4:8 「不憫な力が招いた結果」

「……どういうことだ?」

「さぁー」

「…………」


 俺のへなちょこパンチは普通に当たった。

 しかしその後、それだけでは証拠不十分だと言うことになり、母さんの本気パンチと親父のげんこつ、ついでに俺が懐に蹴りを入れてやった。これ以上野郎にやられるのは云々とか言ってたが、そんなことはもはや知った事ではない。


「き、君たち……ボクが伯爵家の人間だってこと忘れてないかい……?」

「忘れてないよ、でも今はそれどころじゃないでしょ」

「ああ、そうだな」

「これもエルちゃんのためよ!」


 最初から暴走していた3人は置いといて、俺はもうラメールのことを、これしきの事で荒立てるヤツじゃないと踏んだうえで接している。

 そもそもこんなヤツが惚れたばかりの女に手を上げるわけがないのだ。

 その親族や従者に手を出すこともまた然り。


「つーわけでダメ押しの一撃」

「はっ!? まだあるのかい!?」

「確認だいじ」


 俺はそう言ってダメ押しにグレィを指定してラメールの前に立たせる。

 これはあくまで確認――グレィが再び繰り出した拳は、予想通りラメールの目の前で静止した。


「……チッ」

「ほ、本当に心臓に悪い……エルナさん! 何度も言うけれどボクは――」

「やっぱりか……」

「――へ?」

「エルちゃん?」

「恵月、何か分かったのか?」


 母さんと親父、そしてラメールの目が、不正の正体を掴んだような発言をした俺に向く。


 ラメールが何もやってない。

 そんなことはさっきから見せる彼の様子を見ていればわかる。

 キザな野郎だが、だからこそあんなあからさまな不正などするはずがない。

 自分を格好よく見せたいのであれば、もっとバレないように工夫をするはずだ。もっとも、ラメールがそこまで脳がない可能性だってまだ捨てきれない訳だが。


「グレィ。多分、そういうことでいいんだよね」

「ああ」

「何? グレィも分かってるのか!?」


 グレィの返事を聞いて、俺はため息を隠し切れない。

 まあ、当の本人がそう言うのであれば間違いないのだろう。

 この場において、グレィだけが『攻撃を許されない』なんて、心当たりはひとつしかない。



「ラメールは何も悪くない。原因はグレィの『呪い』だよ」

「なにっ!?」

「あぁ~!」

「…………」


 母さんと親父が、それぞれ納得と驚愕といった反応をして俺とグレィを見る。


 本当、この呪いめんどくさい……いや、強いことは間違いないんだけど。

 助けられたことがあったのは確かだし。

 ……そういえばさっき殴ったな、発動してないよね?


 おそらくグレィがラメールに対して攻撃できなかった理由。

 それは、穏便に済ませたかった俺がラメールを傷つけることを良しとしなかったからだ。

 今さっき確認のために殴らせた時も、あくまで確認……グレィの拳が届かないことを前提でさせていた。

 俺の意に逆らえないグレィは、その通りに拳を直前で止めざる負えなかったのだ。


「の、呪い……? エルナさん、一体何を言っているんだい!?」

「あーそっか、分からないか……えっと、要は疑いは晴れたってこと」

「本当かい!?」

「う、うん……だからその、決闘は貴方の勝ち――」


「ぃよっっっっっしゃあああああぁぁぁぁ!!!!」


 ラメールの勝ち。

 それを俺が口にした瞬間、孤児院の裏口に彼の勝利の雄たけびがうるさいほど響いた。

 握りしめた手を大きく空に広げて、それはもう嬉しそうに……。


「ボクが勝ったってことは付き合って頂けると言うことでいいのだよね!?」

「えっ!?」


 嬉しそうに言ってくるラメールの言葉に、俺は完全に不意を突かれてしまった。


 そうだ、グレィが決闘に負けたってことはそういうことになっちゃうんだよな!?

 俺としてはなんか勝手に事を荒立てて勝手に負けられた感じで非常に不服なんだが!!

 確かに俺も俺で、流れに流されてグレィを止められなかったし、まさか負けるだなんてこれっぽっちも思ってなかった。

 でもさぁ……


「オイ貴様――!」

「負け犬執事君は黙っていたまえ! それでエルナさん!! 早速だがボクの連絡先とこの国での別荘の住所だ!!!」

「い、いや! お……私まだ何も」


 容疑が晴れて、勝利宣言をした途端に暑苦しい!!

 ラメールは異議を唱えようとするグレィへ黙れと言ったかと思えば、徐に胸ポケットから彼の連絡先が記されたと思われる1枚のカードを取り出し、俺の手を取って有無を言わさずに渡してきた。


「このカードには【念話テレパシー】の魔法がかけられているから、ボクのことが恋しくなった時には昼夜問わずいつでも掛けてくれたまえ!! それじゃ今日は本当に挨拶だけだからこれで失礼するよ!!」

「は!? だからまだ何も言ってないって――」

「そうだ! しばらくは別荘に居るから、デートの日程はまた念話かウチで話し合おう!! アデュー!!!」

「ちょ待っ!? おいィ!!!」


 人の話を聞けェ!?


 そう叫ぼうとしても時すでに遅し。

 ハイテンション状態であれやこれやっと勝手に話を進めたラメールは、用事が済んだ途端に走って孤児院を出て行ってしまった。


「……なんなのあの人!!」

「ろ、ロディ!?」

「母さん!?」


 勢いあまるラメールの行動から数秒の後に、母さんが本気の怒り声をあげた。

 母さんはマイペースだが人の心を大事にする人だ。

 だからその心……意思をないがしろにする自分勝手な行動、発言は絶対に許さない。

 確かにラメールは決闘に勝った。

 だがそれにかまけて、俺の言葉を遮るように事を進めたのが最悪手だったのだ。


 母さんも親父もグレィも、勝手に暴走して結果的にこの事態を招いたのだが……それは言ってはいけないお約束だ。


「エルちゃんダメよ! あんな人の言うこと、気にしなくていいんだからね!!」

「わ、分かってるよ!」

「だが相手が相手だからな……完全に無視という訳にもいかんだろう。そのカードもあるしな……」

「うん、それも分かってる」


 【念話テレパシー】の魔法が籠められたカードを握り締め、これから先のことを頭によぎらせる。

 【念話テレパシー】が籠められた魔道具は言ってしまえば電話に当たる物だが、魔導書簡の上位互換に当たり、この世界では非常に高価な代物となっている。

 日本円に例えて魔導書簡が送料込みで1000円だとするなら、こちらは100万円はくだらない。まさにお金持ちだからこそできることだが、高級品故に数が出回っていない物でもあり、そもそも入手自体が困難と言われている。

 そんな物をわざわざ俺に寄越すだなんて、ラメールも相当やり手というか、手段を択ばないというか……返すにしても、連絡しないわけにはいかないじゃないか。

 あの調子じゃ、物だけ送り返しても新しいの送ってきそうな勢いだし。


「どうせ無理やり会う予定立ててくるだろうし、ちゃんと面と向かって断るよ。そのためには……」

「お嬢」

「ん? ……どしたの、グレィ」

「その……すまない」

「!」


 急にグレィが口を開いたかと思えば、俺に向かって深々と頭を下げてきた。

 流れ的には十中八九先の決闘のことでだろうが……あのグレィがレーラ姫以外にこんなことをするとは。


「我のせいだろう……あの時、我が手を出さなければこんな事には……」

「…………」


 ああ、その通りだ。

 グレィがあの場で抑えるまでとはいかなくても、せめて俺の意を仰いでくれたら、また結果は違うものになっていただろう。

 ……でも


「グレィ、頭上げて」


 俺の言葉に上体を起こしたグレィを見上げ、その表情をうかがう。

 己の勝手な行動に責任を感じているのは間違いない……あの一途でアホな竜王様が、執事になって随分丸くなったもんだ。


「確かにグレィが抑えられればまた結果は違ったかもしれないけど、それを俺が責めることはできないよ」

「……お嬢、でも」


 しけたツラを向けてくるグレィへ微笑みかけながら、俺は淡々と言葉を綴る。

 グレィは俺のことを思って決闘という選択肢を取った。

 それを悔いているというのなら、俺はちゃんと正してやらなきゃならない。

 悔いることは大事なことだが、従者がそのことに対し責任に飲まれそうになっているのなら、そっと手を差し伸べてやるのは主の仕事だ。

 選択はどうあれ、彼がしようとしてくれたことは、痛いほどわかっているつもりだから。


「グレィはちゃんと俺を守ろうとしてくれた。呪いのせいとか抜きにさ、それは素直にうれしかった。確かにやり方はもっと他にあったし何やってんだと思ったけど、それが間違ってたとは思ってないよ」

「お嬢……」

「責任を感じるなとは言わない。でもその前に俺からもひとつ言わせて。……あの時のグレィ、ちょっとカッコよかったよ、ありがと」

「!!!」


 俺の言葉にグレィは一瞬目を見開くようなそぶりを見せる。


 多少なりとも効果はあったようで安心した……のだが、最後は結構恥ずかしかった。実は今心臓バックバクなんだけど、バレてないよね……?


 でも本当に、あの時のグレィは格好いい……と言うか、今思い出せばすごく頼もしく思える気がした。

 まるでピンチに駆けつけてくる白馬の王子様のよう――――てちょっと待て、今何を考えてた!?

 そこはせめてヒーローじゃないのか!?

 何だ白馬の王子様って!!!!

 乙女か!!!!!


「だ、だからもう言い合いっこは無し! あとのことは皆で考えよ!!」

「あ、あぁ……わかった」


 自分の乱れまくった思考を無理やりリセットさせるように、俺は強引に話を絞めて皆に背中を向ける。

 何だか突き刺さるような視線が2つほど感じ取れてしまうが、反応してはいけない……したくない。

 きっと精神的にかなり疲れているのだ。うん、そうに違いない。

 早急に癒しを補給しなければ!!


 こうして俺は、変わりつつある自分の心から逃げるように、心の癒し――子供てんしたちのいる孤児院の中へ逃げ込むのだった。

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