4:10「私、実は……!」
「「!!!」」
食堂に響き渡る着信音に、その場の誰もが言葉を失った。
音とともに、カードに刻まれた文字がチカチカと赤い光を点滅させている。まず間違いなく、ラメールが掛けてきたのだろう。
今の時刻は19時過ぎ。
ラメールと分かれたのが14時前だから、あれから既に5時間……連絡を寄越すのに早すぎるということは無い時間だ。
またしても迂闊だった……まさか今日のうちに連絡してくるだなんて!
「どどどどうしよう!?」
「と……とりあえず出るしかないだろ!?」
「そ、そっか!? そだよね!? どうしよう!?」
「一回落ち着け?」
そんなこと言われましても!!
え、えっと、なんて言えばいいんだ!?
ほ、本日はお日柄も良く?
……てもう夜だし、そうじゃなくてもないだろ!!
「あああもうやけくそだ!!!」
考えてても仕方がない!
いつまでも放置しているわけにもいかない。俺は勢いのままにカードを手にし、点滅する文字をなぞるように指を走らせる。
これが受話器を取ることを意味する合図だ。
「も……もしもしもし!」
「ぶッ!!」
俺の「もし」がひとつ多くなってしまい、親父が噴き出し、母さんが何だか微笑んでいる。
こちとらテンパってんだよ!! そんくらい耐えてくれよ!!
……とりあえず親父にはあとでおしおきだな? 間接的に。
『ああ! やっとでてくれたかい!? ボクだよボク!!」
「は!? ボクボク詐欺!?」
親父が椅子から転げ落ち、腹を抱えて笑いだした。
『ははは、緊張しているのかな? 確かに【
そういう訳じゃないんだけどな……まあそれならそれでいいや。
いざ出てみてほんの少しだけ心は落ち着いてきた。深呼吸、深呼吸……。
笑い転げてる親父が何だかミァさんに睨まれてるような気がするけどあれは放っておこう。
「ふぅー……」
『少しは落ち着いたかな? 話をしても大丈夫かい?』
「う、うん」
変なところで気を聞かせてくるラメール。
普段(まだ今日であったばかりだが)からちゃんとこちらの話も聞いてくれれば、対応も楽なんだがな。
念のためにもう1回深呼吸をして、これからラメールの口から出るであろう言葉に備える。
よく耳を澄ましてみると、彼の声とは別に何やらがやがやと雑音が聞こえてくる。人ごみの中にでもいるのだろうか。
「どこかの町……酒場の中?」
『ん、ああすまないね。今は王都レイグラスの酒場付きの宿に居てね。雑音が気になるのなら外に出ようかい?』
「き、気にしないで大丈夫」
『そうかい? ではこのまま話をしようか』
どうしてレイグラスにいるのとか、宿をとっているのだとか、この魔道具そんなところで使って人目は大丈夫なのかとか、色々と突っ込みどころはあるが……本題を先延ばしにするのも何なのでここは黙っておくことにする。
……酔っぱらいに絡まれてカード台無しになったりしないかな。
『今出てくれているのに聞くのも変な話かもしれないが、別荘の住所は見てくれたかな』
「え? あ、うん。ネリア……だっけ?」
『そう、その通りさ! 孤児院を出た後、別荘に帰ろうとしたんだけど少し気が変わってね。どうかな? 明日共にネリアへ行って、そこで初デートというのは!』
「は? それって」
『ああ、足なら心配しないでくれたまえ。馬車はもう手配してある! 早朝でも迎えにいくよ!』
「な!? また勝手な……」
さっさと帰ってしまえばまだ時間を稼げたかもしれないのに……余計なことをしてくれる!
親父の話もあるし、ネリアという町がどんなもんなのかは気になることは気になるのだがコイツと一緒にだと? 冗談じゃない。
でもタダでダメだと言ってもそれはそれで食い掛ってきそうだし、せめて日にちを遅らせて対策を練る時間を……あわよくば即効突き放すことも可能な――――そうだ!
「ラメール、よく聞いてほしい」
『む、なんだい? 何でも言ってくれたまえ!』
こんな事、本当は口が裂けても言いたくない。
だが致し方なし、仕方のないことなのだ……耐えろ、俺!!
できるだけ穏便に、互いに後腐れ無くするためだ!!
緊張する胸を空きの左手で抑え、視線を避けるように顔を俯かせる。
そんでもって出来る限り感情を押し殺して、声が震えないように…………!
「わ、私――もう好きな人がいるんだ」
『…………なんだって?』
「貴方とは別に、もう好きな人がいるの。だから悪いけど、貴方と付き合うことはできない」
が、頑張った! 頑張って平然と言ってのけたように聞こえたと思う……! でもやばい、めっちゃ恥ずかしい!!!!
か、顔上げられない……上げたくない……。
『おぉぉ……なんてことだ……!』
しかし恥をかいた甲斐はあった。
カード越しに聞こえてくるラメールの声は、先ほどまでとは明らかに変わり動揺の色がハッキリと聞き取れる。
『神よ、あなたはボクにまた大いなる試練をお与えになると言うのか……!!!』
いいぞ、思ったよりも効いてるっぽい!
このまま挫けてくれ!!!
「ならば仕方がない」と、ここはもう手を引いてくれ!
頼む……!
『ではこうしようじゃないか!』
「へ?」
かなり間抜けな声が出てしまった。
項垂れかけていたラメールの声色は、ほんの10秒ほどの後にはすっかり元通り。
不意を突かれた俺はそんな彼へ次の攻撃を仕掛ける間もなく、再び完全な受け身に戻されてしまう。
『ネリアでのデートでボクという人間を見て、あらためて答えを聞かせてはくれないかい!?』
「はぁ!? ちょっと待っ……」
『その男が誰なのかはあえて聞かないでおこう! 君のような素敵な女性が惚れたのだ、きっと相手は素晴らしい人に違いない!! ボクがそれを上回ることができるかはわからないが、極力努力させてはくれないだろうか!!!』
努力せんでいい!!
そのまま折れてくれ!!
くそう、これじゃ骨折り損じゃないか……!
いや、1回付き合ったうえで堂々と断れる口実はできたのか……?
でもそれはそれで相手が誰か後で聞かれたら……ダメだ、このままじゃ頭が回りそうにない。
「え、えっと……う、うん 一回落ち着こ――」
『うん!? 今うんと言ったね!?』
「あ!? 違ッ」
今のは自分に言い聞かせようとして――!
『では明日朝10時に迎えに行かせてもらうよ!! キョウスケ殿の屋敷でいいのだろう!? 楽しみに待っていてくれたまえ! では失礼するよ!!』
――ブチッ。
「………………っっっ」
反論の余地すら与えてもらえず、ラメールは念話を切ってしまった。
開いた口が塞がらない……目は虚ろになり、顔の筋肉は引きつったまま小刻みに痙攣を繰り返す。
まさかラメールのヤツを落胆させるどころか余計に張り切らせることになってしまうとは……しかも自分自身に面倒臭すぎる設定まで付与してしまった。
「え、エルちゃん……今のって」
「?」
先を思い、魂が抜けかけていたところに一声、母さんがテーブルの向こう側から話しかけてくる。
「お嬢……」
「お嬢様、詳しくお聞きしてもよろしいでしょうか? ……
「……え?」
……おい、ちょっと待て。
「えるにゃん、もてもて」
「恵月。怒らないからお父さんにちゃんと聞かせてみなさい」
おいいいいい!?
なんでお前らまで本気にしてるんだよおォ!!!!
何、今のそんなに迫真の演技だったの!?
そんなにリアリティに溢れてたの!?
「違うからぁ!! あれはラメールを諦めさせるための嘘だからあぁぁ!!!」
このままじゃあ恥の上塗りどころか一家を巻き込んだ騒動に発展してしまう!
俺はじりじりとジト目を向けながら寄ってくる母さんたちに向かって、目尻に涙を浮かべた魂の叫びをあげる。
お願いだから止まって!?
俺の叫びを聞き入れて!!! 誤解なの!!!
「……本当!? 本当なのね!? 他に男はいないのね!?」
「いるわけないだろぉ!! そこまで落ちちゃいないよ!? 俺はまだ男で――――」
ん? 待てよ?
あれ……何か忘れてる気が…………男?
「…………あ」
完全に忘れてた。
ミァさんが言ってたこと実践すれば……こんな面倒臭いことにならなかったのでは?
あのラメールのことだし、それでもただで折れてくれたとは思えないが、今よりはマシな、まだ言い訳ができる結果にはなっていたかもしれない。
少なくとも架空の思い人なんて作る必要……あれ、ヤダ……
「死にたい……」
俺は気が付いてしまったモノから目を背けるようにその場に蹲り、何度も何度も自分のドジを罵り呪いながら、ひとり涙するのでした。
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