5:30「報告と対策」

 一週間後。

 セレオーネ王国・クラウディア伯爵領『ノースファルム』


「初めまして……ではないのだったかな。君たちには申し訳ないことをした。改めて謝罪と歓迎を――ミァ・ジェイアント殿」

「ありがとうございます。ですがお構いなく。エルナお嬢様は貴方のことをお許しになられています。それ以上のお気遣いは無用ですよ」


 何事もなく、無事ラメール伯爵邸にたどり着いた私は、彼の案内を受けるまま屋敷の中へ足を踏み入れました。

 立派な女神像が飾られた玄関を抜け、華やかな装飾の施された廊下を少し歩くと、グース文字で『応接間』と書かれた看板のある部屋へとたどり着きます。


「こちらへ。適当に掛けてくれたまえ」

「はい」


 一礼を挟み部屋に入ると、二メートル弱ほどの長テーブルの前後を囲むように、高級感のある黒革のソファが設置されていました。

 私がその下座に腰かけると、ラメール拍はやれやれと小さく呟いてから私の前に腰を下ろします。

 彼のつぶやきは常人では聞こえない声量でしたが、生憎私の耳をごまかすことはできません。何か不服だったのでしょうか。


「流石はメイド、と言ったところなのかな……堅苦しいのは苦手なのだが」

「……?」

「ああ、すまない。こっちの話だよ。腰掛けてもらってなんだが、一度あの窓の外を見てもらえるかな」

「はい……構いませんが」


 何か見せたいものでもあるのでしょうか。

 言われた通りに席を立ち、部屋の奥に備えられている窓へ顔をのぞかせます。


「見えるかな。あの岩山が」

「! はい……私が見ているもので間違いなければ、確かに」


 そこに見えたのは、町を取り囲む塀の更に先――数キロほどに聳え立つ、大きな岩山。

 しかしその山は、誰から見ても自然体とは思えない姿でした。

 中腹から山頂までおそらく数百メートル程でしょうか……その部分が半円上に大きくえぐれており、跡形もなくなっていたのです。


「あれは三日ほど前、彼のドラゴンが咆哮を上げた直後にできたものだ」

「な……!」

「すぐに調査へ向かわせたがね、向かった三人のうち一人は帰ってこなかったよ」

「グレィさんが……」

「グレィ?」

「いえ、何でもありません……お気になさらず」

「そうかい? では話を続けるよ」


 その後のラメール拍の話によると、グレィさんは岩山の上に不可視化を有する円形結界を張り、その中に閉じこもっているようです。

 なので実際には岩山はえぐれているのではなく、結界の中に取り込まれ見えなくなっているだけなのだとか。これは一人が結界の中に踏み入れたことで明らかになったとの事でした。

 しかしその一人以降は外から結界内に入ることは叶わず。

 中から出てくる気配もなく、救出をあきらめた二人は周辺を調査。すると結界を取り囲む四方に一つずつ、黒い渦のようなものが現れていたとの報告があったそうです。


「黒い渦……それは確かなんですね」

「ああ。何かまでは分からないが、結界を解くための手掛かりではないかと思う。何か心当たりでもあるのかい?」

「……少々、覚えはあります。恐らくですが、渦の先は異空間に繋がっているのでしょう」

「なんだって?」


 当時――討伐隊の時とは少々異なりますが、幻獣の住まう異空間へつながっているのではないかと、私はラメール拍へ伝えました。

 そこで私とファル坊ちゃんは竜化の魔法を受け、グレィさんに取り込まれかけたのです。

 ほぼ不意打ちのような状況だったとはいえ、正直あれは失態も失態……あまり口外したくはない事でしたが、恐らく四つの渦の先で幻獣を倒さなければ、結界は解かれないのでしょうし……致し方ありません。

 当時のことをありのまま説明すると、ラメール拍は苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべながら口を開きます。


「一歩間違えばドラゴンを更に強くしてしまう。か……下手に援軍も呼べないと言う事じゃないか。結界を破った後に突撃という手もあるが」

「どの道難しいでしょう。岩山という立地上、大人数での進行は的を作るようなものです」

「少数精鋭で挑むしかない、か」

「ご安心を。そのために私が来たのですよ」

「それは、確かに心強いな」


 本心から言っているのでしょうが、ラメール拍の表情は依然曇ったままです。

 相手が相手ですから、無理もないのでしょうが……キョウスケ様のことを過小評価されているような気がして、ほんの少しだけ頭にきました。ほんの少しですが。

 ……っと、キョウスケ様と言えば、ひとつやらなければならないことがありましたね。


「ラメール拍、少しよろしいでしょうか」

「ム……なんだい?」

「到着した旨の連絡をまだしておりませんでしたので、カードをお借りしても」

「ああ、そうだったね。これは度々すまないことをしてしまった」

「いえ、お気になさらず……ちなみに先ほどの情報は、既に皆様にもお知らせになられたのでしょうか」

「そこは抜かりないよ。安心してくれたまえ」


 この質問は流石に少々無礼だったでしょうか。

 しかしこれで情報のすり合わせを幾ばくか省くことができます

 ラメール拍が取り出したカードを一言断ってから受け取ると、早速シスターマレンのカードへ向けて【念話テレパシー】を発信しました。



 * * * * * * * * * *



「ミァ、無事か!」


 マレンからカードを受け取るや否や、オレはミァの安否を確認せんと声を上げた。


「その声はキョウスケ様ですね! はい、無事ノースファルムまでたどり着き、先ほどラメール拍より情報をいただいたところです」

「そうか……ってこたあ! 大体どうすりゃいいかは把握してるってことだな?」

「はい」


 それなら話が早い。

 結界やら幻獣やらのことを一々説明せずに済むとなれば、それだけ次の仕事に当てられる時間も増える。

 知らせておかないといけないこともあるしな。

 オレは少し呼吸を整えると、頭の中を整理しながら要点を口に出し始めた。


「話を聞く限りじゃ、ヤツは今暴走状態にあると思う。そんでもってこれは憶測でしかねえんだが、コロセウムの時よりもはるかに強いんじゃねえかとオレは踏んでる。このまま突っ込んでいって仮に結界を解けたとしても、連れ帰るどころか返り討ちになってお終いだ」

「……やはり、ですか」

「ああ。だが悲観することはねえ。力が足りないなら、足りるまで修行すればいいだけだろ?」

「それはそうですが……何か考えがおありなのでしょうか」

「まぁな」


 本当に、ほとんどはオレの勘でしかなかったが、ミァも同じように思っていたらしい。

 まあ、現地に行ってもらったとはいえ、本当にそうなのかは状況からして調べようがないんだが。

 つまりだ、相手の戦闘力は完全に未知数。

 小数精鋭……しかも多方面に悟られないようにとなると、どうしても身内から選出するしかない。

 本当だったら絶対にそんな戦い乗りこみたくねえところだ。くそったれ。


 ……が、今回に限って言えば、何も戦闘に勝利することだけが勝つ方法には成りえない。むしろそれが敗北を意味するかもしれないくらいだ。

 目的はただ一つ。

 暴走しているだろうグレィを止め、正気に戻させること。

 それには幻獣との戦闘はまず避けられないだろうが、グレィと戦う必要はない。

 正気を取り戻す……そのためにあいつの精神に語りかけられる奴が、こちら側に一人だけいるからだ。

 もとよりそうしないと、この戦は勝てそうにない。


 ゴールにたどり着くために必要なこと。

 そのために――


「ロディと恵月をルーイエに向かわせた」

「お二人を……ですか?」

「ああ、まだ大分早いとは思うがな……背に腹は代えられねえ」


 オレはファルと修行をすればいい。

 ミァに至ってはこれ以上はいらないだろう。表だっては言わないが、マ素汚染の影響で、今のあいつはの戦闘力は計り知れないほど高くなっている。

 既に常人では成しえない領域に達している上、これ以上何かないとも限らない。

 だからミァには監視を続けてもらう。


 問題は恵月だ。

 事が事だけに、不本意だが絶対に連れて行かなければならない。

 ロディはロディで、恵月のことを心配して付いてくる気満々だ。

 だがこれから先、以前身に着けた護身術だけでどうにかなるとは限らない。

 そこでオレは、二人にさらなる力をつけてもらうべく、再びルーイエの里へ向かってもらったのだ。


「二人には『賢者の試練』を受けてもらう」


 ――すべては家族全員、笑ってウチに帰るために。

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