから興味を失っていく。まぁ、普通は思わないもんな。


 聖者で、第四王子が道端でサンドイッチを食べているとは。

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