4:16「散策デート?」★
「行ってらっしゃいませ。よい1日になりますよう」
「ああ、ありがとう。では行ってくるよ」
「行ってきます」
米、出汁巻き卵、みそ汁という日本出身の身としてはものすごく一般的な朝食を終え、俺たちはとうとう町へ――デート本番へと繰り出すことになった。
部屋から出てきた俺の姿を見てラメールはかなり驚いていたが、視線を軽減するためだと言って納得してもらった。
冒険者として見えるようにというのもあるのだが、肩掛け部は取り外してフードにすることができるので、そうしてこの長い耳を隠すという寸法だ。
「どれ、自分では大変だろう。ボクが留めてあげよう」
「ん、じゃあお願い」
俺は長い髪をかき集め、頭の上からラメールに渡した肩掛けをフードのようにかけてもらう。
これはこれで髪が長すぎて収まりが悪い気はするが、今日だけの辛抱だ。
……かえって悪目立ちしたりしないよな?
「よし。これでいいかな」
「うん、だいじょぶ。ありがと」
「初めての共同作業、これもまたイイ……」
「うぐっ……ち、ちげーし!」
ラメールの言葉を一蹴りしつつも、また失敗を犯してしまった俺はサッと顔をそらしてしまう。
なんだか俺、昨日から失策ばかりじゃないか……?
「そ、それはそうとして! これからどうするの? 知ってると思うけど私はここ初めてだから、場所とかは任せるよ。親父も何も教えてくれなかったし」
複雑な心境を誤魔化すように話を進め、ラメールの答えを待つ。
本番はこれからなのだから、ここで気を落としていてはお話にならない。
結果が変わらないとはいえ過程も大事だ。
できるだけ自然に、且つこれ以上変にラメールを刺激しないように。しっかり気を引き締めていかなくては。
「午前中はネリアの町を散策するのはどうかな。町の案内も兼ねてね」
「うん、いいんじゃない」
「よし! そうと決まれば出発だ! 勿論、気になる場所があったら遠慮なくいってくれたまえ」
「わかった」
またも手を繋ごうとしてくるラメールと少し間をあけながら、俺は獣人の町へと繰り出していった。
* * * * * * * * * *
「エルナさんも、ひとつどうだい?」
「も、もうお腹いっぱいだから……」
「そうかい? ではボクも遠慮しておこうか」
「なんだよ旦那つれないな~、ひとつでも買ってってくれよー」
「ボクだけ楽しむわけにもいかないからね。また来るよ、店主殿」
どら焼き屋さんらしき店の前でそんな会話が繰り広げられているところを、俺は半ば呆れ気味の目で見守る。
というのも、町に出てきてから30分ほどだろうか……ラメールは一番初めの通りを案内する中で、もう5件目の和菓子店へ突入していた。
ついさっき朝食を終えたばかりなのによくもまあそんなに入るもんだ。
あれか?
デザートは別腹とかそういう……
「ラメール、甘いもの好きなの?」
「ああ、すまないね。つい夢中になってしまったんだ。実は本国のデザートはあまり好みではないのだけれどね。ここで売られている物だけはどうにもクセになってしまって」
「へぇー、意外」
ネリアの町は、目抜きの大通りでは共通文字である『グース文字』が使用されているのだが、そのほかでは獣人族の『アルマ文字』が使用されているらしく、俺は文字を読むことすら叶わなかった。
なのでさっきの店主が持っていたものが本当にどら焼きなのかすら定かではないのだが、ここまで見る限りこの通りで売られている物はどれも和菓子のソレだ。
朝食も完全に和食だったし……ラメールは和食が好きなのだろうか。
なんだか懐かしいような気分にさせられるな。
しかしそれは置いといて、我に戻ったラメールがなんだかそわそわと、落ち着きがないように見えるのは気のせいだろうか?
どこか視線を気にしているような……俺は何も感じないけど。
「さ、さあ、気を取り直して散策と行こうか! 少し振り回してしまったから、今度は聞いてみるとするよ。エルナさんは、何か気になるものとかあるかな」
「あ、うん……気になるものかぁ」
馬車一台が通れるくらいの通りを歩きながら、ラメールの提案に少しばかり頭を悩ませる。
和風の町となると、日本人としてはどうしても目新しさに欠けてしまう。
もちろん今どきそんな『和』な雰囲気が出ている場所は日本国内でも多くはないし、それこそ観光地として成り立つほどではあるのだが……ある意味見慣れた風景でもある。
そんな場所で気になるもの……そうだな。
「ここってさ、特別な服扱ってたりとかする?」
特別な服――具体的に言えば着物と呼ばれる物。
町は完全に和を感じさせられるのだが、どうにも住人達の服装だけは洋服ばかりのように見える。
パッと見て目に留まったのがそれだったので、試しに聞いてみたのだ。
「おお、目ざといねエルナさん! 確か目抜き通りにそんなお店があったはずだよ。行ってみようか!」
「お、やっぱあるんだ。お願い」
そうしてあらためて歩みを進めること15分ほど。
目抜き通りに出て来てしばらくすると、俺たちは何やら変に人が密集している場所があるのを発見する。
普段は2車線分は確実にあるはずの道。
その実に半分を埋め尽くさんとばかりの人だかりができているのはさすがに気になってしまう。
見るからに不穏な雰囲気を感じるし……。
「な、なんだろ?」
「さ、さあ……しかし困ったな」
「ん?」
「あの人だかりがあるところの建物、あそこが目的地なんだ」
「あれまぁ……」
それはとても面倒臭い。
どうやらここでも俺の運の無さは健在らしい。
くそったれめ。
「どうするエルナさん、諦めて他を探すのも手だが……」
群衆を見ながら言うラメールの表情はかなり曇っているようだった。
なんだかんだ言いつつも、ラメールは根はいいヤツであることは間違いない。
あからさまに事件が起こっていそうな場を見て見ぬふりというのは、彼としても心が痛むのだろう。
俺のことを優先してくれるのは結構だが、それでラメールに暗い顔をされてもこっちが気持ち悪い。
これから切り捨てる男だと分かっているのだからなおさらだ。
「行こう、ラメール」
「え、エルナさんっ!?」
ラメールの腕をつかみ、俺は野次馬の集まるその場所へ走り出した。
人ごみの中をかき分けて前へ前へと出て行くのは、女性の平均身長にも満たない上に力も弱い俺ではなかなか……いや、かなり骨が折れる。
しかしそれでも、額に汗を流しながら必死に最前列まで出て行ってみると、やはり何か揉め事でも起こっているようだった。
「一体何が…………ぁ!?」
「ど、どうしたんだいエルナさん!」
「おうおう呼んでみろよ、白馬の王子様をよぉ」
「ヨぉ!」
「聞きたいことがあるのはわたしの方なのだけれどぉ」
「じゃないと痛い目見るぜぇ」
「ゼ~」
「あらあら……」
本当に何がどうしたらこうなってしまうのか。
そこには人間の男らしき170センチほどの威勢のいい男と、隣で同じく威勢のいい100センチほどのちいさな男。
そしてそんなチンピラ二人の後ろには、彼らに絡まれているらしきもう一人の影――母さんの姿があった。
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