4:9 「作戦会議」

 子供たちが昼食を終えた頃、俺たちも孤児院の中へ戻り、イモ三昧の昼食にありついた。

 同時にミァさんとシスターマレンに状況を説明したのだが……シスターマレンの萎縮振りが尋常じゃなく、なんだかこちらの方が申し訳ないとすら感じさせられてしまった。


 しかしそれはそれ、フレド孤児院に来たのは子供たちの強い要望があったからだ。

 そちらが本題であったことを忘れてはならないと、再び子供たちと2時間ほど遊び、お別れの時間を迎えたのだった。


「ほ、本当に……ご迷惑をおかけしました……兄さんにはわ、私からも掛け合ってみますので……」

「ああ、それはよろしく頼む。何かある前に飽きてくれりゃそれはそれでいいんだけどな。ま、あんまり気負いすぎないようにな」


 何度も頭を下げるシスターマレンに親父が慰めの言葉を送る。

 彼女には同情してもし足りないくらいだが……俺は今それどころではない。

 それどころではないのだ!


「おねーちゃん行っちゃうのー?」

「次いつ来る!?」

「またボール投げしよー!」


「うん……うん……また来る……ぜっだいぐるがらああぁぁ!!」


 一番初めに出会った3人――トゲ頭のラド、メガネっ子のコセル、牙が可愛い女の子のエリエを抱きかかえ、俺は一時の別れに号泣する。


 やだあ……もっとここに居たいよぉ……!!

 でもやること出来ちゃったし……うぅぅ、ラメールの野郎……。


「あらあらまぁ」

「あれはあれでもう病気だな……」


 うるさい、なんとでも言えばいい!

 恋しいものは恋しいのじゃ!

 ずっとそばに居てあげたいのじゃあ!!

 絶対近いうちにまた来る……あ、でもラメールがいない時で。


「お嬢様があんなに名残惜しそうに……羨ましいですね……!!」

「ミ、ミァ? お前も最近なんか変だぞ?」

「…………チッ」


「ののちゃんまたねー!」

「今度はぎるど? のお話聞かせて!」

「うん、ばいばーい」


 ののも仲良くなった3人の女の子たちとの別れを告げる。

 時刻は16時を30分ほど過ぎ。帰ったら丁度日が傾き始めるくらいの時間だ。

 これ以上の滞在はいくら裏の森といえど抜けるのには少々危険性が高まるのだから致し方ない。

 こうして俺たちは、名残惜しくも……とてもとても、それはもうものすごく名残惜しくも来た道を戻り、屋敷へと帰っていったのだった。




 * * * * * * * * * *




「さあ、作戦会議だ!!」

「おー!!」

「うおー」


 屋敷に帰り、夕飯を済ませた直後。

 一刻も早く対策を練っておきたい俺たちは、早速ラメール対策会議を開くことにした。

 本当はファルが帰るのを待とうとも思っていたのだが、今日はレイグラスに泊まるらしいので俺たちだけで進めることにした。


「お、おお……またエラい気の変わりようだな……別にいいけどよ」

「ん、そう?」


 たぶん、ついさっきまで俺が元気なさそうにしてたから……だと思う。

 特段そんなつもりはなかったのだが、子供たちと別れたショックでちょっといつもよりも目と姿勢が垂れ気味だったかもしれない。

 しかし項垂れている暇はないのだ。会えなくなったわけじゃないし。

 そんなわけで気を取り直し、意識を切り替えるために自ら進んで作戦会議開始のゴングを鳴らしたのだ。


 俺は早速会議を進めるにあたってスカートのポケットから資料になるもの……もとい、ラメールから渡されたカードを、皆が見えるように長テーブルの中心に置く。

 真っ先に親父がテーブルの左側からのぞき込むようにカードを見ると、何やら興味深そうに口を開いた。


「ほぉ……住所はネリアか」

「そう、そのネリアってどんなとこかわかる?」

「何回か行ったことはある。山間部にある町なんだがな、恵月はたぶん好きになると思うぞ」

「といいますと?」


 好きになるとは一体?

 そんな俺の問いかけに親父はなんだかニヤニヤして俺を見る。


「それは行ってからのお楽しみだな」

「は? 何でだよ! まだ行くって決まってもいないし!!」

「言ったら行きたがりそうだからな」

「余計気になるよ!?」

「今は我慢しろって、それより作戦練ろうぜ?」


 どんなところか聞いてるのに、その返答が我慢しろとは一体どういうことなのか。

 俺が好きそうな山間の町って、さっぱり分からんぞ!?

 どんな町なのか分かれば、こちらとて有利な作戦が組めるかもしれないだろうに!

 それとも分かったうえで、意味がないとでも言いたいのだろうか?

 ……どちらにせよ、この顔は言っても教えてくれなさそうだが。


「はぁ……仕方ない。まあ、作戦と言っても一度は会うことが前提なんだけど、何かいい案あるかな?」

「乗り込みましょ!!!」




「……はぃ?」


 皆に意見を求めた直後。

 待ってましたとばかりに手をあげ立ち上がった母さんの言葉を、俺は理解できなかった。


「別荘があるんでしょぉ? 乗り込んでぎゃふんと言わせてやりましょーよ~♪」

「ぎゃふんとって……ゑ? は!?」


 何さらっと物騒なこと言ってんの!?

 相手は一応伯爵家だからね!?

 あなたそれ、下手したら本当に国際問題にもなりかねないからね!?


「な、なあロディ……?」

「な~にぃ~?」

「流石にそれはマズイだろう……?」

「じゃあきょー君はー、エルちゃんがあんなのに好き勝手されてもいいってわけねェ?」

「ねっとり言うのやめてくれ!?」

「いいのね?」

「よくねえよ!? ねえけど、それは色々問題があるだろう!?」


 そうだ親父、もっと言ってやれ!


 母さんの言っていることが理解できないわけじゃない。

 ないのだが、今回ばかりは流石に過激すぎる。

 本当、誘拐事件あの一件以来、俺に何かがあると過保護では済まされないくらい周りが見えなくなるのは困りものだ。

 先の討伐隊でも、俺がグレィの中に入った途端に暴走したそうじゃないか。

 心配してくれるのはいいけれど、それが原因で大事に発展してしまったら元も子もない。何かいい解決法はないものか……。


 俺は親父の言葉を受けてもなお不満顔の母さんにため息をこぼし、話を進めるための言葉を選んだ。


「か、母さん……それは最終手段にして、別の方法考えよっか」

「――――!!!」


 あれ……もっと言葉選んだ方が良かった?

 遠まわしに、それも俺の口から「それはない」と言われてしまったせいか、母さんは目と口を大きく見開いてショックを受けてしまった。

 ……ていうかなんですかその『その時電流走る――!』みたいな反応の仕方は。


「何もそこまで落ち込まなくても……えっと、他に何かあるかな」

「お嬢様」


 まあそんな母さんは置いといて話を先に進めると、今度はミァさんがそっと手をあげながら声をかけてくれた。


「お、ミァさん。 何か思いついた?」

「はい、ですが……これはそれなりのリスクを背負う物でもあります。お気を悪くさせてしまうかもしれません」

「む……?」


 それなりのリスク?

 気を悪くする?

 一体何だと言うのだろう。


 ミァさんはミァさんで最近俺のことを妙な所で気にしてるみたいだし、不安がないわけではないのだが……少なくともさっきの様な突拍子もない意見ではなさそうだし、聞いてみるか。


「わかった。聞かせてもらってもいいかな」

「では、具申させていただきます」




「――お嬢様が本当は男性であると、念話で打ち明けてみるのは如何でしょうか」


 ――トゥルルルルルル!!!




 ミァさんがその提案を口にするのとほぼ同時。

 卓上に置かれたそのカードから、電話の着信音と同類のそれが大きく鳴り響いた。

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