第4話聖者との約束

とりあえず、少年エルの情報について分析しよう。


 夜になって部屋に引きこもった俺は、ベットのなかでエルの記憶を出来る限り整理していた。

 両親はすでに死亡して、歳の離れた姉の家に厄介になっている。

 趣味は、夢見た内容を日記に書くこと。

 好きなものはシチューで、嫌いなことは魔法の勉強。


 ……うわぁ、ナチュナルに信じられない事実が判明した。


 エルの記憶が正しければ、この世界には魔法がある。エルが教わっていたのは子供用の基礎の基礎だから、単純な机上の勉強しかやっていない。だが、魔法があると判明したおかげで、この世界が地球の過去や未来ではないことが判明した。


 エルは魔力の量は十分なのに、魔法の才能がない珍しいタイプの無能だ。親につれていかれた医者の言葉だと、俺の魔力の質は現代魔法には合わないらしい。

 だから、体に魔力が無駄に溜まるだけで、外部に放出はできない。魔法道具があれば限定的な魔法を使うことも出来るが、普通に生きている分には問題がないと言われたんだっけ。


 この村に住んで半年になるけど、エルに友達はいない。


 両親が死んだことをきっかけに、彼は心理的な引きこもりになったようだ。俺が住んでいた現代と違って、この世界は子供でも働けなければ生きてはいけない厳しい世界だ。

 だから、エルも姉の手伝いや姉の夫である義兄の手伝いをしている。けれども、子供たちの輪にはいっていくようなことはしていない。姉夫婦もまだ親を失ったショックが大きいのだろう、と暖かくエルを見守っているところだ。


「そして……」


 俺は、ベットの下を見た。

 そこには、一般家庭には不似合いな剣が鞘に入れられたまま置かれている。

 普通の剣よりはだいぶ短くて、大振りなナイフと言っても通用しそうな大きさだ。短刀じゃないし、短剣と言うべきなのだろうか。見かけよりだいぶ軽いので、安物なのかもしれない。


 俺の両親は、武器屋だった。


 亡くなったときに他の商品は処分したが、コレだけは親の形見として姉夫婦が残してくれたものである。今の俺には大きすぎてどうしようも出来ないが、俺の個人財産は今のところはコレだけだ。


 こつん、と窓に何かが当たった。


 虫でもぶつかったのだろうかと思って窓を覗き込むと、近所の子供が窓に向って小石を投げていた。フードを深く被った奴で、たぶんエルと同い年ぐらいだ。街灯もなく、月明かりだけではそれぐらいしか分からない。


 ……まさか、エルの友達なのだろうか。


 村に子供は少ないから、ほとんどが顔見知りだ。

 そして、俺が倒れていた理由も子供たちは親から聞いているだろう。いや、事実は伏せられているかもしれないが、エルの雰囲気からしてなんとなく伝わっているはずだ。だから、エルに訪ねてくる友達なんてありえない。


 俺は「そういえば」と思い、一つの事柄を思い出した。


 昨日、俺の村に聖者様が来た。


 この村の人々はサウベリット教という宗教を信仰していて、なんと人間に魔法を教えて金竜を信仰している宗教らしい。そして、聖者というのは伝説によると「何度も転生を繰り返し、人々の救済のために魔力を蓄えた人」らしい。俺はその聖者に、一言「両親を生き返らせて欲しい」と願いに行ったのだ。


 子供心ながらに、直接会えるような人ではないことは知っていたのだろう。


 この村に立ち寄ったのだって、川が増水して渡れなくなったから遠回りすることになったからだって大人たちが言っていた。それでも、エルは聖者に願い事をしにいった。


 そして――聖者に頭突きをかまされたのである。


 いや、エルも悪かったと思うのだ。彼は、聖者を大人だと思っていた。だが、聖者の衣装を着ているのは、自分と同じぐらいの年頃の子供。しかも、花嫁みたいにヴェールを被っていた。


 変なの、と思った。


 俺じゃなくて、エルが。


 しかも、聖者は動かなかった。


 怖いもの知らずの子供は、聖者が動かないことをいいことにヴェールをめくり上げてその顔を見てしまった。


 ――故に、頭突きである。


 大人の判断力が蘇ったから思うのだが、エルは宗教的にかなりヤバイことをしたのではないだろうか。じゃなければ、問答無用で頭突きなんてしないよな。


 外にいる子供は、まだ窓に石を投げ続けている。


 俺は、仕方がなく外に出ることにした。


 姉夫婦を起こさないように、慎重に外に出る。


「ふぅ。おい、誰だかは知らないけど夜中に人の家の窓に小石なんて投げるなよ」


 ガラスが割れたらどうするんだ、と俺は無意識に子供に説教をしていた。

 だが、よく考えたらこれはエルがしそうな対応ではない。

 エルも相手も、同世代の子供だ。

 どう相手にするべきか、俺は悩んだ。すると相手は、足元に転がっていた石というよりは岩を持ち上げだした。なにやってんの、こいつ。


「おい、そんなものを持ち上げるなって」


「君、記憶は蘇ったな……」


 フードを被った子供は呟く。

 そして、岩を振りかぶった瞬間にフードは取れた。

 月の光をはじき返す、銀色の髪。闇にまぎれてしまいそうな、褐色の肌。一目で村人たちとは違うと分かる異国の風貌をした少年の姿が露になった。


「僕の魂を返せ!!バカ!!」


 岩は、俺の足元に落ちた。

 たぶん、相手は俺にぶつけたかったのだろう。だが、腕力がなくて飛距離が出なかったのだ。

 結局、フードの子供がやったことは大声による騒音被害だけ。

 しかも、がんばって叫んでいた割には肺活量が足りなくていまいち大声になりきれていない。……なんという軟弱なモヤシ。


「おまえって、アレだよな。アレ……その」


 俺が遠まわしにモヤシの名前を誤魔化していたのは、別に相手をうろ覚えだったからじゃない。本名を知らなかったというか、指摘したら不味そうな相手だったのだ。だが、言わざるをえないだろう。


「どうして、おまえがこんなところにいるんだよ。聖者」


 人々を救うために何度も転生を繰返している、聖者様。

 ついでにいうと、俺に頭突きを繰り出しやがった聖者様が目の前にいた。


「様をつけろ。あるいは、フリージア様にしろ。他人に聞かれると、面倒だぞ」


 フリージアと名乗った聖者……エルと同い年のガキは、ふぅっと息を吐いた。

 あっ、こいつってばエルよりも身長だけは高い。生意気な奴だ。


「君、記憶は蘇っているんだな」


 フリージアは、俺を睨んだ。


「記憶って……もしかしなくとも、日本のことだよな」


 俺はフリージアに頭突きをされて気を失い、目覚めたら意識が金田純一になっていた。

 どうやら、それはフリージアが故意にやったことらしい。


「最後の記憶、君はどこまで覚えている?」


 フリージアは、俺に尋ねた。


「どこまでって……。あー、自殺した小学生を止めようとしたところか」


 その後の記憶はない。

 即死だったのか、病院に運ばれたのかは分からないが、少なくとも俺はそれがきっかけで死んでいるのだと思う。


「その小学生は、僕だ」


 フリージアは、悪びれなくそういった。

 つまり、俺はこいつを助けようとして死んだわけである。


「僕は魔力を高めるために転生を繰返していたんだが、まさか僕を助けようとするバカが現れるとは思わなかったんだ。それで、おまえは僕の転生に巻き込まれてしまったらしい」


「おい……なんだ、それは!」


 つまり、俺が命がけで小学生のフリージアを助けようとした行為は……。


「完全なる無駄だ」


 きっぱり、とフリージアは言った。

 もう、慈悲もなにもない。


「おまえ、もう一回殺してやるぞ!」


「こっちも予想外のことで困っているんだ!!」


 フリージアは、子供らしくなく米神に青筋をたてていた。

 さっきから子供らしくないことを言っているし、たぶん本当のことを言っているようだ。俺としても、それぐらいの不思議がなければ今の状態に説明がつけられない。


「さっき、俺は転生を繰返しているっていっただろう。伝説どおり、それは魔力を高めるためだ」


 こほん、とフリージアは咳払いをした。


「今から千年以上前に、僕はある願いを叶える為に禁じられた魔法を使った。それによって、僕は転生を繰返していたんだ。日本だけじゃない。様々な世界に生れ落ちたものだ」


 千回以上も、産まれて、生きて、死んでを繰返していたのか。だとしたら、こいつ――すごい暇人だな。怒るだろうから、今は言わないが。


「今回が最後の転生になるはずだったが、色々とトラブルが起きてしまった。まず一つに、何故か僕は予定よりも早く死んでいる」


 フリージアの言葉に、俺は首を傾げる。

 こいつはトラブルと言っているが、俺が見たかぎりでは小学生は自分の意思で飛び降りていた。


「おまえ、完璧な自殺だったぞ」


「そうなのか?」


 フリージアは、目を見開く。

 おい、記憶ないのかよ。

 フリージアは忌々しそうに、顔を歪めた。


「君と魂が混ざり合った弊害だ。後から説明するが、転生の魔法は二十歳前後まで生きてから死ぬことが条件だった。だが、最後の転生時に僕は十歳未満で死んでいる。さらに、君まで巻き込んだ。ここまでアクシデントが重なったせいか――僕とおまえの魂が混ざって、この世界に戻ってきてしまったんだ」


「えっ?」


 俺は、言葉を失った。

 こいつと俺の記憶が混ざっているなんて……そんな自覚はなかった。


「普通なら、魂だけが異世界に行くことはない。だが、僕はその理を破る魔法を使っていた。本来ならば、君は日本がある世界で転生していたはずなんだ。だが、僕の魂がまざったことで、こっちの世界に引っ張られた。ついでに、記憶も一部混ざった。僕が、日本での自殺の一件を覚えていないのはそのせいだ」


 全部が、全部、おまえのせいだろうが。


「それで、前世の記憶がいきなり蘇ったのも」


 なんかもう、疲れてきた。

 だが、聞けなければならない。


「ああ。今まで情報が偏っていたから、記憶が表立って出てこなかったんだろう。強い刺激を与えたら記憶が均されたから、表に出るようになったんだと思う」


 おい、それは本当に人の記憶とか魂の話をしているのか。

 古いテレビの話じゃないよな。


「今まで困ってなかったのに、どうして金田純一の記憶を表に出したんだよ」


 このまま行けば、エルはちょっと不思議な夢を見ているだけの少年だった。

 特に不都合もなかっただろう。


「問題があったんだ。君は、魔力が現代魔法に適合しないって言われただろ」


「確かにいわれたが……」


 親には、それで医者にまで連れて行かれた。

 命に別状はないと言われてからは、特に親も俺も魔法のことは意識せずに生活してきたはずだった。


「それは、僕の魔力を君が半分持っていたせいだ」


 フリージアは、俺の胸を指差す。

 まるで、ここに転生千回分にの魔力があるみたいだった。


「僕の蓄えた魔力の半分を持っていったせいで、君は強大な魔力を手に入れた。だが、それは所詮は僕が使うための魔力だ。現代魔法じゃ、使いこなせない」


「おまえは、魔力を返せといいたいのか?」


 俺は身構える。

 殺して、俺から魔力を奪うのではないかと思ったのだ。


「返して欲しかったが、ダメだった」


「まさか、おい。頭突きは、そのための手段だったとかいうなよ」


 フリージアは、そっぽを向いた。

 どうやら、そうだったらしい。


「俺の記憶うんたらは、完全におまけじゃないか!」


「こっちだって、切羽詰っているんだ!!」


 フリージアは怒鳴る。


「千回だ。望みを叶える為に、千回の転生に耐えた。なのに、受け取れる魔力が半分になっただと……ふざけるなっ!!」


 フリージアは、本気で怒っていた。

 おまえの転生に巻き込まれた俺はどうなる、という言葉を飲み込んでしまうほどに。


「おまえの望みって、なんなんだ」


 俺は、フリージアに尋ねた。

 俺にとっては諸悪の根源ともいえるフリージアは、一瞬だけ戸惑ったようだった。今の今まで自信にあふれていたのに、急にその自信が消えてなくなった。


「……僕は、人の世から戦争を消したい。そう願ったはずなんだ……これも完璧な記憶じゃないけどな」


 その答えは、とても子供じみたものだった。


「そのためだけに、千回も転生してたのか?」


「そうだ」


 笑え、とフリージアは言った。

 信じているのだ、と感じた。

 この少年は、本当に人類史から戦争という言葉を取り除くことが出来ると信じているのだと。俺は、ふと自殺した小学生が抱いていた本のことを思い出した。


 あの本の書き出しは『人類の歴史には始まりから最初まで、戦争がつきまとうであろう』だった。もしかしたら、前世のフリージアはあの書き出しをみて、絶望したのかもしれない。


 千回も生きて、死んだを繰返してきたのに――人間は戦争から逃げることが出来ないのだと思ったのかもしれない。だからこそ、自分の役割を放棄するために条件を満たさずに自殺した。しかし、彼は再び転生したのだ。


 絶望した記憶を忘れて。


「日本で、君を巻き込んで転生してしまったことは謝る。だが、一緒に僕の夢を信じて欲しい。僕は、この世界から戦争を取り除くために千回の転生に耐えたんだ。だから、一緒に行動してくれ。おまえが一緒にいないと、僕は当初予定していた魔法が使えない」


「……プランはあるのか?」


 俺の言葉に、フリージアは目を点にした。


「プランって」


「この世界の魔法は、奇跡を起こせるようなものじゃないだろ。政治的に、どういうふうに動くかを考えないと世界平和なんて出来ないぞ」


 俺の言葉に、フリージアは震えていた。

 彼は、何かをこらえるように小刻みに震えていた。


「ふぐ……えぐ……うっ」


 それは、涙だった。


「おい、なんで泣くんだ」


「だって、……だれにも協力なんて頼めなくて、今も……ぜんぜん上手く頼めなくて……それでも協力してくれるっていったぁ」


 フリージアの涙に、俺は息を呑む。

 こいつ、夢のためにずっと一人だったのだ。自分の元いた世界から戦争をなくすために転生を繰返しています、だなんて馬鹿げたことを他人に言えるはずがない。


 フリージアは、ずっと孤独に耐えてきた。

 そして、ずっと若くして死ぬという苦痛に耐えてきた。

 おまえ、実はすごい奴なんだな。


「ほら、泣き止め。どんなプランがあるにせよ。今は、俺たちはちゃんと大人にならないとな。おまえは聖者でも、俺はただの村人だ。とりあえず、十年でおまえの側にいて不自然にならない地位を目指す。世界平和は、その後に考える」


 無理かもしれない、とはそのときは考えなかった。


 後から考えれば、俺は生まれてはじめて「すべてを捨てても惜しくない状況」に立たされていたわけである。だって、何も持っていなかった。

 日本で培ってきた学歴も友情も家族も、全部捨てて自分一人しかいない世界で、フリージアの馬鹿みたいな話を聞いた。この時でなければ、俺は絶対にフリージアに協力なんてしなかった。


「僕も……残った魔力で、もっと何かできないかを探す。だから――」


 フリージアは、俺に小指を伸ばした。


 指きり、だ。


 こちらの世界ではない、風習。

 元はと言えば、日本の郭から生まれたという硬い約束事を交わすときの方法だ。こちらの世界には、なくて当然である。


「十年後に」


「ああ、十年後に」


 冗談みたいな話かもしれない。

 日本で就職活動をしていたのに、異世界で生まれ変わって、しかもその原因となった人物と十年後に合う約束をした。でもって、最終目標が世界平和だ。


「まぁ、就職活動より難しいって考えれば気楽かな」


 俺は、フリージアと分かれた後にそう呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る