5:60「不自然災害」

「あーでも、四つ全部かはまだわかりませんか。少なくとも、私たちがいた空間と、ラッ君がいた空間は繋がってしまっているのでしょう。ここに居る私たちが証拠です」

「…………」

「ラッ君?」

「もう何が何だか……」

「らっくん、こらんちゅう?」


 ああそうだとも、大混乱中だ。

 いつもならばこんなことにはならないのだが、心的余裕がないが故か、頭の整理が全然追い付いていかない。

 一から、一から整理しなおすんだ。


「大丈夫です? 説明しなおしましょうか」

「……いや、大丈夫だ。続けてくれたまえ」


 どうにかこうにか心を静め、乱れた頭の中をまとめながら、必死になってアーちゃんの言葉を理解する。

 作戦開始から今まで――アーちゃんとのーのちゃんが入った炎の空間の事。

 ボクらも気が付かなかったが、幻獣と戦っている最中に地震のような揺れがあり、その時に異空間同士が合併したであろうこと。

 幻獣を倒したときに出てくると言う、この空間から脱出するためのカギとなる宝石の事。

 その宝石が、火グマを倒し切っても出てこなかったこと。

 そして、今のドラゴンからも出てこなかったこと。


 それらすべてを鑑みて、異空間から脱出するためには、今この空間にいる幻獣すべてを倒さなければいけないのではないかということ。


「――と、いう訳なのですが」

「ああ、ありがとう。理解できたよ。あとは英雄殿ご夫妻と、エルナさんたち次第ということかい」

「おそらくはですが、そうなりますね」


 肯定し、頷くアーちゃんを見て、ボクはホッとする。

 しかし同時に、ドッソを早く助けたいというのに、それが自分ではどうにもならないということへ、無力感と焦りを覚えずにもいられなかった。

 アーちゃんが使える支援魔法を用いて、今は状態の悪化を遅らせてはいるものの、それもいつまでもつか……。


 生憎、今ここにいる人間は一人も回復魔法が使えない。

 希少な才能がいるものであるが故、仕方がないといえば仕方がないのだが……我々は戦闘終了後、外で待機しているアリュシナ殿に処置を施してもらう手筈となっていたのだ。無理を言って承諾してもらったというのに。


「クソ。何もできないのが本当にもどかしいな」

「じゃあ行ってみますか? イチかバチかですけど」

「……なんだって?」

「私たちがここまで来る時の事なんですが、あったはずの火山が丸々なくなっていたんです。線で区切ったかのように急に荒野に繋がってたんですよ。きっと空間を繋げたとは言っても、空間同士が丸ごとつながったという訳じゃなく、一部が切り抜かれた形――すなわち、一エリア辺りの面積は小さくなっているのだと思います。どのくらいの大きさかは分かりませんけど、探すことはできるかもしれませんよ」


 次のエリアがどこにあるかはわからないが、それを探し出せればあるいは、ということだろうか。


 もしかしたら役に立てるかもしれない。

 そんな願望か、はたまた焦りからか、アーちゃんの提案には心が揺れた。

 だがそこまで考えてから、真剣に事に及ぼうと頭を動かそうとしたところで、隣で横たわっているドッソのことが引っかかった。

 彼を置いていくことはできない。それにスーレンの杖のことだってある。今のボクらが駆けつけたとして、一体何ができるのだろう。


「いや、やめておくよ。ドッソを見捨てるわけにもいかない。それに、行っても足手まといにしかならなさそうだ……間に合う保証もない」

「うん、了解です」


 アーちゃんは優しく微笑みながら、ボクの選択に応えた。

 その笑みは、どこか安心したような表情にも見える。

 もしかしたら、ボクを試していたのだろうか。あるかもわからない可能性に引っ張られるほど、目の前が見えていないかもしれないボクに――。


「じゃあ、私たちも待ってましょう」

「……え?」

「えー!」


 ボクを試して、ボクを思って。そう考えていたところに、アーちゃんは笑顔のままそういった。

 てっきり次のエリアに向かうのかと思っていたらしいのーのちゃんは、不満げな表情を浮かべている。

 ボクも二人は次へ向かうとばかり思っていたから、思わず声が出てしまった。


「えーじゃないです! のーのちゃんはともかくとして、私はこう見えてヘトヘトなんですから! 魔力もほぼからっきしですし、休憩させてください」

「ぶー。じゃあのの行ってく――」

「ダメです! 何かあったら旦那にどやされます!」

「ぶーぶーぶー」

「わだっ!? のーのちゃん、痛い! 殴らないでください、ちょ、ホントに痛いですから!」

「は、ははははは……」


 まるで母娘。いや、年の離れた姉妹。はたまた叔母と姪っ子と言ったほうが適切だろうか。

 そのような会話を繰り広げる二人に、強張っていた表情筋が緩んでしまった。

 緊張感がない。といえばそれまでのような気がするが、それでもこの二人のやり取りは、焦りを覚え余裕がないボクの心を、確かに癒してくれるような気がした。


「ああ、かなわないな。ボクなんかじゃとても……頑張ってくれ、皆……エルナさん」



 * * * * * * * * * *



「繋がった? エィネ、それってどういう意味?」

「ちょっと待っとれ。今考えてるところじゃ」

「にゅっ。ご、ごめん」


 足は止めずに、しかし確かに感じる違和感の正体を求めようと、エィネは頭を悩ませていた。

 その違和感自体は俺も感じている。

 空間に漂う精霊たちが、明らかに先ほどまでと違ってざわついているのだ。

 まるでこの空間の中に急に異物が入り込んで、大混乱を起こしてしまっているかのような……統率が取れていない、ごちゃごちゃとした感じ。


「エルナさん、僕は何も感じないのですが……何かあったのでしょうか」

「わかんない。でもなんかね、すごくごちゃごちゃしてるっていうか」

「ごちゃごちゃ?」

「そうか! わかったぞ!!」

「「お?」」


 先頭で分かったと手を打つエィネに、俺とファルは注目する。

 エィネの口からは、四つの異空間が統合され、大きな一つの空間と化していることを知らされた。

 正確には、一つの空間の中に、無理やり四つの空間の一部を押し込んだ形らしい。

 つまり異空間の大きさ自体は変わっていないが、各異空間の一部が切り取られ、今は四つのエリアとして存在しているということだ。


「クラウディアとアリィとのーのじゃったか。それと今朝負った兵士の二人。そやつらの魔力は微かに感じた。メロディアの小娘に、キョウスケの奴は感じ取れんかったのう、気がかりといえばそのくらいか」

「そ、それってまさか!」

「早まるでない。もう外に出た可能性もあろう。現状が分かったのなら、わしらがすることは一つじゃろうて」

「……そっか、ごめん」


 敵にやられてしまったのではないかと、少し焦ってしまった。

 そうだ、俺たちがやることは変わらない。

 標的である幻獣に向かい、撃破する。そしてその先に、グレィがいる。

 今考えるべきはそれだけだ。


「それから標的の幻獣じゃがな、どうやらこの空間内には残り一体しか――む?」

「ん。エィネ?」

「どうかしましたか?」


 エィネが感じたらしい、新しい違和感。

 それはそのすぐあと、俺たちも身をもって感じることとなった。


 吹雪が吹き荒れる、極寒の地。

 そんな場所で、空間全体を揺るがすほどの変化があった。

 そして気が付かなかったが、俺たちが行くこの雪道は……微妙に傾斜がかかっている。


 間もなくして、俺たちの耳に届いてきた轟音と揺れ。

 間違いない。これは――


「いかん! 雪崩じゃ!!」

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