5:69「我が子信じて」

 恵月がグレィと思われるドラゴンに連れ去られ、オレたちはすぐにその後を追って行った。

 そうしてようやく追いついたと思ったら……。


「ウソだろ……おい」

「お嬢様……っ!」

「エルナさんが……喰われた……」

「エルちゃあああああああああああん!!!」

「お!? おいロディ!?」


 居てもたってもいられなくなったロディが、まっすぐドラゴンに向かって降下していく。

 頭上に掲げられた手には魔力の光が宿っており、恵月を助け出すために一撃与えてやるつもりなのだろう。

 オレはそんな妻の姿を見て、半ば焦りながら後を追った。

 以前、コロセウムであった事とデジャブったんだと思う。

 あの時も、恵月が消えてしまったと勘違いしたロディは、その場で魔力がすっからかんになるまで魔法を撃ちまくり、倒れてしまった。

 同じことになる前に止めなければと、体が反応しちまったんだろう。

 しかし一歩間に合わず、ロディは魔力のこもった両手をハンマーのように振り下ろし、ドラゴンの脳天に直撃させる。

 その際に生じた隙を見て、オレは彼女の背後から両脇に腕を通し、動きを封じる。そうした後、ドラゴンから距離を取って着地した。


「放して!!! エルちゃんを助けないと」

「落ち着けロディ! よく見ろって、こいつはグレィだ!」

「わかってるわよ!! でもこのままじゃエルちゃんが死んじゃうでしょ!!!」

「お前はそう言ってグレィを殺すつもりか!?」

「そうは言ってない!」

「同じだって言ってんだ!!」

「あなたはエルちゃんが死んじゃってもいいって言うの!?」

「そんなわけねぇだろ!!!」


「二人ともじゃ。気持ちはわからんでもないが落ち着かんか」


 オレよりも少し遅れて降りてきた皆のうち、エィネがオレたちの話に割って入ってくる。

 彼女に落ち着けと言われて、オレ自身もちょっと強く言い過ぎたことに気が付いた。


「エィネ……」

「えいちゃん! エルちゃんが!」

「エルナが食われた。それはこの場にいる全員が見た光景じゃ。親であるおんしらが正気を保てなくなるのは道理。当然の結果といえよう。じゃがだからこそ、だからこそ今は一度落ち着くんじゃ。あやつの体をよく見てみい」

「…………」


 オレはエィネの言うとおりに、ロディも渋々ながら、ぐったりと体を倒しているグレィを見る。

 漆黒のうろこはズタボロになるほど傷ついており、所々剥がれて血が出ている場所もある。

 額から延びる二本の角も、片方は半ばで折れてしまっている。さらに先ほど加えられたロディの一撃。あれで気を失ってしまったのか、すでに意識が無いようだった。

 ロディは魔法使いにしては力が強い方ではあるが、前衛クラスの人間には遠く及ばない。たとえ魔力によって強化されていたとしても、ドラゴンにそこまでのダメージが与えられるとは考えにくい。

 つまりその程度の一撃で気を失ってしまうほどに、グレィは弱っているということを意味していた。


「先の飛行は本当に最後の力を振り絞ったんじゃろう。もうほとんど動けんほど弱っておる。このまま放っておいても、いずれは死に至るじゃろうな。もっとも、先に飲まれたエルナが消化されてしまうかもしれんが」

「じゃあなおさら早くエルちゃんを!」

「だから落ち着けと言うておる。こやつの腹に穴でも空ける気か? 助けるために来たんじゃろうて。……食われる寸前のエルナの顔、おんしらには見えたか」


 恵月を助けることでいっぱいいっぱいのロディを説得しようと、エィネはほかの皆にも問いかける。

 ロディは言わずもがなだが、それなりの高さからだったしオレもそこまでよくは見えなかった。

 のーのちゃんも横に首を振り、ファルは小さく「ごめんなさい」とつぶやく。

 クラウディア卿に至っては、恵月が食われたことにショックを受けすぎてしまったのか、ただ茫然と立っているだけだった。

 アリュシナは宣言通り、移動は手伝ってくれるが他はだんまり。ちっと薄情だと思っちまうが、顔色はよくなさそうだ。彼女にも思うところはがあるんだろう。

 残るはアリィとミァだが……。


「私は見えました」

「私も。お嬢様のご尊顔を、忘れようはずもありません。とても驚いておいででした……ですが」

「はい。心なしか穏やかだったように思いました。エルナちゃんが余裕がないときは、とても分かりやすい顔を見せてくれますからね……何か策があったんだと思います」

「うむ。そういうことじゃ」


 言いたいことを言ってくれたと、二人に微笑みながら頷くエィネ。

 策と言うと、グレィの精神に語り掛けるための何かがあるということだろうか。


「もしかして……エルちゃん、わたしのときみたいに……」

「【視魂しこんの術】か」


 口を開いたのはロディと、意外なことにアリュシナだった。

 ということは、賢者の試練と何か関係があるってことだろうか。急いでいたが故、オレはその辺りはあまり詳しく聞いていない。

 しかしアリュシナはそれ以上何かを言うことはなかった。代わりに、彼女の言葉で察したらしいエィネが、簡単にその内容を口にした。


「なるほど。やつの体の中からその術を使い、直接竜王の魂を救いに行ったと……強引じゃのう」


 アリュシナとエィネの言葉を聞いて、ロディも少しは冷静さを取り戻しているようだった。クラウディア卿にはそれすらも耳に届いていないようだが、これはもう致し方ない。

 オレもまだ何とかなる可能性が生まれたと思い、ため息がこぼれそうになった。しかしそこに水を差すかの如く、現状を把握しているであろうエィネがオレに選択を仰ぐ。


「してキョウスケよ。どうするかの」

「何?」

「エルナが使つこうた術、肉体はそのままやつの胃の中じゃ。対策を講じておるかもしれんが、いずれにせよ時間の問題じゃろう。最悪の場合も想定するべきじゃとわしは思うが」

「……そう、なのか」


 明るくなったと思った雰囲気が、この言葉でまた少し暗くなったような気がした。

 オレはオレで、一応総指揮官であるクラウディア卿を差し置いて選択を迫られたことに、少しばかり驚いていた。

 でもまあ、クラウディア卿は心此処にあらずといった容体だし、立場的にもオレがやるしかない……のか。

 自分を納得させて、オレは答えを急ぐ。


 グレィに背を向け、あらためて皆の前に立った。

 こうしていると、二十年前を思い出すような気がした。

 闇の王サタンとの決戦前夜。仲間を、そして自身を鼓舞しようと、オレはあの日も皆に言葉を贈った。

 だがあの戦いで、オレは仲間を失った。

 オレの選択が、アルカを殺した。

 今度は、オレの選択が我が子を殺すかもしれない。

 でも、恵月を救えても、恵月の愛する人が救えなければ意味がない。

 正確には、グレィ自身は生き返るかもしれない。でもその時また暴走した状態……もしくは人格が壊れてしまっていたとしたら?

 グレィは既に二度死んだ。手遅れになってしまう可能性は十分にある。

 グレィを亡くして、恵月があの頃の……アルカを失った直後のオレのようになってしまうのは、何よりも嫌だ。


 実質一つしか選ぶ道はなかった。

 二人とも助ける。それ以外の道がないのなら、オレたちができることは一つだ。

 自分の子供だろう。

 親であるオレが、一番信じてやらないでどうするか!


「皆に聞いてほしい。オレはグレィが行っちまった後、みんなで家に帰るって約束した。勿論そこにはグレィも入ってる。瀕死のグレィと、それに飲み込まれた恵月。このままじゃ、放っといてもどっちも死んじまうかもしれねえ……でもオレは、どっちかしか救えないのは絶対に嫌なんだ。だから、その……子供の命を天秤にかけるなんて、無責任でバカみてえな話だとは思うんだけどよ……!

 ここで、一緒に恵月を応援してくれねえか。……あいつが、グレィの中で上手くやってくれるって信じて欲しいんだ!」


 この時のオレを見る皆の目は、どうしようもなく優しくて、これ以上なく暖かかった。

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