5:65「忿怒の災炎」
三回目になる杖の精製を済ませ、即座に【
「おそいっす ねえ!」
「速――ッ!」
瞬きする間もない程の一瞬で、十メートルほど先に居たはずの少年が俺の直ぐ目の前に姿を現した。
直後、反応する間もなく繰り出された右ストレートが俺の腹部を直撃し、体が後方へ二メートルほど飛ばされ倒れ込む。
「かはっ!
「お? おいの一撃を防いだっす?」
俺が痛みを感じながらもすぐさま起き上がったことに対し、少年が少しばかり驚いたような反応を示す。
全く、危ないどころの騒ぎじゃない。
新装備の物理ダメージ軽減効果が無ければ、今の一撃で間違いなく意識が飛んでいた。
ざっと体感だが、試着の時に喰らったパンチの1.5倍くらいだろうか。
あの速さにこの威力。
焼きつくすと言ったはいいが、俺の実力では上級魔法の詠唱には術式をフルで詠唱する必要がある。
いずれにせよ、あの速さでは正直言って当てられる自信がない。
さて、どうしたものか。
「いやー、これは予想外っす……エルナさん、実はムキムキマッチョのゴリラっすか?」
んだとクソガキ。
そんな反応をしそうになったところをぐっとこらえ、俺は
頭に血が上りすぎていては、またどうしようもない失敗を招きかねない。
怒りつつも、冷静に。こいつを燃やし尽くす方法を考えなければ。
「ムシは辛いっすねー。何にも動じないってカンジがムンムン伝わってきまっす」
少年がそこまで口にしたところで、再び目の前から姿を消す。
「――殺しまっすよ?」
「!! 炎弾!」
「ぅおっと」
やはり速すぎる。
背後を取られ、耳元で囁いてくる少年声に背筋が凍りそうになった。
ほぼ反射的に放った【
そこは先ほど、ダイヤモンドの結晶柱が貫いた場所だった。
「ァぐあッ――ッ!」
「おーおー痛いっすか。もっと痛がるといいっす」
「ぐっあ……ああああああ」
まだ塞がりきっていない傷口に指を引っ掛け、ぐりぐりと中をえぐろうとしてくる。
振り払おうにも右腕は動かそうとするだけで激痛が走り、左手でも抵抗させないとばかりに少年の小さな手が襲い掛かる。
左手首を掴まれ、徐々に握りしめる力が強くなっていく。
身体の左右から容赦なく襲い掛かってくる痛みが、全身から力を奪い去っていくようだった。
「あああああっ! ああああがあっ……!」
「いいっす、いいっすよ! ゾクゾクするっす! もっと近くでその悲鳴を聞きたいっすねー……!」
「ッッ――――! がああ!!!」
「ぶへっ!?」
変態!!!
身体の反応としてはそんな感じだった。
悲鳴を聞きたいと顔を耳元まで出してきたところに頭突きを食らわせてやったのである。もっとも、俺の力ではそれほどのダメージにはならないだろうが……。
だがしかし、それでも油断していた少年にはそれなりの効果があった。
頭突きを喰らった拍子に手の力が緩み、その隙をついて俺は少年の前から脱出した。
少し距離を取り、改めて向かいあう。
「いってぇっすねぇー……そのまま喘いでればいいものを!」
反応はしない。
口数を増やせば、その分マウントを取られるだけだ。
それに一つ気になることができた。
少年は今「痛い」と言った。
もちろんそれ自体は不思議な事じゃないし、いくら力が弱いからと言っても、全く痛くないってことは無いだろう。
だが今の痛いがそれ相応以上の効果があった事は見てわかった。
少年の両手、そして頭突きが当たった左頭部から煙のようなものが微かに上がっているのだ。
『俺の体に直接触れた部分のみ』から煙が上がっている。
思い当たる節はひとつしかなかった。
凍えないようにと、ずっと体表面に張り続けている炎属性の魔力の膜。
これに触れていた部分が蒸発している。そうとしか思えなかった。
目に見えぬほどの速さを得た代償に、折角得た熱耐性まで捨ててしまったらしい。
「あーもう痛い痛い痛いっす! なんっすかこれ!」
煙が上がっていることと痛む場所が同じことに気が付いたのか、俺に向けて少年がそういった。
つまりは痛みの正体には気が付いていないということだ。
知能が上がったとはいえ、俺が考えているほどではなかったのか?
となれば、試してみる価値はあるかもしれない。
俺はもう一度少年が向かってくることに懸け、膜に割く魔力をぐっと引き上げた。
「怪しげなことをされるのも面倒っすね……いいっす! もうおわらせるっす!」
どうやら懸けには勝ったらしい。
三度姿を消した少年は、また一瞬のうちに俺の懐に現れた。
背後を取ろうとしなかったのはよほど一撃で仕留める自信があったのか。
だがわざわざ目の前に来てくれるなら話しが早い。
さあ来い!
自慢の力で殴ってきやが――
ぐさっ。
「い――ッ!!!」
鋭い痛みと、熱を感じた。
刃物で刺されたような……だがそれとは似て非なる痛み。
繰り出された少年の腕は六角棒のような形に変形していた。
手に向かうにつれて細くなっていることから、おそらく指先が鋭利にとがっていたのだろう。
それで俺の腹を貫いたわけだ。
しかし不幸中の幸いか、背中まで貫通はしていない。
感触からして、魔力の膜によって先の方はもう蒸発してなくなっているのだろう。
おかげさまで貫通するには至らなかったのだ。
ああ、おかげさまで……。
「……俺の、勝ちだ」
「!!」
痛みに耐えながら、俺は少年の肩を掴みにかかった。
だがこれだけでは簡単に逃げられてしまうので、そのまま全身を使って少年を押し倒し、馬乗りの状態になることによって足を封じる。
うかつに俺に触ることができない以上、これで脱出することは困難になったはずだ。
「うがアァっ!? 熱い! 熱い!! やめるっす! 消える! 消えちまうっす!!!」
「っるせえよ……がふっ」
俺の口から飛んだ血反吐が少年の頬を濡らし、さらにその熱で頬から煙が沸き立つ。
この分じゃあ、早めに済ませて回復させてもらわないと、俺の意識が持ちそうにない。
右手に握る杖をくるりと坂手持ちに変えると、先端部分を少年の顔面に向けて詠唱を開始した。
「災火の如き炎霊よ 我に仕えよ」
「やっ! やだ! 消えたくないっす!!」
「応えよ」
「そ、そうっす! 主に話を聞いてもらって、エルナさんをお通しするっす! だから!」
「っ!」
こいつ、今なんて言った?
主……グレィに会わせてくれるって?
笑わせるなよ。
命乞いをするだけならまだしも、そのダシにグレィを使うな。
そこには敬意のかけらもない。
ただ自分のためだけの、自分の命が惜しいがための言葉を耳にして、俺の怒りは今再び頂点に達した。
「恵みの導べ
怒りをすべて魔力に変えて。
【
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