5:29「頭痛」

 翌日、午後二時ごろ。

 ラメールから連絡があり、偵察部隊が持ち帰った情報を知らされた。

 グレィと思われるドラゴンは、ラメールが住むセレオーネ北部の町『ノースファルム』からさらに北西にある岩山で眠りについていたと言う。

 しかしどうにも落ち着きが無い様子で、時折うなされては尻尾を振り回し、周りの岩を破壊しては咆哮を上げ、頭を押さえつけながら眠りにつく。

 大体1、2時間ごとにこれを繰り返しているのだとか。

 そして偵察を続けて数時間が経った頃――部隊がグレィに見つかり、襲われたらしい。

 命からがらに撤退し、幸い死者は出なかったそうだが……俺はその報告を受け、あることを思い出した。


 グレィがいなくなる前……彼は時折頭を抱えていた。

 彼自身は死んだときの名残だとか言っていたが、それとこれが無関係であるとは思えなかったのだ。

 だがそれを確信に変えるのにはまだ情報が足りない。

 そこで俺たちは、さらなる情報を得るため、そしてラメールたちが下手に手出しをしないようにコントロールするため、あることを提案した。


 それは、ミァさんを俺たちの使者として、ノースファルムへ遣わせること。


 ラメールはこれに快く賛成してくれたので、早速準備に取り掛かった。

 そうして一時間弱。

 最低限の食料と金、そして親父が親書の準備を済ませると、それらをまとめたリュックサックをミァさんに手渡す。


 子供たちが何々と興味を示している中、孤児院の裏口まで出てきた俺たちは、ミァさんを送り出そうとしていた。


「じゃあ。よろしく頼むぜ、ミァ」

「ミー君、気を付けてね」

「はい。お任せください」


 親父と母さんの言葉に、ミァさんはリュックサックを背負いながら笑顔でそう答えた。

 ファメールで馬車を手配し、ノースファルムまで一週間。

 たどり着いたら【念話テレパシー】のカードで連絡をする手はずとなっている。

 それまでラメールには引き続きグレィを見張ってもらい、逐一情報を共有する。

 本当ならこれも俺が赴きたいところではあるが、今回ばかりはミァさんが適任であるが故仕方がない。

 俺は皆より一歩前に出ると、ミァさんの手を握った。


「――っ! お、お嬢様?」

「グレィのこと……お願い」


 頬を赤くしたミァさんに、俺は確かな声で告げる。

 これにミァさんはどこか複雑な笑みを浮かべながらも、俺の手をぎゅっと握り返してきた。


「お任せください。お嬢様の笑顔を見るためならば、ミァ・ジェイアントは必ずお役目を果たしてみせます……お嬢様も、お辛いとは思いますが、頑張ってください」

「うん。頑張る」


 ミァさんの言葉に俺も小さく笑みを返し、彼の手を放す。

 これからさらに一週間。

 俺にできることは、未だ待つことだけ。

 何もできない自分に怒りさえ湧いてくるが、その感情はぐっと押し込む。

 来たる未来が、確かなものであるようにと……ただただ切に願いながら、小さくも頼もしい背中を見送った。



 * * * * * * * * * *





 ――頭が痛い。





 前も後ろも分からない、真っ暗な世界で蹲り、歯を食いしばる。

 此処が我の精神世界であることだけは確かにわかる。だが我が目を覚ました時、本来ならば真っ白な空間であるこの世界は、何もかも閉ざされてしまったかのような、黒一色に染まっていた。


 覚えているのは、この精神世界で目覚める前――屋敷を破壊しながら、体が竜化していったところまで。

 それから先は体が一切の言う事を聞かず、我の意思はこの場所に閉じ込められてしまった。

 体が今どのような状態にあるのかすらも分からない。

 ひたすらに続く頭痛の中で、我はただ、お嬢――恵月が無事であるのかだけが気になって仕方がなかった。


「はぁ……はぁ……どうにか、して……体を――グァッ!」


 体の制御を取り戻す。

 そう考えるだけでも、頭が焼けるように痛む。

 前回死んだときの〝お仕置き〟に比べればまだ耐えられるものではあるが、精神体であるこの体は膝を上げることさえできなくなってしまう。

 まるで精神を根こそぎ縛られているかのように……今の我は、何をすることも許されない状態にあった。


 ……何故このようなことになってしまったのか。

 竜化した体がどうなっているのかはわからないが、竜化した原因には一つだけ心当たりがある。


「この、頭痛……これは、生き返った時の名残なんかではない……これは――アガアァッ!! ……ゼェ……ハァ……」


 これはあの時、あのヤマダとかいういけ好かない野郎とその手下。奴らとやり合ったときに受けた傷が原因だ。

 お嬢を守るために庇い、受けた……あの〝矢〟。

 おそらくだが、そこに塗ってあったのは麻痺毒ではない。

 正確には、麻痺毒であって麻痺毒ではない物。


 ――我々竜族の血を増強させる劇薬だ。

 小量ならその名の通り力を底上げすることができるが、少し増やせば一時的な筋肉の痙攣を引き起こし、麻痺毒に見せることもできる。

 そして大量に投与すれば、強制的に竜化させることもできる(ただし暴走するが)。

 竜族以外の者に大量に投与すれば、その大きすぎる力に耐えきれず、体を爆散させることさえも可能な恐ろしい薬だ。

 もっとも上位の竜族ほどその耐性も高いため、最上位種である我に効果は薄い。


 が……我はそんな中でも、一種のイレギュラーに該当する個体だ。

 あの戦闘から昨日まで、徐々に頭痛の頻度が上がっていた。

 そしてそれは、この一週間の間で加速度的に回数を増やしていたのだ。

 ……お嬢が元の体を取り戻した、その時から。


 これも推測でしかないが、何かの拍子に呪いが不安定になり、じわじわと効力を発揮してきた薬が悪さをしでかした。

 そしてまた何か、恵月に大きな変化があったその時……我の体は強制的に竜化し、暴走してしまったのではないだろうか。


「しかし、分かってもどうしようも――ぅガあああああああああああ!! がアっ! ああぁあ!! アアアアアアァアアァァァ!!」


 脳みそを茨で締め付けられるかのような、耐えがたい痛みが頭を貫いて行く。

 一回。

 二回。

 三回。

 四回目が来る頃には涙が頬を濡らし、開ききった顎はがくがくと震え、見開いた目は完全に白目をむいた。


「ア……ぁ……お、じょぉ……」





 たす……け、て……――――。





 片手で頭を押さえ、もう片手は何かにすがるかのように天へ伸ばし。

 背中は漆黒の床に任せたまま――我は再び、その意識を手放した。

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