5:50「カウントゼロ」
「エィネ、ファル! あれじゃない?」
「ぽい、ですね」
「よしきた。降下するぞい」
エィネの【飛行】の魔法を使い、地図通りに岩山の中腹まで飛んできたところで、目的の渦と思われる黒いモヤを発見した。
渦の大きさはおよそ一メートル。近くには監視をしていたと思われる兵士さんもおり、俺たちに気が付いた時は少し驚いたような表情を見せていた。
「いやはや失礼しました。エルフの方がいらっしゃるとは主より伺っておりましたが、まさか空からくるとは……エィネ殿とエルナ殿、それからそちらの男性がファル殿でよろしいですかな」
「うむ。【飛行】はそれなりに高位の魔法じゃからのう、驚くのも無理は無かろう」
「よろしくお願いします」
兵士さんが確認をとると、彼は懐から一枚のカードを取り出してみせる。
連絡用に持たされていた【
俺たちは各々持ち場についたところで、まずは監視の兵士さんからラメールに連絡を入れてもらうことになっていた。
【
ラメールが渡したカードはラメールとしか通話ができないが、複数人で一斉にラメールへ掛けた時、ラメールだけは全員の話を聞くことができるのだ。
これを利用して、全員が渦にたどり着いたところでカウントダウンを行い、一斉に渦の中へ飛び込もうという算段である。つまり俺たち三人は、全員が渦にたどり着き、ラメールから「GO」の指示がでるまでここで待機することになる。
一斉に飛び込むことになったのは、確実に渦の中へ入るためだ。
以前調査の際に、結界の中へ外部から入れなくなってしまったことを考えると、個別に対処することによって相手を警戒させてしまい、渦に異変が生じる可能性もある。
どうせ中に入ってしまえば連絡は取れなくなるのだから、確実に入れる方法を選んだというわけだ。
俺は近くの低めの岩場の腰を下ろすと、隣に座ってきたエィネにぼそりと呟いた。
「……みんな、大丈夫かな」
「なんじゃ、心配か」
「うん……ちょっと」
心配というところもあるが、怖気づいてしまっているというところも否めない。
これから先、みんなとはしばらく何の連絡も取れなくなってしまう。
その間に皆に何かあったらと思うと、心配で、怖くて、心の奥底から不安の波が押し寄せてくる。
「おんしの思うところは分からんでもない。じゃがそれで気を散らしてしまっては、思わぬ失態を招く。みなを信じることじゃな。不安になるのは仕方がない、されど今はただただ前を。前だけを見ているんじゃ。それだけでも、少しは気が楽になるぞい」
「皆で帰ると、そう約束したんですから。皆さんも、ミァさんも……きっと大丈夫です」
「うん……ありがと。ファル、エィネ」
「お三方、全員配置についた模様です」
二人にお礼の言葉を投げかけた後、兵士さんからその言葉が告げられた。
俺は深呼吸と共に目を瞑り、両の頬をパチンと叩く。
みんなを、そして自分を信じて、前だけを。全員無事に生還して、思いを遂げるために。
うじうじしていた意識を切り替えて、やってやるんだという強い意志で目を開く。
「――よし、行こう」
「うむ!」
「はい!」
* * * * * * * * * *
作戦開始の合図とともに、オレたちは一斉に渦の中へ入っていった。
オレとロディが担当するのは、ミァが入っていった場所と同じ……クラウディア卿が言うには、中は洞窟になっているらしい。
らしいのだが……。
「ここは……」
「草原?」
「だよな」
地平線の彼方まで――見渡す限りの緑が豊かに生い茂り、雲一つない綺麗な空が見下ろしてくる。
明らかに洞窟とは真逆の場所に出てきたオレたちは、戸惑いを隠せずにいた。
遠くの方に山が見えないことも無いが、これは……。
「この空間のどっかに洞窟があるのか? だとすればそいつを探すとこからになっちまうが……そもそも同じ空間なのかどうかも怪しいぞこりゃ」
「ミー君……」
「確かミァが吸い込まれたって時は、向こうさんに気が付かれちまったかもしれねえんだったよな。だとすれば、クラウディア卿の部下がやられた時と同じ……ちょっかいだされねえように、異空間の場所がシャッフルされちまったなんてこともあるのかもしれん」
参ったな……そこまでは頭になかった。
あってもどうようもないって言えばその通りだが。
「とりあえず洞窟を探しながら、別空間の可能性を探る、ってとこになるのか?」
「あなた、ちょっとまってて」
「……ロディ?」
出ばなをくじかれさてどうしようかとしていたところで、ロディが何かを始めようとしていた。
右手に杖を精製し、目の前に突き立てると、何かに祈りをささげるかのように胸に前で両手を握り合わせる。
ほのかに白い光を帯びた彼女と杖を見ていると、不思議な温かさを感じさせられた。
エルフの魔法に関してはあまり詳しくないが、探知系の魔法であることは間違いないだろう。
しばらく――五分ほどだろうか。
探知を続けるロディを守るために警戒を続けていると、突き立てられている杖の先端……はめ込まれた青い宝石が、赤い光を放ち始めた。
同時にロディの目がカッと見開き足元の一点を見つめている。
「……いた」
「何! まさかミァが!?」
「うん。間違いないわ……でも」
俯いているロディの頬に、額から一筋の雫が伝っていく。
芳しくない何かがあったことは間違いない……が、それでも収穫は大いにあった。
ロディがミァのことを感知できたということは、ここはちゃんと、ミァと同じ空間の中だということだ。
ミァが捕らわれてから丸一日が経過している以上、生きていると分かっただけでも十分に価値がある。
依然険しい表情を地に向けるロディの肩を抱き寄せ、オレも下を見て口を開く。
「ここにミァがいる。それが分かっただけで今は十分だ。早く助けに行こう――下でいいんだな」
「ええ……たぶん、この真下に」
「おっし! じゃあしっかりつかまってろ!」
「えっ? ええ」
場所が分かればあとは行くだけだ。
腰から聖剣を抜き、魔力を込める。
そしてついさっきまでロディの杖が突き刺さっていた部分――その小さな穴を突くように、今度はオレの剣でもって、地面を貫いた。
すると突き刺した部分から、地面にひびを刻むようにして魔力が散っていく。
「きょ、きょー君!? もしかしてっ」
「おう。ちょっくら落ちるが安心しろ! ミァならこの程度で潰れやしねえ」
「そういう意味じゃ――きゃっ!?」
地面の崩落より一瞬早くロディを抱きあげて、オレたちは地下に向かって落下を始める。
所謂お姫様抱っこってやつだ。
ビックリしながら縮こまる姿も流石オレの嫁。可愛らしいったらありゃしねえが、今はそれどころじゃない。
壁を蹴り、落ちてくる岩を蹴り、ある程度自身の動きを制御しながら、大きな竪穴をその地の底まで蹴り降りて行った。
そしてその先には、確かにミァの姿があった。
いつものメイド服をボロボロにして、各所に真っ赤な血を浴びている。
やはり先の推測通り、戦闘は始まっていたらしいが……どういう訳か、敵の姿が見当たらない。
敵を倒せばこの空間は消えるはず。
ということは、未だ戦闘は続いているということになると思うのだが……本人に聞くのが一番早いか。
「ミァ!」
着地してロディを降ろしたあと、オレは真っ先にその名を呼んだ。
落ちている最中、ミァはこちらを見向きもしなかったことがかなり気がかりだった。
外見は本当にボロボロで、早急な治療を要するかもしれない……そう思っての行動でもあった。
が、しかし――
「! きょー君ダメっ!!」
あと一歩というところまで迫った瞬間。
背を向けていたミァがサッと振り向いたと同時に、鋭い……まるでそれ自体が殺傷能力を有しているかのような、鋭すぎる殺気を感じ取った。
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