5:33「ハードモード」
三つの試練を課す。
おじいさんが声高らかにそう宣言すると、彼とシーナさんの十メートルほど後ろに、床?から真っ直ぐと上に向かって伸びる光の柱が出現した。
すると、宇宙模様だったはずの柱の周りに彩り豊かな草花が生い茂り始め、徐々にこの空間全体を塗りつぶし、侵食していく。
更には草花だけでなく、石畳で幅一メートルほどを舗装された土道が姿を現し、先につながる光の柱の根元には石碑のような物。そしてその石碑を円形に取り囲むようにして、石造りの手すりが次々と出現していく。
最後には苔の生えた石壁が四方を覆い、四隅から高く伸びた樹々の葉が、屋根の如く頭上高くに被さった。
神秘的な宇宙空間が、木漏れ日の差し込む幻想的な祠へと、あっという間にその姿を変えていた。
「な、何が……」
「綺麗……!」
「感傷に浸ってる暇はないぞい。早速第一の試練を開始する」
「二人とも、アタシらの後ろにある石碑の前に立ちな」
おじいさんとシーナさんが道を譲るように両脇へ避け、俺たちは言われた通り石碑の前に立つ。
依然光の柱に包まれている高さ一メートルほどの石碑。
そこには何か文字が書かれているようであったが、俺が知っているグース文字でもエルフ文字でもなく、何が書かれているのか読み取ることは叶わなかった。
「二人とも、そこに書いてあるものが読めるかい?」
「い、いや……全然」
「わたしもねぇ」
「いくら天賦の才を持ちえども、そう易々とはいかぬか……お主らなら有り得そうではあったんじゃがのう」
「え、えぇ……」
何その期待。
見たことないもん読めるわけないだろうに。
しかしなんだ、やっぱり数字上は天才扱いなんですね……確かに覚えが格段に早くなっているのは転生して早々に実感したけれど、そのほかは相変わらずだしなあ。
だが言いたいことは見えてきた。
第一の試練とは――
「石碑に書かれておる文字を解読せよ。それが初めの試練じゃ」
「やっぱり」
「解読にあたって特に制限は設けないよ。でも一刻を争うんだろう? 精々急ぐこったね」
大きな正四角形に収まるように、行間まできっちりびっしりと揃えて書かれたそれは、見た限りこの世界のどの文字とも似つかない。
記号の羅列のようにも思え、じっと見ていると頭がくらくらしてきそうなほどに意味が分からない。
ヒントも何もなしに、この全く知らない文字を解読しろと。
いきなり難易度高いぞコレは……。
「制限は設けないんだったよね……魔法でもなんでも、手当たり次第試してみるしかないかぁ」
「頑張りましょぉ! 二人なら何でもできるわ!」
うーん……先行き不安だ。
* * * * * * * * * *
「ファル、あったか?」
「いえ。こちらも全然です」
昨日ロディと恵月をルーイエに送り、ミァとの連絡を済ませたオレとファルは、半壊した屋敷まで探し物をしに来ている。
恵月がクラウディア卿から貰ったあのカードの事だ。
いつまでもマレンの奴に迷惑かけるわけにもいかねえし、連絡手段として捨てがたいブツであるだけに、早いとこ見つけ出しておきたかった。
とはいえ、ロディは瓦礫も何もかもまとめて積み上げてしまったため、少しずつ片っ端から捜索していくしかない。帰ってくるまでに見つかればいいが……。
「しかし義母さんもすごいですね……あの短時間でこれだけのことをしてのけるのは、相当な魔力コントロールが要求されるはずです」
「昔っからすごい奴だったからなぁ。流石はオレの嫁だ」
「そ、そういうものなんですかね」
「さあな。魔力の扱いは苦手だからよ、あんまし実感わかねえのかもしれん」
「あはは。確かに、それはあるかもしれません」
ファルと二人、瓦礫の山に掠れた笑い声が響く。
こうして二人だけで話をするのも大分久しぶりのような気がする。
捜索開始からもう一日以上。飯と風呂以外はずっとここでカードを探しているが、未だ出てくる気配はない。
口数もだいぶ減り、同じ内容を繰り返すようにもなってきた。
それでも多少は口を動かしていないと、オレは気が気でいられない。
この世界における賢者が何かを知っておきながら、己の判断一つで妻と娘をその道に走らせたのだ。
その責任から逃げるつもりは無いが、向き合うにはまだ時間が必要だった。
……いや、これが逃げるということなのかもしれない。
いずれにせよ、今はやるべきことをしなければ。
でないと、今にも自分をボロボロになるまで痛めつけてしまいそうで……このような自己満足に走るのだけは、まだ耐えなければいけない。
「おやまぁ、これまたすごいことになってますねぇ」
「――誰だ!」
そんな折、ファメールへ続く林道の方から声が聞こえてきた。
「おっと私ですよ旦那」
「んっ……なんだ、アリィじゃねえか」
町では屋敷の方からすごい音がして、何か大きな影が飛んで行ったという噂が至る所で流れている。
だが実際にこの場まで足を運ぶという奴は早々いない。
町からは結構な距離を歩く必要があるし、その道も木々で囲まれていて、有事の際はあまり通りたくはないだろう。それにオレが初日の内に町へ出て、無事だということも既に住民には知れているし、わざわざ来る意味なんてないはずなんだが……。
「どうしたよ、こんなとこまで」
「噂が気になって様子を見に」
「……好奇心旺盛なこって」
「誉め言葉と受け取っておきましょう。それよりどうかしたんです? 瓦礫なんか漁って。探し物ですか?」
「まあ、そんなとこだ―――」
そんなとこだが、気にするな。
そう言おうとしたところで、オレのズルい脳みそが待ったをかけてきた。
今は人手が足りない。
どうせこんなところまで来るんなら暇してそうだし、探すのを手伝ってもらおうかと。
ただでさえ賢者の件で罪悪感を感じているところに、アリィまで巻き込もうとする自身の頭が憎たらしい。
声に出しそうになったところでブンブンと首を横に振り、ズルい考えを吹っ飛ばそうと頑張った。
「ゴホン……そんなとこだが、気にするな」
「手伝いましょうか?」
「えっ?」
や、やめろ!
オレを誘惑するな!
「旦那たちにはお世話になってますし、人手足りてなさそうじゃないですか。それくらいお安い御用ですよ!」
「……じゃ、じゃあ」
「義父さん!?」
負けた。
あっさりと。
こんな自分が情けねえ。
断るだろうとみていたらしいファルも、まさかの返事に驚愕を顔全体で表していた。
これ以降ズルい方の考えにシフトされた頭は、問い詰めようとしてくるファルをカードを探すだけだからと言って無理やり言いくるめ、四時間ほど捜索に励んだ。
そして、ついに――。
「見つけましたー! これじゃないですか!?」
「おお!」
「それです! ありがとうございます!」
アリィがオレとファルにも見えるようにと、カードを空高く掲げてみせた。
間違いなくオレたちが探していたものだということは、おかげさまで一目でわかった。
同時にホッとしたのか、膝の力が抜け、オレはその場にへたり込んでしまった。
「見たことない札ですね? 何か彫り込んでありますが……ラメール・ソル・クラウディア? クラウディアって隣国の――」
――トゥルルルルルル!!!
「わぁっ!?」
「「ああぁーッ!?」」
アリィがカードの文字をスーッと指でなぞりながら、それを声に出した直後。
明らかに聞き覚えのある発信音が、瓦礫の山に鳴り響いた。
「――もしもしエルナさん!? エルナさんかい!?」
「へっ!? エルナちゃん!? 違います! あなた誰ですか!! ――って、どこから!?」
「……君こそ、一体誰だい?」
間違いなく、クラウディア卿の声がカードから聞こえてきた。
……なんてこったい。
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