5:49「突入」

 翌日、午前九時。

 ノースファルムから北西に約三キロの地点にある森。

 上を見上げると楕円型に大きくえぐれた岩山が望めるその場所に、俺たちは集まっていた。

 母さん、親父、アリィ、のの、ファル、エィネ、ラメール。そして、俺に、送り迎えをしてくれるシーナさん。

 ラメールの近くに兵士さんが四人いるが、渦の監視をしていた人と、実際に中に連れて行く人だろう。

 連れて行くのは剣士と魔法使いの二人で、残りの二人は森にある渦へ親父たちを案内するために一回出てきてもらったらしい。

 俺たちは彼らの紹介を簡単に受けた後、作戦の確認、そして竜化対策の丸薬を一錠ずつ受け取り、各々所定の場所へ向かって行こうとしていた。


「エルナよ、ちょいとこっちゃこい」

「?」


 ラメールたちを【飛行】の魔法で連れて行こうとしていたシーナさんが、何か思い出したかのように俺のことを呼び止めた。


「シーナさん、どうかしたんですか?」

「いや、ちょいとな。すこーし頭を借りるぞい」

「ふえ?」


 すっと、シーナさんの若々しい左手が俺の頭上に添えられた。

 何をするのかと思っているうちに、シーナさんはぶつぶつと口を動かし始め、俺の頭上に精霊らしき蛍火が集まり始める。

 キラキラと銀色に輝くそれは、やがて俺の髪全体を覆い、ライムグリーンであった毛色が白銀のソレへと変貌を遂げていった。


 丁度エィネやシーナさんと同じ、毛先のみがやや緑がかった銀髪だ。


「彼のドラゴンは、間違いなくおぬしの魔力に反応して何か行動を起こしてくるじゃおろう。これはわしやエィネと同じ、魔力を抑えるためのカモフラージュじゃ。プラス、魔力の質を多少誤魔化すための幻術も加えておる。少々特殊なものであるが故、何日かすれば解けるようになっておるが」

「なるほど……ありがとうございます! 十分です」


 討伐隊の時と今とでは、グレィと俺の関係や心境は大きく異なる。

 暴走しているとはいえ、俺が近づいてきたと知れば何かしらのアクションを起こしてくる可能性は高いだろう。

 これから入る渦というのも、先に続くであろう異空間は、グレィに力によってつくられた彼の一部と同義の代物だ。

 俺がいると言う事が少しでも誤魔化せるのはありがたい。

 ……少し寂しい気もするけど。


「うむ。ここが正念場じゃ、頑張るのじゃぞ。エィネよ、よろしく頼むぞい」

「わたしからもお願いね、えいちゃん、ファル君」

「うむ」

「はい!」


 エィネとファルの返答に、シーナさんはにこりと微笑む。それを見届けたラメールが、再度出発の号令をかけた。

 俺、ファル、エィネは【飛行】を使用して岩山へ。

 親父と母さん、アリィとののは、見張りの兵の案内の元森の中へ。

 ラメールとその私兵、剣士のロセウスさんと魔法使いのネルルさんは、シーナさんの【飛行】で森を抜け。

 俺たちは各々の持ち場へと向かって行った。




 * * * * * * * * * *




 ライオンの猛攻を機敏に避けながら、地を蹴り壁を走り、私が落ちたこの空間の広さや状況を把握します。

 細長いドーム状になっているらしいこの竪穴は、底面の直径が大よそ5,60メートルほど。まわってみた限りでは、それ以外に何もない、至ってシンプルな造りの部屋となっているようでした。

 壁の方には、10メートルほどの位置から上に、人ひとりが入れるくらいの穴が散見されます。

 恐らく洞窟内の何処を行っても、最終的には全てこの部屋へとつながるようになっているのでしょう。

 迷い込んだエモノを絶対に逃がさない。そんな意思さえも感じるような気がします。


「罠を探すどころか、私の方から罠の中に飛び込んだ……と言う感じですね」


 無策の状態で敵の巣に飛び込んだような物ですから、当たり前といえば当たり前なのですが。


 ライオンの攻撃の中には、その屈強な顎や前足、そして尻尾を使ったものの他に、土属性の魔法と思われるものを使用してきました。

 岩壁をそのまま利用し投岩や、地面を柱状に勢いよく隆起させるものなど、その内容自体はシンプルですが、ひとつひとつが素早く強力で、中々に厄介なものです。


 手持ちの武器は愛用のナイフを持ち歩いているのみで、三メートルを超える巨大な雄ライオンに傷をつけるとなると、少々力不足と言わざる負えません。

 魔力や強化魔法を帯びさせ、殺傷能力を高めることは可能ではありますが……。


 襲い来る岩や土柱を避けながら、ひたすらに壁を蹴り、上へ上へと登っていきます。

 そうして三十メートル程度まで足を走らせた後、次のひと蹴りで体を宙に浮かせました。

 背筋をピンとまっすぐに伸ばし、ライオンに向けて急降下する体。


「【筋力強化アームズ】、【衝撃軽減ショックリダクション】」


 魔法で強化された右手を握り、グッと力を込めながら、見る見るうちに大きくなっていくライオンの背中をめがけて――!


 直後、巨大な砂煙が上がるとともに、爆発音にも似た音がこの空間に響き渡りました。

 皮膚を突き破った拳が真っ赤に濡れ、確かな手ごたえを感じさせられます。

 しかし思っていたよりは浅く、私はすぐに拳を引き抜き、ライオンの巨体から距離を置きます。

 高さ三十メートルからの落下にプラス、筋力強化の入った一撃は、大抵の魔物を一発で仕留められるくらいの殺傷力がありました。クレーター状に歪んだ地面もそれを物語っているはずなのですが……。


「ちょっと、硬すぎませんかね」


 何事もなかったかのように起き上がるライオンの目が、ギラリと私のことを捉え、睨みつけてきます。

 血を流させることはできますが、倒れるまでどれほどかかるか……。


「……これは長くなりそうです」


 起き上がってはいますが、全くのノーダメージではないはず。

 拳サイズの穴からは未だだらだらと血が流れ出ていますし、勝つことは不可能ではないでしょう。

 倒すのが先か、倒されるのが先か……あとは私の体力次第。


 息を整え直した後、私は再びえぐれた地面を蹴りました。

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