5:53「攻略と諸刃の剣」

 何かを貫いた。

 その感覚だけが右手に伝わって来た。

 未だ視界はぼやけ気味であるものの、見ようと思えば何とかならないほどじゃない。

 ぐっと目を凝らして聖剣が貫く先を見てみると、それはボロボロの黒い布と橙色の間……人間の手首のようであった。

 更に上へ目を向けてみると、紫色の結晶? らしきものを握りしめた左手。

 しかし先ほどまでとは違い、その手に力は感じられない。

 それもそのはずだ。俺の聖剣はミァの左手首をほぼ両断してしまっており、文字通り皮一枚つながっているような状態だった。

 どうやらオレは、無意識にせよ、自分の仲間に……家族にとんでもねえ仕返しをしてしまったようだ。


 だがしかし、そんなことを悔やんでいる余裕も無かった。


 先の追撃の効果もあり、止血しきれていなかった左腕からの出血が拍車をかけてくる。

 もはや気合でどうこうできるレベルを越えていたオレは、そのままぱたりと気を失ってしまった。



 * * * * * * * * * *



「…………あ」

「きょー君っ!!」


 生きている。

 左腕に残る痛みと、涙しながら抱き着いてくるロディを見てそれがわかった。

 回復は施してくれているようだが、完全ではないようだ。

 あの魔法は術者だけでなく、受け手側にも相応の負担がかかる。一言で言えば、寿命が縮むってやつだな。

 回復しきっていないのは、そういった負担を軽減するためでもあるのだろう。


 流石にロディまで一緒に死んじまったとか、そんなことは決してないと思いたい。

 ……それならそれで、ミァはどうなった?


「ロディ……ミァは」


 オレは背中に右手を回しながら、ロディにそう問いかける。

 数秒間はただ体を震わせていて反応がなかった。その代りに、ゆっくりと上げられた彼女の手が、今いる穴の外を指さしていた。


「外 か」

「うん……ぐすっ。えっどね、きょーぐんが気絶しちゃったあど……うぐっ」

「無理するなよ……て、オレが言えた義理じゃねえか。ゆっくりでいい。まずは息を整えてくれ」

「ずびびっ。ごべんねぇ……」


 謝る必要が何処にあるのか。

 お前がいなけりゃ、オレは今頃死んでたんだがな。

 オレの服も、穴の地面も本当に血だらけで、恐らくはそのほとんどがオレの物だと思うと、それだけでも寒気が襲ってくる。

 ヒーラーという存在のありがたみは、あまり身をもって思い知りたくはないものだ。

 ロディが涙を拭き、息を整えている間。決して口には出さないが、そんなことを思ってやまなかった。

 もっとも、斬れちまったものを結びつけるのは、高位の回復魔法使いでも難しいそうだが。


「どうだ、もう話せそうか」

「ええ。ありがとぉ……それでね。ミー君、きょー君が気絶しちゃった後、正気に戻ったみたいで」

「何? 本当か!」

「うん……えっと……手が切られて、幻獣さんから力が流れ込まなくなったおかげだって……」

「!! そうか……」


 そうだった。

 オレはミァの手を……まあ、オレ自身も同じ手を斬られたわけだが。

 互いに恨みっこなしとはいかないだろう。

 仕方がなかったこととはいえ、仲間の手を……そう思うと、どうしてもアルカのことを思い出しちまう。

 あの時も仕方がなかったとはいえ、この手でアルカの命を絶ったんだ。デジャヴった体が、否応なしに震えてきやがる。


「クソ……前に進むって、決めたのにな」

「きょー君……えっと、ミー君の手は大丈夫だって」

「……え?」


 そいつは一体、どういうこった。


「また生えてくるって言ってたの」

「! そう、なのか……あぁ、よかった……」


 魔物モンスターの中には、トカゲのしっぽのように失った部分を再生する個体もいる。その体に限りなく近くなっているミァもまた、再生能力を得ていてもおかしなことはなかった。

 生えてくるから大丈夫と、そんな問題じゃないと心のどこかでは思っていたが、正直安心した。

 取り返しのつかない事態だけは避けることができたと安堵してしまった。

 今度は気が楽になって気絶しそうになったほどに。


「それでね……ミー君、わたしにこれを」


 ロディがそう言って握っていた手を開くと、見覚えのある菱形の結晶が姿を現した。

 紫色に鈍く光るそれは、ミァが大事そうに握っていたソレと同じものだった。


「ロディ!? お前それ!」

「大丈夫よ、ミー君が持たない限り暴走したりはしないみたい。これだけなら害はないけど、幻獣さんの核なんだって」

「核か……なるほどな」


 つまるところ、幻獣の核を破壊すれば、この空間から脱出できるってところだろう。

 どうしてそんなものを握ってたのか、意思まで奪われてオレたちと戦う羽目になっちまったのかは謎だが、そこは本人に聞くとしよう。


「さて。じゃあ一回降りて、ミァを迎えねえとな。あいつのことだ、わざわざ一人になったっつーことは、これのこと気にしてんだろ」

「きょー君……うぐっ」

「お、おぉい!? ロディ!?」


 気にしているであろう左腕をプラプラさせると、ロディの方がまた泣きかけてしまった。

 無理もないが、オレ自身が思っているよりも相当気にしていたらしい。

 あまり軽率にこのことを出すのはやめておこうと心に誓いながら、そそくさと聖剣についている血を拭い、鞘にしまう。

 アルカの時と違い、また聖剣を握ることができたことに再び安堵した後、オレはロディの起こした風に乗って下へと降りて行った。


「ミァ!」

「ミー君!」

「……キョウスケ様」


 背を向けていたミァが、名前を呼ばれて振り向いてくる。

 その目は明らかに光がなく、放っておいたら死んでしまいそうなほどに生気を感じられなかった。


「ご無事……では、ないですね。……主に傷をつけるなど、私はメイド失格です……。」

「お前のせいじゃねえよ。これは事故だろう? オレだって、お前の手を斬っちまった」

「ですがっ! 私の手はまた生えてきます! ……生えてきてしまうのです」

「オレとしては、その方が助かるんだがな……と、不謹慎だったか。すまん」

「いえ……」


 オレと違い、ミァはもう普通の人間ではない。

 自分は異常な存在なのだということが、再生という事象によって思い知らされてしまう。

 きっと、その苦しみは想像を絶するだろう。

 とてもオレがどうこう言ってやれるレベルの問題じゃない。

 状に訴えかけるのは逆効果だろう。

 だったら、オレがしてやれることは一つだ。


「ミァ。久しぶりに、お前に一つ命令を下す」

「……なんなりと」


 死をも覚悟した目だった。

 この話の流れで、オレが死ねと言えると思っているのだろうか。

 仲間の死なんざもうこりごりだってのに。


 でもまあ、わかってはいた。

 オレは一歩前に出て、力を抜けよという意味でもってミァの肩に手を添える。

 それでも鋭く冷たい目は変わらなかったが、仕方がないと命令の続きを口にすることにした。


「これからも変わらず、オレらと一緒に生きてくれ」

「なっ……! ですがキョウスケ様、私はっ!」

「NOとは言わせねえぞ。言ったろう? これは命令だ」

「……本当に、よろしいのですか」

「いいも何も、お前を立派なメイドさんに仕立てちまった張本人としては、その辺の責任っつーのも多少なりとも感じてるんだぜ。途中で見捨てるなんてマネしねえよ。それに、オレが気を失ってる間に自殺しようと思えばできたはずだ。例えロディの目があろうともな。それをしなかったのは、ちゃんと覚えててくれたからだろ? グレィを救って、誰一人欠けず皆で帰るってよ」

「――っ! キョウスケ、様……!」

「む」


 ミァの目尻から、一滴の雫が零れ落ちた。

 情に訴えるつもりはなかったんだが……まあ、結果オーライだ。

 本当にただの命令のつもりだったんだがな。

 いや、ホントに。


「ありがたき幸せ……この命投げ打ってでも、今度こそ……! 今度こそ、キョウスケ様とご家族はこの私がお守りさせていただきます……!」

「……頼む。命は大事にしてくれ」


 どうやら俺は、ミァの忠誠心を甘く見過ぎていたらしい。

 なんつうか、引いてるわけじゃないんだが……正直、かなり複雑な気持ちにさせられる。

 ミァを面白半分にメイドにしてしまったのはオレだ。だからこそ、だからこそこの忠誠心が変な方向に心に刺さってしまった。


「と、とにかく! そういうことだから、ちゃんと一緒に外に出るぞ。でもその前に、ここであったことを一応教えてくれ。いいな?」

「承知しました!」


 元気いっぱいの返事をありがとう……。

 この後みっちりと、ここであった巨大ライオンとの戦闘の話を聞くことができたが……オレ自身は集中できず、話が全然頭に入ってこなかったのだった。

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