Chapter5 〝キミと伴にあるために〟

5:1 「訪問者」

 シュの月23日、午後3時半。

 ラメールと別れた日(付き合っていたわけではないが)から、早二週間が過ぎ去ろうとしている。

 この日、俺はファルとグレィの三人でレイグラスに赴き、グレィの経過報告を済ませた後、足早に帰路についていた。

 ファルは今日も今日とてレーラ姫とラブラブデートだと言うことで、帰りの馬車は俺とグレィの二人だけである。


 この一週間ほどでファルの顔付きが何だか明るくなった気がするのだが、もしかしたらこれが関係しているのだろうか。何はともあれ、義兄弟としても、この世界で初めての友人としても、彼が上手くいっているのは嬉しい限りだ。


「お嬢、嬉しそうだな」

「うん。ファルはうまくやれてるんだなーって思うと、なんかね」

「二人の吉報を聞くのも時間の問題……ということか」

「何、もしかしてレーラ姫のことまだ狙ってんの?」

「フフッ……さあ、どうだろうな」

「むぅ、何さその反応」


 顔を向けず、しかし小さく微笑みながら話すグレィに対し、俺は少しばかり頬を膨らませた。


 なんだかムシャクシャする。

 ファルがが明るくなったのと同時に、グレィはどこか悟ったような顔を

良く見せるようになっていた。

 しかしその表情の中には、ぐっと何かを我慢しているのが見え隠れしているような、そんな気がして……それがレーラ姫のことなんじゃないかと思うと、心の奥底がざわつくような、変な気分にさせられる。


「はぁ……ま、それはそれとして。良かったね、里帰りの許可がおりて」

「ああ。これもお嬢のおかげだ」

「それはどうなのかな……」


 グレィの経過報告は、必ず関係者――オミワラ家の人間と、オルディ国王のみで行うようにされている。

 内容自体は呪いや健康状態の確認、彼に関する不穏なウワサが流れていたりしないかなどの簡単なもの。その最後にグレィの里帰りの話をしてみただけなのだが……俺同伴っていうのは、やっぱり大きなところなのだろうか?


「ところで行くのはいいけどさ、グレィって一族からは追放されたも同然でしょ? 大丈夫なの?」

「父上は寛大な方だ。話くらいは聞いてもらえる……と思う」

「さ、先行き不安すぎる」


 いざ行ってみて門前払いされたらどうするつもりなのか!

 そうならなくても、「一族の面汚しめ!」的なノリで俺まで巻き込まれたりしたらどうしてくれるつもりなのか!


 ……マジであり得そうだから怖いんだけど。


「……行くのやめようかな」

「だ、大丈夫だ! 何かあっても、お嬢の身の安全は必ず我が」

「そういう問題じゃなく――」


「お二人とも、そろそろつくでー」


 そうこうしているうちに馬車はファメールの外れの森へ入り、屋敷の門が見えてきていた。

 俺たちは一旦この話は保留にしておき、御者さんにお礼と運賃を渡して馬車を降りる。

 そしていつも通りにドアノブへ手をかけ、中へ入る――と。


「ただいま……て、あれ?」

「おお、帰ったか」

「おっかえり~! ユーがエルナさんだね! ナイストゥーミーチュー!」


 玄関の広間で俺とグレィを迎えたのは、何やら話をしている様子の親父と、怪しげなエナンを深々と被った中性的な少年だった。

 その風貌からして貴族という訳ではなさそうだが、何やら只者ではなさそうな雰囲気を感じさせられる。


「え、ええっと……どなた?」

「おっとソーリーだ。ミーはメメローナ、君の転生を請け負った魔術師さ。キョウスケからはメロンって呼ばれてる」

「いい愛称だろ?」

「いや、それはどうでもいい……って、なんか聞き覚えがあるよう……転生!?」


 今、俺の転生を請け負ったって言ったのか!?

 この少年が!?

 というか、少年でいいんだよな!?


「ビックリした? 無理もないよね。ちゃんと説明するから心配しないでおくれ。そのためにユーを待っていたんだからね」

「え? 待ってた……お、私を?」

「ああ、無理に見繕わなくていいよ。言っただろう? ユーの転生を請け負ったんだ。全部知ってるからノープログレムさあ」


 俺を私に言いなおしたことに対して、だろう。

 ほぼ無意識に、しかし咄嗟に修正してしまったが、言われてみれば確かに。

 俺はにこりと怪し気に微笑みかけてくるメメローナへ頷き返事を返した。


「ウンウン。それじゃキョウスケ」

「分かった。恵月もついてきてくれ」

「あ、うん。えっとグレィは」

「あーっと、グレィはこれから通す部屋の前を守っててくれるか。大事な話をすると思うもんでな」

「大事な話……? まあいいや、お願い」

「わかった。従おう」


 グレィの確認を取り、親父の後をついて行く。

 扉の前を見張らせるほど大事な話とは、一体何なのだろうか。

 わざわざ言うからには、ほかには聞かれたくないようなこと……でも俺を待っていたっていうことは、何か俺にも関係のあることのはず。

 そんな大層なものは皆目見当もつかないのだが……本当に。


 何かあっただろうかと頭を悩ませつつ、俺たちは親父が案内した一階の応接間へグレィを残して入っていく。


 五畳分ほどの小さな部屋。

 テーブルを挟んだ互いのソファに、俺と親父、そしてメメローナが2:1で向かい会うように腰掛ける。

 するとメメローナは、早速とばかりに俺たちの目を見ながら口を開いた。


「さて。ミーが此処に来たってことは。大方どんな話かは分かるよね。ユーノウ?」

「え。ど、どういう」

「転生のことだろう」


 転生のことと聞いて、俺もなるほどと納得の意を示す。

 しかしなんだって今になって来たのだろう?

 そうした俺の疑問を代弁するように、隣に座っている親父が、メメローナの問いに続く言葉を述べた。


「だが二人がこっちに来てからもう大分経つ。今更なんだって言うんだ? メロンには感謝している。何かあったのなら協力を惜しむつもりはないが」

「うーん、何かあったかと言われれば、イェスともノーとも言えるねぇ。協力を仰ぎたいコトも無い訳じゃない。ただ……」

「「ただ?」」


「エルナさん。全てはユーの選択次第さ! アーユーオウケィ?」

「ふぇ? お、俺?」

「ザッツライ! そういう訳だから、もう単刀直入に言わせてもらうよ」


 訳が分からない。

 全く身に覚えがない。

 俺の頭の中は「?」でいっぱいになってしまうが、メメローナはそんなことお構いなし。


 しかし次の瞬間。

 目の前の怪しげな少年の口から放たれる一言によって、俺の頭はそれ以上の……この世界に来てから一番の大混乱を引き起こすことになった。


「エルナさん――いや、。ユーは、元の体に戻りたいかい?」

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