5:34「ひどいありさま」

「と、義父さんどうするんですか!」

「どうするも何も……ど、どーしよファル……」


 想定外の事態――いや、半分自業自得みたいなものではあるが。

 何で繋がっちまったんだ!?

 まさか壊れちまったとか……とりあえず何とかして誤魔化さねえと。


「あや? もしかしてこの札から声がしてるですか! 不思議ですねぇ」

「誰だと聞いている! そのカードはエルナさんに渡したものだ! 使えない状態だと聞いていたが、まさか盗人が――」

「人聞きの悪いこと言わないでください! 私はエルナちゃんのお友達ですぅー! ――って、なんか聞き覚えがある気がしますね……その声……もしやラッくんです?」

「え? あ、アーちゃん……なのかい?」


「「……は?」」


 お、おいちょっと待て

 どういうこった?

 ラッくん? アーちゃん?

 まさかこの二人、知り合いだってのか?


「お、おいアリィ! 一体どういうこった!? クラウディア卿と知り合いなのか?」

「ム! 英雄殿もいるのかい?」

「あ、ハイ。私はこの札を探すのを手伝ってたんです。えっと、ラッくんとは幼馴染でして……そんなに数会ってたわけじゃないんですけど」


 なんでもアリィのやつは、幼い頃に故郷であるネリアでクラウディア卿と出会っていたらしい。

 彼の父親とアリィの母親には個人的な面識があり、幼少期は年に2,3回ほど顔を合わせていたそうだ。

 クラウディア卿がネリアに別荘を構えたのもその名残なのだとか。


「うちの店で貴族用の商品を扱っているのも、その御縁があってだと母に聞きました。いやはや懐かしいですねぇ」

「時が経つのは早いものさ。しかしまさかアーちゃんが英雄殿やエルナさんと知り合いだったとは……」

「ファメールに住んでますから、これも御縁というやつです! ラッくんこそ、エルナちゃんを口説き落とそうだなんて100年は早いんじゃないですか? まあ、もうムリですけど……プークスクス」


 最後の一言だけ小声で話すアリィに、オレとファルは何とも複雑な表情で顔を合わせる。

 確かに無理であることに変わりは無いが、アリィが言っているのは『男に戻ったから』ということだろう。挨拶行ってたしな。

 だが実際はエルナとして――女として生きることを選んだ訳で、しかもご立派なことに恋までしちゃってたわけで。

 そういう意味で完全に脈ナシなのだ。

 ああ憐れなラメール君、おじさんちょっと同情しそう……いや、絶対こんなやつに恵月はやらんが。


「ああ、そうだね、ボクなんかじゃとても釣り合わないと実感させられたよ。そういえばエルナさんはどこだい? さっきカードを探していたとか言っていたけど」

「ん――ッ!」


 同情しそうになっていたところに、これまたクラウディア卿の口からものすごく返答に困る言葉が放たれた。

 修行に向かわせていると言えば済む話ではあるのだが、ここにはアリィがいる以上、下手なことを言って刺激するわけにはいかない。

 何よりグレィがドラゴンだということをこいつは知っている。ロディほどではないが、こいつもかなりキレる方だから、とにかく言葉選びには気をつけないと……。

 あーもう、考えれば考えるほど血の気が引いていく気がしてならん……オレの馬鹿野郎。


「旦那、どうかしました?」

「い、いや……」

「えっと、エルナさんはちょっと事情がありまして今ここには……」

「事情? それは件のドラゴンと関係があること・・・・・・・・・・・・・・なのかい?」

「ばッか!!」


 無知ゆえの過ちか。

 なんの躊躇もなくドラゴンという単語を持ち出してきたクラウディア卿に、一瞬怒りにも似た感情が湧いてきた。

 しかしそれはすぐに焦りと動揺に置換され、俺の額は冷や汗で濡らされていく。

 ちらりとアリィへ目を向けてみると、それはもう真剣そうなご尊顔で……。


「ドラゴン……? ラッくん、それってどういうことですか」

「大丈夫だよ、アーちゃんが心配することじゃない。ボクの領地の問題だからね」

「そういえば旦那の屋敷の方から、すごい音と同時に大きな影が、南に……セレオーネ王国の方に飛んで行ったって……旦那。もしかして執事さんに何かあったんですか」

「ん。アーちゃん、今なんて?」


 ああ、もうだめだ。

 何もかもおしまいだ……オレのせいだ。

 泣きそう。


「義父さん、もう」

「はぁ……どうしてこうオレはいつもいつも……すまねぇ、ファル」


 こうなってしまっては、もう二人にも話さないわけにはいかない。

 クラウディア卿には、ドラゴンの正体がグレィ――かつて決闘をした執事であることを。

 アリィには、グレィがドラゴンになって暴走しちまってることを……そんでもって恵月のことも。

 そして彼女がすべてを知れば、間違いなく恵月のためにと手を貸してくれるだろう。ロディほどではないが、こいつも相当恵月のことを可愛がってくれてるしな。

 だからこそ巻き込みたくはなかったんだが……それもこれも自業自得か。

 ならせめて、命だけはオレが保証してやらねえとな……。


 へなってる場合じゃない。

 自分にそう言い聞かせ、覚悟を決めた。


「アリィ、お前の想像通りだ。クラウディア卿にも聞いてほしい……ありのままを、お前たちに全部話そう」



 * * * * * * * * * *



 チリチリチリと、幻想的な祠に不相応なか細い煙が上がる。

 メラメラと燃えていくライムグリーンの毛束を見ていると、そこはかとなく切ない気分にさせられた。


「どう? 母さん」

「ダメねぇ、うんともすんとも言わないわぁ」


 石碑を解読するため、俺と母さんは色々なことを試してみた。

 石碑のどこかに隠されたスイッチとかないか探してみたり。

 ヒントが隠されていないか祠中を探し回ってみたり。

 その辺に咲いてる花を使ってみたり。

 石碑をあぶってみたり。

 風の魔法で斬ってみたり(斬れなかったが)。

 頑張ってエルフ文字との共通点がないか探してみたり。

 俺と母さんの髪の毛を贄に捧げて見たり。


 結局どれも失敗に終わり、未だ進展はゼロ。

 解読のかのkの字も見えやしない。


「面白いことするねぇ。流石に髪の毛燃やすのは思いつかないわ。プククク……」

「これアリュシナ、真面目にやっとろうに笑うのは失礼じゃろう……ふふ」

「笑ってんじゃないですか二人ともぉ!!」

「あらあらぁ」


 実に不愉快だ!

 あれか? テストの珍回答みたいなもんか?

 そういうことなのか! だったら仕方ないかもしれないけどさ!

 監督する立場上、答えは知ってるだろうし余計にそう思っちゃうのかもしれないけどさあ!

 制限はないって言ったじゃん? 何でもしていいってことじゃん?

 ノーヒントの状態から頑張ってるのにそれを笑うのはやっぱり――


「……ん?」

「エルちゃん?」


 制限はない――それって要は、解読できればなんでもいいってことだよね。

 ってことは、『答えを知っているだろう人に聞く』ということも許されるのでは?

 ……い、いやいや流石にそれは反則では。

 でも一刻を争う状況なのも確かだし……試してみる?


「シーナさん、答え教えてください」

「クク……ふっ!? ふあっはははははははははははははは!!」

「エルちゃん、流石にそれは……ふふっ」


 そりゃ笑うわな!?

 うん、その笑いは俺も正しいと思うよ!?

 めっちゃハズカシイわ!


「ハハハハハァ……あーもう、そう来たかぁ。いいよ」

「  」


 ――えっ!?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る