5:46「和解と準備」★

 シーナさんの【転移テレポート】を使い、ノースファルムの門前まで飛んだ俺たちは、そこでラメールに連絡を入れてから町の中へ入っていった。

 ノースファルムは、町の名前に『ノース』とついているとはいえ、隣国であり南国でもあるセレオーネ王国に置いての北端。

 セレオーネ自体が結構大きな国なので、実際の気候は南北でかなり違うのだが……ここは日本で言う関東圏くらいの温かさがある。

 それゆえ街並みも南国っぽいというところはあまりなく、赤で統一された屋根に、壁面は黄色や緑、それに白とカラフルな建物が立ち並び、よく見る樫の木が舗装された道路の端に植木として立ち並んでいたりする。


 俺と母さんとエィネはフードで耳を隠し、そんな町中を進んでいく。そうして門からまっすぐ行った先にある噴水広場で、ラメールと合流した。

 あまりの到着の早さに彼はかなり驚いていた様子だが、特に事情は聞いてくることなく、俺たちをラメールの屋敷まで案内してくれた。


「あらためて、ようこそノースファルムへ。ご足労感謝するよ、エルナさん。と…………皆さん」


 おい、何故俺だけ名前で呼んだ。

 絶対途中で諦めただろ。名前わからなくて。

 まあ。アリィとの関係は親父から聞いてるが、母さんは名乗ってないし、エィネとは完全に初対面だしな。

 これは仕方がない……のか? ホントに?


「おう、よろしく頼む。クラウディア卿」

「うんうん……くれぐれも、くれぐれも・・・・・よろしくねぇ……ラメール・ソル・クラウディア君?」

「か、母さん……?」


 あれ、何だろう……母さんから隠し切れない殺気を感じるんですが。

 しかもいつもは即愛称を決めて呼び出す母さんが、フルネームで念を押している。

 このよろしくはあれだ、まず間違いなく「これからよろしくお願いね」のよろしくじゃない……これはそう、「エルちゃんに手出したら分かってるわね?」のよろしくだ。


 やだ、お母さん怖い。超怖い。


「えーっと……ほ、ほどほどに……ね?」

「ははははは。大丈夫だよエルナさん、母君殿」


 割と本気な殺気を見せている母さんに、ラメールは笑って返事を返す。

 しかし同時に、改めて母さんに向かい合い、真剣な表情を向けた。


「ボクはあの夜、エルナさんと別れる時にこう言いました。『元気で……どうか、お幸せに』と。今でもエルナさんとは親しくしていたいと思っていますが、それ以上にエルナさんに幸せになってもらわないと困るんですよ」


 普段は使わないであろう丁寧な言葉で、ラメールはそう言った。

 今でも鮮明に覚えてる、あの山頂での出来事。

 当時は俺が誤魔化すために口にした、架空の思い人と幸せにという言葉になっていたが、ある意味それが功を成したということだろうか。

 今思えば、その時……通話でその発言をしたその時には、既に片鱗があったのかもしれない。


「そう。ボクが協力するのは、何よりもエルナさんに幸せになってもらうため。勿論、領地を守るためでもあるけれどね。ボクにとっては、今回の作戦はそれだけ大事なことなんだと、どうかわかってもらいたい」

「ラメール……って、えぇ!?」


 わかってもらいたい。

 そう告げた後、ラメールが母さんに頭を下げた。

 まさかそこまでするとは微塵も思っていなかったし、俺をはじめこの場の全員が驚愕している。もちろん、母さんも。

 贖罪……とまではいかないが、きっと彼なりのけじめをつけようということなのだろう。

 あの場で一番怒っていたのは母さんだ。

 一度しっかりけりをつけておかなければという気持ちは、わからなくもない。


「お願い。顔を上げて」


 流石にというかなんというか、母さんも観念したらしい。


「……母君殿」

「ロディでいいわ。わたしの方こそ、少し誤解していたみたいだし……。エルちゃんに幸せになってほしいのはわたしたちも一緒よ。少しの間だけど、よろしくお願いします――えっと、メル君?」

「「メッ――!?」」


 メル君!?

 いやいや母さん、一応相手は他国のそこそこ偉い人だよ!?

 さっきは愛称がどうのこうのとか思ってたけど、いきなりそれはどうなのかな!


「あぁ。こちらこそよろしく頼むよ、ロディ殿」

「「い、いいんだ……」」


 母さんとラメールが和解の握手を交わした後は、かなりスムーズに事が進んだ。

 ミァさんが件の渦にとらわれたのは、今から数時間ほど前、お昼の定時報告の時間だった。

 それから親父に連絡を入れ、俺たちが孤児院まで帰ったのが十五時半。

 急ぎ準備を済ませ、アリィを迎えてここノースファルムへたどり着いたのが十六時過ぎ。

 これまで他の三箇所にある渦は、異常なしとの連絡が入っているとのことだった。


 ミァさんを助けるためにも、急ぎ部隊を編成して乗りこみたいところだが、今からでは渦にたどり着くまでに日が暮れてしまう。

 そこで俺たちは、今日一晩を編成と作戦を練るのに費やし、明日準備が整い次第出発することとなった。


 正直なところ、何故こんなにもすんなりと話が進んだのか俺にもよくわからない。

 ミァさんが危ないという状況にもかかわらず、俺たちはかなり平静だった。

 いつもなら早く行かないとと焦る気持ちが出てきていてもおかしくないはずなのに。母さんですらもそれを口に出すことがなかったのが一番意外だった。


 動じていないわけではないが、不安はなかった。

 もしかしたら、心のどこかで……本当に、自分の意思が届かないところで、あの人なら大丈夫だと思っていたのかもしれない。


 そして――。



「決戦前夜〝前〟衣装合わせ大会のお時間ですっ!!」

「わぁ~」

「わ、わー」


 何だよ前夜前って。確かに夜の前ではあるけども。

 うん、まあ、俺と母さんの新装備お披露目会だ。

 作戦を立てる上で、その性能は知っておかなければならないだろうし。あとラメールがなんか見たがってた。

 魔法の試し撃ちなんかもするため、一度警備兵の演習室まで赴いている。


「っという訳でお着換え完了です!」

「へっ!?」

「あら?」


 早っ!!

 そういえば初めて会った時も早着替えさせられたっけな……にしてもあの時は全身フルじゃなかったよ?

 何? そういうスキルでもあるの!?

 あるんだったらちょっと覚えてみたい。


 と、それはそれとして、改めて新装備の見た目をこの目でも確認することとする。

 ……見られながら。


「おぉー、これはまた」

「素敵ですエルナさん!」

「えるにゃん しんせい?」

「うむぅ。若いっていいのう」

「…………聖女d ブホォっ!?」

「メル君、目がいやらしかったわよぉ?」


「うんうん、やっぱり私の目に狂いなし! 今回もよくお似合いですよエルナちゃん!」

「は、はははは……」


 前回が黒を基調とした者だったのに対し、今回の装備は明るめの水色だ。反対に母さんは赤と黄色で、イメージカラー的には真逆な印象。基本的な形は前回のローブを踏襲しているようにも思えるが……あの、これ。



「俺のやつ、フリルちょっと多くない……?」

「何言ってるんですか! これでもかなり、いえ〝メチャメチャメチャンコ〟抑えた方なんですよ! 私的には、今のエルナちゃんをとてもよく表していると自負しています!」

「あぁ、そう……」


 まあ、確かにすごくフリフリしているわけではないが……十分多いと思うのは俺だけなのだろうか。

 なんかみんな目がすんごい輝いている……。


「そうねぇ、わたしもすっごく可愛いと思うわぁ♡」

「まさに恋する聖女様じゃな」

「おお! そう、エルナちゃんのはまさにそのコンセプトですっ! 流石賢者様ですね!」

「ふあぁっ!? な、何言ってるんですかぁ!!」


 あほう!

 ここここ恋する聖女って……ううぅ。


 途端に恥ずかしくなってしまい、俺はその場にしゃがみ込んでしまった。

 でもなんだろう。悪い気がしない自分が、むしろ早くグレィに見せたいとか思ってる自分が恨めしい。


 うん……この思いを糧に頑張ろう。

 涙目でそう言い聞かせる俺なのでした。

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