転生龍馬の生存戦争 ~暗殺を回避した坂本龍馬は、『巨大通販会社』を設立して、新政府に立ち向かうことにした~

友理 潤

龍馬、逃げる!

プロローグ 幕末へ転生したらいきなり逆境

 俺の名は近藤太一こんどうたいち

 冴えない大学生だ。

 単位もギリギリで、バイト中心の毎日。

 サークルや部活にも入らずに、友達も作らないでぼっち生活を謳歌している。


 そんな俺にとって最高に幸せな時がある。

 それが読書。しかもジャンルはただ一つ。歴史だ。


「何か面白そうな本ないかな」


 本棚にぎっちり並べられた本を全部読み尽くしていた俺は、なけなしのバイト代を趣味の本に費やす為に、パソコンのスイッチを入れた。


 そしていつものwebサイトを開く。それは世界一の巨大通販サイト『サハラ』だ。

 俺が好きな本はもちろんの事、日用品からマニアックな嗜好品まで何でも揃う通称『砂漠』は、まさに無数の砂の粒ほどに様々な商品が画面上に並んでいるのだ。


「よしっ! 今日はこれにしよう!」


 小一時間の間、じっくりとパソコンと向き合った末に選んだ本は俺の大好きな『坂本龍馬』の生涯について書かれたもの。


 彼は言うまでもなく幕末の英雄の一人である。

 『海援隊』という貿易会社を作ったり、薩長同盟や大政奉還の成立に尽力するなど、彼は明治政府設立に大きな影響を与えた。

 しかし残念な事に彼は夢半ばで何者かによって暗殺されてしまう。

 場所は『近江屋』という屋敷だったらしい。

 1867年12月10日、旧暦では慶応三年一一月一五日の事だった。享年はわずか三一歳。

 この時、彼と共にいた中岡慎太郎も二九歳の若さで命を落とした。


「さぞかし無念だっただろな」


 ちなみに彼を暗殺した犯人は現在も謎のままだ。

 当時彼は新撰組をはじめとする『幕府側』からも、そしてそれに対抗する『倒幕派』からも命を狙われていたというから、本当に敵が多い人だったんだなと思う。

 一方で人たらしとも言われる程に多くの友人や恋仲となった女性たちもいたらしい。

 人気者というのは敵も味方も多いという事か。

 ぼっちの俺には彼の置かれた立場が全く理解出来ない。

 しかしそれがかえって彼に対する憧れを強くする要因なのかもしれない。

 

「やっぱり龍馬はかっこいいよなぁ」


 俺はそんな風に坂本龍馬に想いを馳せながら「ポチッ!」と『購入』のボタンをクリックした。

 たったこれだけで明日の午前中には自宅まで届けてくれるのだから、世の中本当に便利だと感心する。


「さてと……」


 一仕事終えた俺は、椅子から離れるとベッドにうつ伏せになった。


「じゃあ、今日は寝るか」


 まだ昼間である。

 しかし深夜アニメをライブで見るには、今寝ておかねば体力が持たない。

 もはや習慣となった昼寝をしようと、目をつむった。


 ……と、その時だった。


――ピンポーン! ピンポーン! ピンポーン!


 と何度もチャイムを鳴らす、鬱陶しい音が俺の耳に突き刺さったのである。


「うるさいな! また麻里子か!?」


 麻里子とは俺の幼馴染、八木麻里子の事だ。

 俺と違ってハイレベルな国立大学に進学した彼女は、学業優秀、容姿端麗な上に誰からも好かれる明るい性格と、俺なんかと比べると月とスッポンの完璧超人なのだ。

 そんな彼女がなぜかほぼ毎日俺が学校へちゃんと通っているかチェックしにくる。


――たっちゃん! しっかり勉強しなきゃダメでしょ!


 が、最近の彼女の口癖だ。

 しかし今日はもう寝ると決めたのだ。

 どんなに彼女が鬼のような形相でやって来ようとも、俺は追い返すと心に決めて玄関へと向かったのだった。


――ガチャッ!

「おい、麻里子! 今日は……」


 俺は先制攻撃とばかりに小言をつけながら扉を開けた。

 しかし目の前に現れたのは……


 フードを目深に被った美少女だった。


 こちらをじっと見つめる顔は俺の記憶にはない。

 大きくてくりっとした瞳に小さな鼻と口。

 歳は一〇歳そこそこだろう。

 しかし残念な事に、その手の趣味はない。

 そこで至って冷静に、


「お家間違えちゃったのかな?」


 と、努めて優しく少女に話しけた。

 しかし美少女はブルブルっと首を横に振った。

 この様子からしてどうやら俺の家を目掛けてやって来た事は確かなようだ。


「ふむ……じゃあ父さんか母さんの知り合いかな?」


 すると彼女は突然小刻みに震えだすと、いきなり……。

――ウワァァァァン!

 と大泣きを始めたのだ。

 こんな所で小さな女の子に泣かれた男子大学生の姿を見られたら、変質者扱いされてしまう。

 俺は素早く彼女の背後に回り込むと、必死になって

「ちょ、ちょっと待て! とにかく中へ入れ!」

 と、彼女の背中を押して家の中へと入れたのだった。

 

◇◇

 

 さて……。

 今傍目から見れば俺は非常に『危ない』状況にあるのは確かな事だ。

 なぜなら見ず知らずの美少女を、自分の部屋に引き入れて二人きりなのだから……。

 そして泣きやんだ彼女は、何の警戒もせずに、美味しそうにリンゴジュースを一生懸命飲んでいる。

 

「うんめえな! こんなうめえのが世の中にはあるんだな!」


 頬を赤く染めながら、すごく喜んでいる彼女。

 リンゴジュースなんて日本中どこにでも売っているじゃないか。

 なんて大げさなんだ。

 不思議に思った俺は眉をひそめながら問いかけた。

 

「ところで名前を聞かせてくれるか?」

「名前?」

「うん、名前。ちなみに俺は近藤太一って名だ」

「うーん……ない……」

「名前がない? どういう事だ?」


 しゅんとなってうつむいている彼女。

 名前がないってなんだよ……記憶喪失か何かなのか?

 なんだかすごく面倒なことに巻き込まれる予感がひしひしとしてきた。

 こうなれば早く彼女を自分の家に帰すのが一番だ。

 

「だったらパパとママはどこにいるのかな?」

「いない」

「いない?」


 うん、間違いない。これは絶対に関わってはいけない人だ。

 俺の『危険察知アンテナ』がビンビンと音を立てて反応していた。

 

「よし、じゃあ交番行こうか! きっとお巡りさんが君をおうちに帰してくれるさ!」


 そう朗らかに宣言した俺は彼女の手を引いて部屋の外へ出ようとした。

 しかし彼女は頑として動こうとしない。

 そして彼女はついに涙まじりに叫んだのだった。

 

 

「私はこの世に生まれてこなかったの!! だから名前がないの!」



 あまりにインパクトの大きい言葉に、思考回路は完全にショートした。

 

 しばらく目が点となって、少女を見つめる。

 少女もまた俺の事をじっと見つめ返していた。

 

 そして……。

 

 思考回路が復旧した瞬間に、

――ゾワゾワゾワッ!

 と、全身に鳥肌が立ってきた


 おい! おい! おい! おい!

 

 いきなりホラーな展開とか、ありえないだろ!

 地元のボロイ遊園地のお化け屋敷ですら入れない俺。

 目の前に本物の幽霊がいて「ビビるな! 男だろ!」と言われる方が酷というものだ。

 

 そして顔面蒼白で言葉を失った俺に対して、彼女はさらに驚愕の事実を告げたのだった――

 

 

「私のパパは坂本龍馬! パパは私が生まれる前に死んじゃったから、私は生まれてこなかったの!!」

「そ……そんな馬鹿な……」


 坂本龍馬が彼女の父親だって?

 史実によれば龍馬には子供がいなかったはずだ。

 もし彼女が言っている事が本当ならば、龍馬に隠し子がいたってことか!?

 

 しかし俺の疑問に彼女は答える気はないようだ。

 


「だからお願い!! あなたがパパになって!!」

「ちょっと待て! 言っている意味が全く分からないぞ! もっと分かるように……」


 俺がそう言いかけた瞬間だった。

 いきなり目の前の空間が歪んだかと思うと、徐々に視界が狭くなってきたのだ。

 やばい! これは完全に俺の知らない世界に引き込まれていくに違いない!

 

 だがもはや抵抗のしようがなかった。

 

 薄れていく意識の中、彼女の声が遠く響いてきた。

 

 

「あなたが坂本龍馬になって! 私が生まれてくるその日まで、頑張って生き延びて! お願い!!」



 と――

 

 

◇◇


――おおぅい! おおぅい! 坂本ー!!


 遠くで呼んでいる声がする。

 しかし俺は『坂本』という名字ではない。

 むしろ坂本龍馬の命をつけ狙っていた新撰組のリーダー『近藤勇』と同じ『近藤』だ。

 そんなどうでもいい思いに耽っていたその時だった。

 

――ドンッ! ドンッ! ドンッ!


 という木の扉を叩く大きな音に、はっと目を覚ましたのである。

 

「ここは……? うっ! くさい!!」


 どうやら便所のようだ。

 俺は思わず自分の鼻をつまんだ。

 しかしその時、いつもの鼻よりも少しばかり高い事に気付いた。

 そしてふと見れば服装も羽織りに袴。腰がずしりと重いと思ったら、刀をぶら下げているではないか。

 さらになにやら冷たい感触が腹のあたりにするので、手を入れてみると……

 

「のわっ! ピストル!?」


 なんと小さな銃が懐に隠すように収まっていたのである。

 しかしその声にすぐ外にいた人物が反応した。

 

「どうした!? 坂本! 今、何か叫んだじゃろが!?」


 どうやらその大きな声の持ち主は青年のようだが、もちろん耳にした事がない声だ。

 一体俺は何者で、そして外にいるのは誰なのだろうか……

 

 そんな風に考え込んでいる間に事態は悪い方へと動いていった。


「扉を壊して、中へ入るぞ!」


 なんと外にいる青年がこっちへ入ってくると言うではないか!

 どうやら俺がここで何か異常に見舞われたと思ったのだろう。

 いや、実際に異常に見舞われている訳だが……。

 しかし今入られては大いに困る。

 

 なぜなら俺は……。

 

 尻をぷりっと丸出しなのだから――

 

「いかんちや! なんちゃじゃない! ちくと『苦戦』しちゃるき!」


 とっさに出てきた言葉はまるで俺自身のものとは思えないイントネーション。

 そして声も俺のものとまるで違う。

 低い割にはどこまでも響いていきそうな透き通った声だ。

 

「こ、これは失礼。しかしあまりにも長いもんで、どうしちゅうもんかと……」

「はははっ! 慎太郎はげにまっこと心配性じゃ!」

 

 一体俺に何が起こっているんだ!?

 勝手に口が動いたかと思えば、『慎太郎』なる人物の名前を発したではないか……。

 

 まるで見当もつかないが、取り急ぎしなくてはならないことを思い出した。

 

 丸出しの尻をしまおう。

 

 俺は袴をぐいっと持ち上げて帯紐を結び直す。

 すると頭の中に直接声が響いてきたのであった。

 

――おまさんが新しい龍馬かえ?


 俺はきょろきょろと回りを見回す。

 しかし誰もいるはずがない。

 すると今度は大笑いする声が響いてきた。

 

――はははっ! ほんだら後のことは頼んだぜよ!


「頼むって……ちょっと待ってくれ!!」


 俺は思わず口にして声をあげたが、既に頭の中の声はこれっきり響かなくなってしまった。

 

――ドンッ! ドンッ!

「坂本!? 一体どうした!?」


 もう一度、『慎太郎』なる人物が俺に呼びかけてくる。

 

 もはや考えている暇も余裕もないことだけはよく分かった。

 そして、謎のフードの少女に、今までの『慎太郎』との会話、さらに俺の服装からして、もう疑いようはないはずなのだ。

 

 

 俺が坂本龍馬である、ということに――

 

 

――ガンッ!!


 俺は大きな音を立てて便所を出た。

 爽やかな空気が肺を満たすと、自然と頭がすっきりしてくる。

 

 そして俺は……。

 

 開き直ることにした。

 

 

「慎太郎……お前は中岡慎太郎だな?」



 俺の問いに目の前の青年がきょとんとした顔になる。

 俺は念を押すように語調を強めた。

 

「俺は坂本龍馬で、お前は中岡慎太郎だな!?」

「あ、ああ……その通りじゃが、そのしゃべり方といい、一体どうしたのじゃ!?」

「その問いに答えるつもりはない!」


 なぜなら俺も全く分からないのだから、とは言わなかった。

 そしてもう一つ聞くべきことがある。

 

「なあ、中岡さん。今年は何年だい?」

「はあ? ほんにどうしたのじゃ? 今は慶応三年じゃろが」

「じゃあ、日付は?」

「だからそれが何なのだ!?」

「いいから答えてくれ!」

「ったく……一一月一五日じゃろが……いいから早く部屋に戻るぜよ。寒くてかなわん」


 ちょっと待て……。

 

 慶応三年一一月一五日だと……。

 

 その日と言えば……。

 

 そして俺は目の前の建物の看板を見て唖然とした。

 

 

「近江屋……」

 

 

 時が慶応三年一一月一五日で、場所が近江屋……。

 さらに中岡慎太郎と共にいる……。

 

 

 坂本龍馬が暗殺された日と場所じゃねえか……!

 

 

「……ったくよぉ。シャモ鍋だっつうから楽しみにしとったのに。肝心のシャモを買い忘れるとは、近江屋の主人もおっちょこちょいじゃのう」



 すたすたと入り口に向かって歩いていく中岡慎太郎。

 しかし俺はぴたりと足を止めたまま、動けなくなってしまった。

 

「どうした? 坂本。今日のおまさんは変じゃか?」


 振り返って訝しげに俺の顔を覗き込んでくる慎太郎に対し、俺はぼそりと呟いた。

 

「……逃げるしかねえ」


「はぁ!? 何を言っちょる?」


 慎太郎が一歩、また一歩と近付いてくると、俺は彼の肩をがっちりと掴んで言い放った。

 

 

「逃げるぜよ! 慎太郎!!」



 そしてクルリと振り返ると一目散に駆け出した。

 

「おいっ! 待て! 坂本ぉぉぉぉ!!」

「待てるはずないだろぉぉぉぉぉ!!」



 追いかけてくる慎太郎の気配を感じながら、俺は右も左も分からない街中を全力疾走で駆け抜けていったのだった――

 

 

 こうして逆境からはじまる俺、坂本龍馬の転生ライフは幕を上げた。

 この後、俺の人生にとんでもない山や谷が待ち受けていようとは思いもよらなかった。

 それよりも今の俺には大事なことがあったのだ。

 それは……。

 

 

「死ぬのは嫌じゃぁぁぁぁぁ!!」



 というものだった。


 

 

 

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