5:58「三世界」

 四方八方から次々と出てくる火グマの大群。

 のーのちゃんと私は互いに背中を預け、それを一体ずつ、確実に仕留めていきました。

 倒した火グマはしばらくすると炎の塊となって跡形もなく消え、その陰からまた一匹二匹と、次々に私たちに向かってきます。

 キリがないですが、幸いにも数が多いと言うだけで一個体の戦闘力はそこまで高くはなく、当初思っていたよりは順調に事が運んでいたように思いました。


「そーい!」

「うがうッ!」

「しょんじゅーきゅうッ!! のーのちゃん!」

「ごじゅうーーー!」


 のーのちゃんの血濡れた斧による一撃が、最後の火グマの腹部を切り裂きます。

 およそ半分ずつ、二十五体のクマを相手にした斧は既にボロボロで、強引に押し切った切り口はお世辞にも綺麗な物とは言えません。……まあ、元々綺麗な物ではないのですが。

 倒れた最後の一匹が、その体を炎に変えて消えゆきます。

 そこで私は、あることに気が付くとともに、どうしようもなく嫌な予感を感じてしまいました。


「ハァ……あれ……のーのちゃん」

「ふぅー、もう、げんかい……なぁーに?」

「例の宝石、出てきましたか?」

「にゅっ みてない」

「フー……やっぱり、ですか」


 息を整え、のーのちゃんから出た答えに落胆します。


 この異空間から脱出するためのカギ。

 それが出てこないと言う事は、まだ何かが足りないと言う事を示します。

 生き残りがどこかに潜んでいるのか、はたまた……。


「もしかして、さっきの揺れが関係してるんでしょうか」

「ゆれ?」

「気が付かなかったですか? 夢中でしたからね……確か三十体目くらいの時でしょうか。なんだか地面が揺れてたんですよ。その時は気に留める余裕もありませんでしたが、怪しいですよね」

「にゅう」


 首をひねり、いまいちピンと来ないといいたげなのーのちゃん。

 私は今一度気を研ぎ澄ませ、この辺りに敵意のようなものが無いかを探ってみます。


「ひとまず今は大丈夫そうですね。先ほどの大群みたいに、どこに潜んでいるかもわかりませんが。のーのちゃん、携帯砥石は持っていますか?」

「にゅ。ある。研ぐ」

「では斧に付いた血を拭ったら軽く研いでおきましょう。私は【冷却クーラス】をかけなおしますので、終わったら一度山の方へ戻ってみましょうか」

「おー」


 死体が残らないのはいいのですが、ばらまかれた血がそのまま残るというのは中々に面倒なものです。

 どうせなら一緒に消えてしまえばいいのに……魔法のおかげで何とかなってますが、普通は触れないレベルの熱さなんですから。


 そんなことをぶつぶつと頭の中で呟きながら、私は【冷却クーラス】の魔法を更新し、ついでに【疲労軽減ファティーグ・リダクション】と【浄化】もかけなおします。

 正直もうかなり魔力を消費してしまっているので、温存しておきたいところではあるのですが、こればかりは致し方ありません。

 少し移動したところでのーのちゃんの斧を研ぎなおした私たちは、再び山へ向けて足を進めていきました。

 そして、そろそろ出口が見えてこようかという時――。


「あれ?」

「あーにゃん、どーしたのー?」

「う……上、見てみてください」

「にゅ?」


 この空間は視界が悪く、目を凝らしても五十メートル先が見えないような場所。

 なので今の今まで考えもしなければ、気が付きもしませんでした。


 まさか、あるはずの山が無くなっているだなんて。


「ない! お山なくなってる!」

「意味が分かりません……やはり、さっきの揺れが原因なのでしょうか」


 山が無くなっているだけではありません。

 森を抜けてみると、そこには全く見知らぬ荒野が広がっていました。

 まるで境界線で区切られているかのように、空模様までもが黄赤色の雲が何処までも広がるものから、雲一つない真っ青な空へと変貌しています。

 この空間で何かがあったのは間違いないようです。


「にゅう……にゅ?」

「のーのちゃん? どうかしましたか」

「遠くから……どらごんさんの匂いがするの」

「え?」



 * * * * * * * * * *



「ドッソ!」

「セイヤアアァァァッ!!」


 ボクが敵の噛みつき攻撃を紙一重でかわし、閉じられた顎をドッソの剣が斬り上げる。


「グゴオギャアアアア!!!」


 敵――赤い鱗をまとった三メートルほどの大きさのドラゴンは、野太くも耳に響くうなり声をあげ、醜い顔を「ブン!」と上へ振り上げる。

 もうかれこれ数時間。

 ボク――このラメールが率いる三人パーティは、渦に入ってからすぐに戦闘を開始していた。

 ボクたちはヒットアンドアウェイを繰り返し、できるだけ傷を負わないように、体力を削らないように戦ってきた。

 が……。


「スーレン、今だ!」

「【水大砲ウォーターカノン】――きゃつ!」

「ス―レン!?」


 後方で魔法を発動させようとしていたスーレンだが、直後に何かが爆発するような音がして、ボクは彼女のほうを振り返る。

 彼女が両手で構えていた杖は粉々に砕け散り、破片が腕やひざに痛々しく突き刺さっている。

 ボクはドッソに相手を任せ、慌ててスーレンのもとに駆け寄った。


「大丈夫かい!?」

「私は平気です。ですが、杖が……申し訳ありません、私の力が及ばないばかりに」

「何を言ってるんだ! 君はよくやってくれている。君は、岩陰で休んでいてくれたまえ」


 少し顔をうつ向かせてから頷いた彼女を抱きかかえ、岩陰へと運んでいく。

 応急用の包帯と回復薬を手渡すと、逃げるようにして戦場へと足を戻した。


「……ボクのミスだな」


 おそらくは、杖が魔力負荷に耐えかねて暴発してしまったのだろう。

 スーレンには先ほどから高威力の魔法をガンガン使わせていた。そのせいで彼女自身ももう限界が来ていたし、ボクもかなり焦っていた。


 それだけじゃない。

 ボクは見栄を張っていたのだ。


 エルナさんやほかの皆さんは二人か三人のパーティ構成で渦へと赴くというのに、ボクだけがずらずらと部下を何人も連れていくのは格好がつかないと……少しでもエルナさんにいいところを見せようとして、またしても誤ったのだ。


 無論、部下の腕を信用していないわけじゃない。

 しかし他のメンツを見るとどうだ。

 英雄。その元仲間。英雄の手ほどきを受けた養子。冒険者ギルドマスターの養女。エルフの村を治める大魔法使い。

 明らかに格というものが違うのだ。

 実力はボクが保証するとはいえ、一介の兵士二人を連れて行ったところで、皆さんの足を引っ張るのは目に見えていたことじゃないか。


 数時間の戦闘を経ても、ドラゴンの体力は底が見える気がしない。

 むしろ当初与えた傷はもう癒えており、本当に削れているのかもわからない。

 削られているのはこちらの体力と魔力ばかりなのではないかと、疑心暗鬼に駆られてしまう。


「ぐっ――ぅああッ!」

「ドッソ!!!」


 一度態勢が崩れてしまえば、後にもどんどん響いていく。

 ドラゴンのかぎ爪がドッソの纏っていた鋼鉄の鎧を砕き、血肉をえぐっていた。

 ボクは剣を片手に再びドラゴンへと向かっていくが、ドラゴンはドッソにツメをひっかけたままひょいっとボクの方へ向けて彼の体を放り投げる。

 ドッソの背中が勢いよく直撃し、ボクたちは二人して後方へ飛ばされてしまった。


「がっ……!」

「ドッソ!!」

「すんま、せん……ラメール、様……グッ!」

「ラメール様! ドッソ!!」


 まさにあっという間。

 ドッソはまだ辛うじて息があるようだが、鎧の隙間からは血が滲み、どう考えても命に係わる状態だ。

 自力で立ち上がる力すらも残っていないようで、彼の自重と鎧に押しつぶされているボクもまた、立ち上がれない状態になっていた。


 そこに迫るのは、ギラリと巨大な目玉で睨みを利かせているドラゴン。

 散々遊んでくれた礼とでも言わんばかりの目には、圧倒されそうなほどの殺気がこもっていた。

 もう終わり。そう思うには十分すぎる……死の波動。


「っ……ごめん、なさい……エルナさん……ボクはっ! ボグばぁっ!!」


 本当に情けない。

 部下が死にかけているというのに、ボクはみっともなく涙を流し、謝罪という名の自己満足を語る。

 その謝罪すらも、血反吐を吐き、武器を失った部下ではなく、永遠に届かない恋人に向けての言葉。

 ああ、本当に……ボクという人間はくだらない。


 恐怖すらも自己嫌悪に塗り替えて、迫りくるドラゴンの大きな口を待つ。


 心の中でなんどもごめんなさいを繰り返し、もはや何も考えられなくなっていた――――その時。


「とぉぉぉーーー!!!」

「――――!?」


 凄まじい速さで、何かが横から飛んできた。

 飛んできた何かはそのままドラゴンの横顎へ激突し、ドラゴン諸共吹っ飛んで行った。

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