5:52「片腕の英雄」
「ミー君が左手に握りしめてるもの。何かはわからないけれど、多分それがこの空間の幻獣さんだと思うの」
「何だと?」
なんだかまた突拍子もないことを言い出すな?
ミァの左手が怪しいのは認めよう。
だがしかしだ、その中に幻獣がいる?
一体なぜ? どうして?
仮にそうだったとして、ミァは何でそんなものを大事に握りしめてる?
オレたちを襲ってきたことに関係してるってか?
「どういうわけか、きいてもいいか」
「確証があるわけじゃないの……でもなんとなく、ミー君の左手の中から、前にルーイエの里で会ったクマさんと似た魔力を感じたのよ。その力が、ミー君の中に流れて行っているような気もするの」
「……そいつはまた、めんどくせえことになってそうだ」
ロディが言うクマさんってのは、グレィがけしかけたって言う火グマのことで間違いないだろう。
同じグレィの中に眠る幻獣だということで、その気配も似ていると言うのなら、それはそれで納得がいく。
問題は、その左手に握ってる幻獣からミァに力が流れていると言う事だ。
「ロディ、ミァの体のことは前に話したよな」
「え? ええ、マソ? がなんだかってお話よねぇ?」
「ああそうだ。ミァの体の中はちっと複雑なことになっててな、平たく言っちまえば人間の形をした
もっとも、ロディの言ってることを全部鵜呑みにすればの話だが……ここは、愛する妻の言葉を信じるとしよう。
だが未だ謎は残る。
ミァはオレたちが見つけた時にはすでにボロボロの状態だった。
ということは、この大きな竪穴で戦闘があった事はまず間違いない。
その結果が、今のミァの状態に結びついていると考えるのが妥当なところだ。
じゃあどうしてミァは、その左手に敵を握りしめることになった?
そもそも敵は――幻獣は、本当にミァの左手の中にあるのか?
幻獣ってのは、その名の通り幻の〝獣〟だ。
殴られたとき、ミァの手に獣なんていたか?
思い出せ。
あの時の違和感を。
「あの時……」
「っ! きょー君!」
「――ん?」
目の前でロディが目を見開いていた。
狭い穴の中でできる精一杯の危険信号。
それに気が付くのに、オレはまたワンテンポ遅れてしまった。
これが自身の鈍りから来ているのか、はたまた相手が悪かったのかは分からない。
だが確かにオレは遅れていた。
背後を振り向くと、依然としてそこには魔法でできた土壁があった。
だがわかる。
そこには壁があるだけじゃない。
壁の向こう側には、無表情のままナイフを握っているミァがいるだろう。
決して姿を見せることは無く、でも確実に、間違いなくオレたちのことを壁の向こうから狙っている。
直感的に頭が判断し、急所を守ろうとして左腕が動く。
その一秒後。オレの左手は消えていた。
「~~~~ッッ!!」
「ひっ……むぐっ」
一瞬の動揺ののち、悲鳴を上げようとするロディの口を、残っている右手で塞ぐ。
目の前でいきなり夫の手が無くなれば声も上げたくなるだろうが、どうか今は耐えてくれ。
可愛そうだが、これはロディ自身の正気を失わさせないためでもあった。
討伐隊の時。恵月がグレィの精神世界に入って消えちまった時も、発狂して魔力をからっきしにするほど暴れた前例がある。
「ロディ、気持ちは分かるが落ち着いてくれ。見たくなきゃしばらく後ろを向いててくれて構わん」
オレの言葉に、ロディは大きく首を横に振った。
一度目に焼き付いてしまったんだ。そう簡単にはいかないのも理解はできる。
だがそれでいい。
問答ができるということは、多少なりとも脳は正常に働こうとしているということだ。
恐怖はしばらく抜けないだろうが、今はできるだけ早くこの場を収めることが第一。
ひとまず左手の止血をするため、シャツの袖を破り、右手と口を使って手首の部分を慣れない手つきで縛り付けた。
次の攻撃に備えて右手に聖剣を握りしめ、気を研ぎ澄ませる。
先ほどはロディが知らせてくれなければ接近にすら気がつけずにいただろう。
攻撃を仕掛けるときの一瞬。それ以外において、ミァは完全に気配を潜めて近づいてくる。
しかし妙だ。
ロディに言葉をかけ、傷口まで塞ぐ時間があった。
それまで一度も追撃をしてこなかった。
ヒットアンドアウェイ……と言う事も考えられるが、ここは壁の上に位置する場所だ。視界が不明瞭だったため、どの程度の高さに居るかはわからないが、穴が空いていた場所となるとそれなりの高さではあるはず。
そこまでわざわざ登ってきて、一撃だけ入れて距離を置く?
仕留め損ねたからと言う事もあり得るかもしれないが、あそこは追撃が可能な場面だった。
オレは左手を斬られて戦力が大幅にダウンし、ロディはそれを見て大きく気を乱していた。
その気になれば一気に仕留めることだってできたはずだ。
……まさかとは思うが、微かに残っていた良心が助けてくれたとか、そんなことはねえよな。さすがに。
――ぼこっ。
「なっ!」
「ひぇっ!?」
オレとロディの間の地面が、突然盛り上がった。
そして同じくして。隆起した土の下から凄まじい殺気が流れ込んでくる。
「音祢ッ!!」
未だオレの手から目が離せていなかったロディを、半ば押し倒すようにして突き飛ばした。
オレがそのまま後ろをバット振り向くと、土まみれのミァがナイフを片手に襲い掛かってくる。
ミァのナイフは振り向きざま、胸の前に構えていたオレの左腕に突き刺さり、勢いのまま貫通していた。
辛うじて胴体には届いていなかったが、ただでさえすっぱり切れてしまっていた左腕にさらなる傷が加わり、気を失いそうになるほど出血が激しい。
一瞬体がふらつくが、歯を食いしばり気合いで押し切る。
そしてオレはここが好機と見て、己を鼓舞する大きな雄たけびを上げる。
「ううぅおおおおぉぉぉぉあああああアアァァアァァァ!!!!」
「――!」
ここで決めなければ、オレもロディもやられる。
その一心で、オレは腕に突き刺さったナイフごとミァを押し倒した。
しかしミァは地面に背中を突くと同時にナイフから手を離し、同じ手で拳を作り上げ、オレの鳩尾に叩きこんできやがった。
目の前が大きくぼやけ、口からは唾液なのか血なのかもわからない液体が飛び出す。
それでもと、再びギリギリと、歯が砕けそうなほどに噛みしめ、気合だけで聖剣を握る右手に意識を集中させた。
「っ……きょー、くん……?」
ぐるりと逆手持ちにしたソレを頭上に構え、半分祈りながら振り下ろす。
――オレの手には、ザクリと何かを貫いた感触だけが確かに伝わってきた。
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