4:21「心の在り処」★
俺がはっきりと告白の返事を返すと、ラメールは少し間を置いてからゆっくり頭を上げる。
その時の彼の表情はいかにも切なさそうなものであったが、同時に微笑んでいるようでもあった。
「手を煩わせてしまったね。ありがとう、エルナさん」
「まあ、元々結果はわかってたし……フラれてありがとうってのも、変な話だね」
「はははは。確かに」
ラメールに対しての負の感情というものは、不思議と湧いてこなかった。
先ほど……中腹で真実を知り、ラメールと顔を合わせたときは確かに少し頭にきたのだが、今は全くと言っていいほど気にならない。
まるで良き友人と話しているような……そんな気さえしてしまうほどに、自然体で口が動いていた。
そんな俺を見てなのか、あれほど気を悪くしていた母さんも、これ以上口をはさんでくる様子はない。
「さて、これからどうしようか。もう町に戻るかい? ボク個人としては、ご両親に殴られるくらいの覚悟はしているつもりなのだが」
「あーいいっていいって。みんなは勝手に付いてきたただけだし」
「いや、それでも」
「そうよエルちゃん!! わたしたちはエルちゃんが心配で!」
罰を欲しているラメールに便乗してか、ここぞとばかりに母さんが割って入ってきた。しかしまた親父が必死に止めているので、それ以上のアクションは起こせない。
母さんは俺のこととなるとタガが外れやすいのは分かっているが、ここまで首を突っ込んでくるのは本当にやりすぎだ。
今回に至っては母さんだって俺の信頼を裏切ってるのだから、そもそも口を挟む資格などないはずなのだ。
ここはちゃんと言っておかねばなるまい。
「それとこれとは別。当事者である私がいいって言ってるんだからいいの。それに母さんだって、私の言うこと無視して来たでしょ。何か文句ある?」
「それは……」
「え、恵月がロディを言い負かしただと……」
親父がなんだか度肝を抜かれたような顔をしているが、俺だって言う時は言う。
つーか親父も共犯だろう。
なぜ他人事みたいな態度をしている?
まあ、べつにいいけどさ。
「本当、君には敵わないな……フラれておいてなんだが、ますます惚れてしまいそうだ」
「それは流石に鉄拳制裁が必要だ?」
「おおっと!? それは勘弁願いたいところだね……何はともあれ、本当にありがとう。エルナさん」
そこまで感謝されるとちょっと照れ臭いな?
別に大したことは言ってないんだが……これ以上面倒事を起こしたくないだけだし。
「話は戻るけれど、この後はどうするんだい?」
「あー、うん。一回戻ろうかな。このまま別荘に泊めてもらうのも悪いし、皆が泊まってるところにでもお邪魔させてもらうよ」
「ボクは別に構わないのだが……」
「私が気にするからダメ」
「そ、そうか……わかったよ」
露骨に悲しむな。いい加減諦めようよ?
まあ、ラメールがこう言うだろうことは薄々分かっていたが……俺は元よりそのつもりだった。
今日フると分かっていたのだから、流石に3泊全てを彼の別荘で過ごすつもりはない。
こいつと違って、俺はそこまで図太い人間ではないのだ。
人間じゃないけど。
「で、ラメールはどうするの?」
「ボクはしばらく独りになりたい。そこに見える建物が、下で話したおばあさんの店なんだけれどね、店内に【
テレポートとは……そういえばここそういう世界だったな。
魔法使いのはしくれとしてはどうにも気になる単語だが、転移の魔法なんて何も知らなくても難しいだろうことは想像に難くない。
そんな店を営んでいるおばあさんにも少し興味がある。本来なら色々教えを乞いたいレベルなのだが、今は流石に我慢しておこう。
「わかった。ありがと」
「エルナさん!」
「?」
少し名残惜しいが仕方ない……そんな想像をしながら立ち上がった時、ちょっと待って欲しいとばかりにラメールが俺の名を呼ぶ。
一体何かと思い足を止めると、ラメールは申し訳なさそうに少しだけ顔を伏せてから俺の目を見て話し始めた。
「君に渡したカードがあるだろう?」
「あ! そういえばそんなもの……」
孤児院で渡された、ラメールの別荘の住所が書かれたあのカード。
一応持ってきてはいるが、かなり……いや、とんでもなく高価なものだし返しておいた方がいいだろう。
「ああ、勘違いしないでくれたまえ。返す必要はないよ。ただ一つだけ伝えたいことがあってね」
「え? 伝えたいこと?」
返そうとしてポーチを漁り始めたところで、ラメールが再びタンマをかけてくる。
返して欲しいんじゃないならなんなんだ?
「こんなこと言える立場じゃないのは分かっている……でも、何か困ったことがあればいつでも相談してくれたまえ。君のためなら、世界中どこへだって飛んでいこう」
「あ……そ、そう……ありがとう?」
そう言ってくれるのはありがたい話ではあるのだが……正直そこまで行くと気持ち悪いよ?
まあでも、悪いことじゃない。
ラメールは最初こそ人の話を聞かないヤツだと思ったが、付き合ってみれば根はやさしいヤツなのは間違いない。
それに忘れてはいけないのが、彼はこれでも隣国の伯爵。
関係を持っておいて損はないだろう。
最後の挨拶をするために、俺もあらためてラメールに向かい合う。
正直異性と面と向かってこういうことをするのはかなり照れくさいところがあるのだが、大事なことだ。
俺はポーチから離した手をそのまま前に持って来て、軽く手のひらを彼の方へ向けて、これを最後の挨拶とした。
「じゃあね、ラメール」
「ああ。元気で……どうか、お幸せに」
* * * * * * * * * *
ラメールと別れ、俺は先に言った通り両親たちが宿泊している例の温泉宿へ向かった。
少々無理を言って部屋を移動したり割り振りを変えてもらったり……宿側にはかなり迷惑をかけたことだろう。
そんなこんながあり、結果的には『俺とグレィ』『母さんと親父』『ミァさんとのの』といった部屋割りで落ち着き、今は各々自由時間となっている。
とは言っても、もう深夜に近い……辺りは寝静まるような時間なのだが。
「…………」
「お嬢、眠れないのか」
「うん。ちょっとね」
灯りのない、月明かりが微かに照らし出す薄暗い部屋、その壁際に位置するベッドの上。
俺はじっとそこに座り込み、眉間にしわを寄せていた。
「ごめん、グレィ。……ちょっと、ひとりにさせて」
俺が小さくそう呟くと、グレィは何も言わずに頷いて部屋を出る。
ドアが閉まる音を聞き届けると、背中をそっと陰に任せて左手を胸元に持っていく。
「はぁ」
手のひらに伝わってくる鼓動の音は、ため息と共に漏れる声に反してかなり速く感じられた。
ドクン。ドクン。と確かに脈打つ鼓動の音が、今抱いている自分の気持ちを余計にわからなくさせてくる。
恋煩いだとか、そんな類の感情ではないことだけは間違いない。
ただ、本当に……自分の心が、自分で理解できないでいた。
俺は、ラメールが俺に本気で恋をしていると……それが分かった瞬間から、彼のことをどうしても憎めなくなっていた。
『本気の恋』を『男』から向けられたという事実。そしてそんな彼から受けた告白を……『男からの告白』という、普段だったら全力で拒絶するであろうものに対して悪い気を抱いていなかった俺の心は、戸惑いを覚えずにいられなかった。
そして断りこそしたものの、最後の最後……ラメールと別れたその時。彼のことを『異性』として見ていたことが、何よりもショックでならなかった。
俺の自意識はまだ男のつもりだ。その根幹部分は変わらない。
俺は『臣稿 恵月』として生を受け、一度死にはしたものの、それでも必死に今まで生きてきた。
この体になってからは尚更にだ。
けれど今回の件で……本当の所は『恵月』なのか、それとも『エルナ』なのか。『今の俺』がどちらで在りたいのかが、まるっきりわからなくなってしまった。
「……本当、どうしちゃったんだろ」
『俺』と『私』の狭間。
意識を手放すその時まで、ただじっと……答えの出せない不確かな感情に、飲み込まれていた。
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