5:7 「笑えぬ失態」
「お嬢、危ない!」
「ヴオッ!」
グレィの叫びが聞こえてくると同時に、後ろから襟をぐっと引っ張られた。
それによって首が絞まり、反射的に襟元へ手を持っていく。
体がすぐ後ろにいる二人――ののとグレィの隣へ移動し、尻もちをつくと同じくして首も開放された。
「ごほっがはっ な、なに急に!」
「お嬢、下がってろ」
「だから何故――」
「……どらごんさんの匂い」
「――え?」
ドラゴンの匂い。
ののがそう小さくつぶやいた。
見ると、二人とも先ほどまでのほんわかムード(?)など一切感じられないほど表情が険しく変わっている。
ののはそれほど険しいという訳でもないが、そう思えるほどの温度差が、先の言葉から感じられた。
「おや、バレてら。いい鼻をお持ちで」
「お嬢が頭を下げた瞬間まで気が付かなかったがな……貴様、『里』では影が薄いとか特徴が無いとか言われてるんじゃないか?」
「ど、どういうこと……?」
「よくない匂い」
里?
良くない匂い?
この紳士な人がドラゴンだと言うことだけでも信じがたいというのに、ぺらぺらと話を進められてはついていけない。
しかし疑問符を浮かべてばかりで俺が下がろうとしなかったからだろうか。
詳しく話しを聞こうとしたところで、グレィが俺の前に立ち、それ以上は近づか千として見せる。
「いや、だから話を」
「お嬢、おそらくこいつはテ族の里から来たヤツだ」
「……は!?」
「それによくよく意識を向けてみれば、まだいるな。九……いや、十人と言ったところか。まるで我々を待ち構えているような布陣だ」
「おっと、それ以上はここではマズイ。場所を変えようじゃないですか」
くいっと、男性が親指を立てて小さな路地へ来いと示す。
俺はグレィの顔を窺うように目を向けると、コクリと頷いて返事を返してくる。
逆らうなということだろう。竜族の里は隠れ里。その里が比較的近くにあり、人通りも多いこの場で、そこに関係のある話をするわけにはいかないということか。
俺はひとりで行ってしまわぬようにののの手を取ると、竜族の男性の後をついて行くことにした。
「この辺なら大丈夫ですかね」
路地裏も路地裏。
ほとんど日も差さないような薄暗いその場所へ来て、足を止めた男性がこちらへ振り返る。
「さて、申し遅れましたが私はヤマダ。察しの通り、テ族の里からグラドーランを捕らえに来ました」
「随分と潔いな」
「バレているのに、隠す意味もないでしょう」
ヤマダと名乗った男性が、やれやれとため息をこぼしながら言った。
グレィを捕らえに来たということは、少なくとも俺たちが里へ向かっているだけでなく、この町へ寄ることもわかっていたということを意味する。
補給のために立ち寄ること自体は安易に予想できるが、そもそもこの外出はオミワラ家の人間とオルディ国王しか知らないはず。
少し冷静にそのことを思い浮かべてみると、彼らの情報網に恐怖にも似た感情を覚える。
「見えはしないが……囲まれたな」
「今、おのもってない」
「のの、残念そうにしないで……」
ののものので怖いな!?
確かに構えた方がよさそうな状況ではあるけど!
これからこの人たちの秘薬もらいに行こうってんだよ?
もうちょっと穏便に済まそう?
……そう、できるだけ穏便に。
「グレィ、ヤマダさんと話したい。前どいて」
「し……、わかった」
いつもなら「しかし」と食い掛って来るところだった。きっと今もそうしようとしたのだとおもう。
しかしこういう時の俺は引かないと、いい加減学んだということなのか……少し躊躇いを見せた後、グレィは俺に前を譲ってくれた。
ヤマダの前に立ち口を開く前に、少し頭を集中させた。
冷静になるため、そしてこれから言うことを、前もって整理しておくためだ。
グレィを捕らえに来たということは、危害を加える可能性はあっても殺す気は無いということ。
きっとそう命じられているのだろう。
ということはだ、やり方次第では無傷でこの場を切り抜け、上手くいけば族長――グレィの父親に謁見する機会を得ることも出来るかもしれない。
そう、無駄な争いは絶対に起こさせない。
起こしちゃいけない。
なにより、今は親父がいない分戦力に乏しい。ののはオノを宿に置いてきてしまったし、俺に至っては今の精神状況で魔法をうまく扱えるかがわからない。二週間前よりはまだ落ち着いているが、あれから一度も魔法を使っていない。それゆえ扱えたとして、コントロールができるかどうかも分からないのだ。
グレィの言う通りなら、今俺たちは十人の竜族に囲まれている。戦闘になればまず間違いなく、俺とののはタダでは済まないだろう。
先の理由もあるが、もっと大事なことがある……グレィの命は保障されていても、俺たちまでそうとは限らない。
下手に刺激したら殺されてしまう可能性もあるのだ。
だからこそ冷静に……そう、まずは挨拶から。
「私はエルナです。グレ……グラドーランの主と言えばわかりますか」
「主? ……どういうことでしょう」
「ふぇっ?」
どういうことでしょう、だと?
リヴィアの時を思い出し、一発で伝わるであろう表現を選んだつもりなのだが、まさか知らないと!?
だってほら、一族間で情報共有できるんでしょ!?
だったら知っていてもいいんじゃ……?
完全に出ばなをくじかれた。どう説明したらいいものか?
そう思ったところに、グレィがそっと耳元に囁いてきた。
「お嬢。念話は顔が分からないとダメなんだ。父上も一族全員の顔を完全に把握しているわけではない。それにおそらく、あの話は父上の身内しか知らないのだと思う」
「あっ、そういう……って、俺。もしかしてヤバいこと口走った?」
「えるにゃん、どじっこ?」
両手で口を押えると共に、頭に嫌な予感が駆け抜けて行った。
そしてこれも非常に嫌なことなのだが、俺の嫌な予感は的中率が高すぎる。
視線を前に戻してみると、目の前で佇むヤマダは顔を俯かせ、握りしめた拳を小刻みに震わせていた。
……うん、これはダメなヤツ。
「エルフ如きがぁ、竜族を従えているというのですかァ……?」
「ひっ!?」
「ッ……!」
危険を感じたためか、グレィが再度俺の前に割って入ってきた。
ギラリと俺を睨みつけてくる目……先ほどまでは何の特徴も感じられなかった青年の目元は、堀深く怒りに満ちたものへと変貌している。
眉間には深くしわが寄り、おでこに浮き出た血管は今にもはちきれてしまいそうだ。
完全にキレていらっしゃる。
「先程といい今といい、どうやら本当のようだ。追放されたとはいえ、貴方は本来王の器なのですよォ? それがァ? 千年程度の寿命で鼻を長くしているエルフの下僕に成り下がるですってェ? 黙って見過ごすわけにはいきませんよねェ?」
「……ヤバいな」
「ぜったいぜつめー!」
絶体絶命……まさに、言う通りだろう。
どうしようどうしようと思いつつも、初っ端から最悪のミスを犯してしまった俺の頭は、もはや正常に働いていない。
前に立つグレィの袖をぎゅっと掴み、歯を食いしばる。
少しでも冷静に、どうにかしてこの状況を瓦解しなければ――が。
「せめて族長様に一目だけでも、生きている姿をお見せしたかったのですが……どうやらそれは叶いそうにありません」
「なっ!?」
テンパっていた俺の脳味噌は、ヤマダが発した言葉を瞬時に理解してしまった。
どうしよう、何とかしなければ――それだけを必死に追い求めていただけに、どうしようもないことが理解できてしまった。
絶望の二文字と共に、額に噴き出す汗の感覚が、俺の体から体温を奪っていく。
「予定変更デス。こんな情けのない息子を生かしてお見せするわけにはいかないですからネェ。秘密保持のため、エルフと人間のガキも――まとめて殺す」
ヤマダはサッと右手を上げると、声高らかに皆殺しを宣言した。
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