5:8 「終戦の開戦」
「おにーさんイケメンだねぇ! 今夜うち泊まってかないかい?」
「ソイツは光栄だ! だが申し訳ねえ、そんなことしたら嫁にどやされ……いや、下手したら殺されちまう」
「おっと残念、それじゃあ仕方ないねぇ。代わりにおまけ持っていきな!」
「じゃあ、遠慮なく。ありがとよ!」
「また来ておくれよぉー!」
少し……いや、かなりふくよかな乾物屋のおばちゃんに別れを告げる。
いやまあ、ふくよかと言っても
獣人には耳と尻尾以外人間と見た目が変わらないヤツと、全身獣のヤツとの二種類がいる。今のおばちゃんは後者だったというわけだ。
「生憎オレにそっちの気はないんでなぁ……そういうのなんて言うんだっけ。ケモ……なんとか?」
おまけにもらったスルメを口に咥えながら、荷車を引くオレはそんな他愛もないことを考える。
元の世界で恵月が口にしていた――もう二十五年も前の事であるが故、記憶が定かではない。
確か『ケモ』がつく言葉だった。そんな気がする。
「後で恵月に聞く……ほどのことでもないか。いやでも気になる……なんとなく……けも、けも……ウマいな、このスルメ」
酒が欲しくなってくる。
ケモなんとかも気になるところだが、少し寄り道してみるか?
「つってもそんなに要らねえんだよなぁ……恵月とのーのちゃんは飲めねえし、グレィも飲むか分から――――いや、あいつもダメか」
明日からの飛行も万全を期しておきたい。
下手に飲まして支障が出たら大変だ。
それにあれだ、酔った勢いで恵月やのーのちゃんに手を出しでもしたら……。
ロディとミァに殺される。オレもろとも。
…………ぶるっ。
全身に寒気が走った。
あいつらを本気で怒らせたらマジでヤバい。
母は強しと言うが、母とメイドはもっと強しだ。
きっと骨も残さず消されちまう。
「か、考えるだけでも死ぬかと思った……。もうちっと買い付けたら大人しく帰るか」
先の乾物屋では、ドライフルーツと干し肉を買い込んだ。
ひとまず後は水とパンを仕入れておきたい。
まだまだ旅路は中腹。
これから何が起こらないとも限らないし、こういう時量を気にせずに備えられるのは中々ありがたい。
荷運びをするグレィには悪いが、子供たちがいる以上背に腹は代えられん。食料は持てるだけ持っていくことにしている。
「気を取り直して。だな――――ん?」
もうひと踏ん張りと、荷車を引く手に力を入れようとした時。
屋台の並ぶこの通りの一画に、何やら気になるものが目についた。
人通りも多く、そうそう一個人が目に留まることは無いのだが、明らかに他の人々とは違う動きをしていたそれを、オレの目は捕らえて放さなかった。
一見何の特徴もない、どこにでもいそうな一般人なのだが、人目を気にするように小さな路地へと入っていくその姿は、否が応にも目立って見える。
そしてその後ろをついて行くのは、見慣れた金髪と緑髪……そしてここからは見えないが、おそらく桃髪も。
「……恵月?」
* * * * * * * * * *
ヤマダが皆殺しの宣言と共に右手を上げると、俺たちの前と後ろを取り囲むようにして十人の人影が飛び降りて来た。
狭い路地裏であるが故、横に逃げ道はない。
完全に退路を断たれ、体から血の気が引いていく。
「どらごんさんの匂い……いっぱい」
「グレィ……」
心臓の鼓動が速くなり、噴き出す汗の量も増えていく。
震える体をいなそうとして、グレィの袖を掴む手が力んでしまう。
これではグレィが思うように動けない。
振りほどくこと自体は簡単だろうが、グレィがそうしないのは分かっている。
死にたくなければ……抵抗したければ、この手は離さなければならない、
しかしそう思えば思うほど、俺の手には力が篭っていた。
まるで俺自身の意に反して、体がグレィから離れたくないと言っているかのように。
最期の時を、彼と共に居たいと言っているかのように。
「お嬢」
「――んっ!?」
「おー」
何が起きた!?
急に目の前が暗く――って、この感触は?
背中に感じる圧迫感に、顔に触れている繊維の感触。
何かに押し付けられている?
いや、もしかして俺、抱かれてる……のか!?
「な……な……!?」
なんか顔が熱く……めっちゃ恥ずかしい!
ていうか、敵さんの前で何やってんの!?
正気ですか!?
いや、正気だったらこんなことしないだろ!
つ、突き放さないと――
「大丈夫だ」
「……え? え?」
突き放そうとした瞬間、グレィが優しい声でそっと俺に言い聞かせてきた。
これから死ぬかもしれないというときに、グレィ自身でさえもそれを覚悟しただろうに。
開き直ったのか?
いや、でも――。
「何イチャついてんですかァ!!」
グレィの言葉が理解できないまま、奥の方からヤマダの怒鳴り声が聞こえてくる。
そのすぐあとに、俺の後ろから地面を蹴る音。
ヤマダが攻撃を命じたのだろう。
こうなってしまってはもう後も長くない。
グレィを突き放そうにも、強く抱き寄せられているせいでそもそもビクともしない。
それに動く様子すらも無いようだし……まさかとは思うが、心中するつもりではなかろうな!?
流石にそればかりは冗談じゃない!
心の中で叫び、無駄だと分かっていながらも解放されようと足掻こうとした――その時。
「のーの嬢!」
「とーうっ!」
グレィとののの掛け声。
そして何かが壁に叩きつけられるような、痛々しい衝撃音が耳に響いた。
「何ッ!?」
ヤマダのこの感じは、動揺?
ということは、今のは敵が壁に叩きつけられたのか?
如何せん視界が不自由でこの場がどうなっているのかすらも正確には分からない。
しかしそうなのだとすれば、今のはグレィの指示でののが襲い掛かってきたやつに反撃したということになる。
しかし抵抗するのはいいが、なぜ俺を抱き寄せて離さないのか。
以前グレィの意図が見えずにいると、いつの間にか俺を抱く手の力が緩んでいることに気が付いた。
どういうことかわからず、そっとグレィの顔色をうかがってみると、グレィはののに何かを伝えようとしているところだった。
「十五……いや、二十秒。いけるか」
「おまかせ!」
「なっ。グ、グレィ? 何を……」
「お嬢、許可が欲しい」
「は?」
この期に及んで……一体何の許可を求めていると?
驚愕と疑問を目一杯顔に出して見せる。
しかしグレィは眉間にしわを寄せ、怒りすらも感じさせる目を敵に向けながら、その言葉を口にした。
「奴らを殺す……その許可だ」
奴らを殺す。
はっきりと、確かにそう言った。決して冗談じゃない――本気で殺すつもりだということも、その表情から理解することができた。
正確には、殺すつもりでかからなければこちらが死ぬ……と言うことだろう。
そもそも敵さんは誰かさんのせいで殺す気満々なんだ。
当たり前と言えば当たり前と言える。
「…………勝算は、あるの?」
「――――必ず」
短く、先よりもさらに鋭い眼力で以てかえってきた返事。
ここまで言っているのであれば、もはや断る理由もなし……か。
どのみち生き残るためには、ここでグレィに暴れてもらうほか道はない。
見たくないものを見ることになるかもしれないが……選択肢は、もとより一つだ。
「わかった。でも、やり過ぎないでねんぅっ――!?」
え、は? ……は?
マジで何で!?
何がどうなってその行動に出るの!?
本当に理解できないよ!?
俺が許可をする意の言葉を口にした直後――俺の柔らかな唇が、またしてもグレィの手で奪われてしまった。
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