4:22「気休めの外出」

「んぁ……」

「起きたかお嬢。もう昼だぞ」

「おはよ、グレ……ぇ?」


 寝ぼけていたせいか、グレィが言っていたことを理解するのに少し時間がかかった。

 俺には昨日、グレィを外に出して思い悩んでいたところから先の記憶がない。

 つまりそのまま寝てしまった……ということなのだろうが、今俺はベッドの上に横たわっており、掛け布団もしっかりばっちりと身体の上に乗っている。

 気を失う前はベッドの上に座って、壁に寄っかかっていたわけなのだから、寝相だけでこうなったというのも考えにくい。

 体の位置も、壁際から倒れたままという訳ではなさそうだ。

 ということは……。


「いつまで経っても音沙汰がないからと様子を見てみれば、1人ベッドの上で倒れていたんだ。少し驚いたじゃないか」

「あ……えっと、ゴメン。ありがとう」

「まあ、眠れたならいいさ」

「うん……眠れはした、かな」


 いつから寝ていたのかはわからないが、もう昼ということは睡眠時間自体はそれなりに待っているはずだ。

 眠れたかどうかと聞かれれば、眠れてると思う。

 体に疲労感は感じないし。

 ……が。


「でも……やっぱり、今日は動きたくない」

「お嬢……」


 いくら体が万全と言えど、心の方は相変わらずだ。

 本来の予定では、ラメールの告白を断った翌日はあらためてこの町を観光するつもりだった。もちろん彼に見つからないようにではあるが。

 しかし今の不安定な精神状態では、それどころではないだろう。

 時間が解決してくれるものなのかは定かではないが、少なくとも今は何かをするという気分にはなれなかった。


「お嬢、実はひとつ言っていなかったことがある」

「……何?」

「もしかしたら気を悪くするかもしれないのだが、その……分かるんだ。お嬢が今どんな心境なのかは」

「……どういうこと」

「呪いを通じてなんとなくだが、伝わってくるんだ。だから、お嬢が今辛いのはよくわかる。だから――」

「…………」


 辛い……か。

 その程度で済めばいいんだけどな。

 今のを聞く限りでは、本当になんとなく感じる程度なのだろう。

 具体的には何もわからないから、下手に共感もでない。それでも一言断ってこう言ってきたのだから、相当辛そうに見えたんだろう。

 実際メチャクチャ辛いんだけどさ。

 自分を見失うってことが、こんなに辛いだなんて思わなかった。


「……そう」


 でもどうしようもないんだ。

 実のところ、グレィには俺が元々男であることは話していない。

 もうウチに来てからしばらく経つし、なんとなく感付いてたりはするかもしれないが……キスまでした相手が実は男でしただなんて、俺の口から言えるわけがない。

 だからこの気持ちを相談するわけにもいかない。


「………で、何が言いたいのさ」

「気分転換に……行かないか」

「どこに」

「それは、考えてないが……じっとしているよりは、気が進まなくても動いた方がいいと思う」

「むぅ……」


 気分転換か……。

 まあ、言ってることは分からないでもない。

 確かに、ここで1日中布団にくるまっているよりはまだマシだろう。

 それで解決するとは思えないが、気休め程度にはなるかもしれない。


「……わかった、いいよ」

「!」

「でも、その前にシャワー使わせて」

「ああ、待っている」


 こうして俺は一階でシャワーを借りた後、グレィと2人で町に出て行ったのだった。




 * * * * * * * * * *




「……」

「…………」

「………………」

「……………………」


 グレィに唆され外に出てきたはいいものの、俺たちの間に言葉はない。

 俺がそこまで乗り気ではない手前、グレィも声をかけにくいのだろう。

 俺はぼんやりと遠くを見つめながら、グレィに合わせて重い足を動かしているだけだった。


 そういえば、こうしてグレィと2人きりで町を歩くのは初めてのような気がする。

 2人きりで……これ、はたから見たらカップルに見えたりしちゃうのでは。というか昨日ラメールと同じことしてたし、俺が浮気性だとか、変な言いがかり付けられたりしないかな?


「…………」

「お、お嬢? どうした? 急に距離を取って」

「……自己防衛」

「わ、我が何か変なことでもしたか」

「そういう訳じゃないけど……」

「じゃあ」

「3メートル以内立ち入り禁止!」

「なっ!?」


 俺が禁止令を出した瞬間、近づこうとしたグレィが見えない壁にぶち当たり、その額に綺麗なたんこぶが出来上がった。

 少しは慣れたのか、昨日や一昨日に比べたらまだ視線は少ない気がするが、それでもまだ十分に目立つ。これ以上俺の名誉を傷つけないためにも、このくらいは我慢してもらおう。


「――でねぇ、そのエルフの子がまた可愛くって!」

「なぬ、リリェが認めるとはなかなかのもんですね!」


「――ん?」

「お嬢?」


 グレィと距離を置きながら少し歩いたところで、そんな話し声が耳につく。

 なんだか聞き覚えのあるような気がして声のした方を見てみると、どうやら昨日ラメールと立ち寄った服屋の中から聞こえてきているようだった。

 少しばかり気になった俺は、声の主を確かめるためグレィと共に建物の中へと入っていった。


「でも私のお友達のエルフの親子もメチャクチャ可愛いですよ!」

「あ、あなたにエルフの友達ですって……しかも親子!? 明日は雪でも降るのかしらね『アリィ』?」


「へ?」


 い、今なんて……?


「失敬な! ――む?」

「あら、噂をすれば昨日の!」

「あれあれあれあれぇ!?」


 相変わらず色々な種類の服を取り揃えている店内。

 そのレジで話していた二人は、リリェと呼ばれた昨日の店員さんとなんとアリィだったのだ。

 そりゃ聞き覚えがあるわけだ?


「エルナさん! どうしてここに!!」

「アリィの方こそ、なんで……」

「里帰りです! リリェは従妹です!」


 あ、そういう……なるほど。

 言われてみれば、確かにアリィとリリェさんは似ている気がする。

 綺麗な猫耳に手入れの行き届いた尻尾、どことなくおてんば感を漂わせる目つきなんてそっくりだ。

 まあ、体系の方は残念ながら正反対のようだが。


「え? え? アリィ、この子と知り合いなの!? ……もしかしてさっき言ってた!?」

「そういうことです! 奇遇だったみたいですね! もしかして、ロディさんも来てるんですか?」

「えっ? あ、う、うん一応」

「マジですか!」


 若干食い気味の質問に俺が肯定の意を示すと、アリィは俺の両手を掴んで目を輝かせてくる。

 何を期待してるのか知らんが、今はそういう気分じゃないんだがな。

 3メートル後ろで待機してるグレィが何やら熱い……いや、大分鋭い視線をこちらに向けているが、あれは気にしないでおこう。


「ム……?」

「あ、アリィ? 何を……」

「エルナちゃん、ひょっとして元気ないです?」

「……!」


 あまりに鋭い、そして完全に不意の一言に、俺は言葉を失った。

 ちょっと触れて見ただけで、そんなことわかるもんなのかと思ってしまうが……そう言えば1日メイドの時も即当てられたっけ。


「何かワケアリって感じですね……深くは聞かないでおきましょう」

「あ……ありがとう」


 本当にすごいな……これだけでそこまで見抜けるとは、末恐ろしい。


「アリィは裁縫の腕もですが、昔から人を見る目がすごいんですよ」

「そうですね……確かに」

「では鋭いついでに、海行きましょう! 今から!」

「…………」




「「……は?」」

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