3:24「あっけない幕切れ」

「ファル……?」


 俺がレガルドを止めようとした刹那、ファルが口にした自分がやるという言葉。

 そこには先ほどまでの……いや、ここ最近では全く見せなかった圧がこもっていた。


「お願いします」

「あ、ああ。構わんが……」

「誰でもいい。早くしないと本当に手遅れになるよ」

「…………」


 急かすグラドーランを気に止めることもなく、ファルは右手に構えた片手剣を強く握りしめながら前に出る。

 同時にレガルドが道を譲るようにして後ろへ下がった。

 剣を両手持ちにし、頭上で構えるファルの姿は、まるで何か大きな覚悟を決めたかのような力強さが感じられる。

 一体何が彼にそこまでさせているのかはわからないが、俺はそんな背中を前にして先ほどまで出かかっていた言葉の出しどころを見失ってしまう。

 止めなければいけない気がするのに、出どころが分からないその感情は、ファルの一回り大きく見える背中に完全に圧されてしまっていた。


「フォニルガルドラグーン……いえ、グラドーラン・テ・シャルレ―ナ。斬る前に一言だけ言わせてください」

「ほう? 我の名を知っているのかい? ……なんだろう」

「レーラは僕が、必ず幸せにして見せます」

「!!」

「え……?」


 ファルがグラドーランに向けて放ったセリフに、俺は疑問符を浮かべずにはいられなかった。

 いや、これはそこにいる二人の問題(?)だろうから、俺が変に意識する必要など全く持ってないのだが……ファルの口から出た固有名詞に、俺の頭は更なる混乱を招こうとしている気がしてならなかった。


「そうか。君が……」

「そういうことです」

「そうか……」


 俺とは違い、ファルの一言ですべてを察したかのような表情を見せるグラドーラン。

 彼はその後にちらりと俺の方へ視線を送ると、小さな吐息を漏らした後に再びファルの目を見る。

 人相の悪い顔に、まるでそれを感じさせないような優しい笑みを見せながら―――。


「――絶対だよ」


 その直後、俺は何も言葉を発することができないまま……ファルが振り下ろした片手剣によって、グラドーランの体は真っ二つに切り裂かれた。






 * * * * * * * * * *





「――約束します」


 ファルの一閃によってグラドーランが倒れたすぐ後。一瞬だけ視界が暗転したと思ったら、俺たちはコロセウムの円形競技場に戻ってきていた。

 周りを見てみるとどうやら小型ドラゴンに変えられていた討伐隊の人たちも元に戻ったようで、俺たちと同じくしてこの競技場に放り出されている。


「う、ん……」

「あれ、おれは何を」

「ここは……コロセウム!?」

「ドラゴンはどこに!?」

「腹が減った」


 次々と意識を取り戻し、起き上がる討伐隊の人々。みなそれぞれが思い思いに、今自身の置かれた状況に対する困惑の言葉を漏らし、競技場の中がざわざわと騒がしくなり始める。

 これを見たレガルドは、彼自身も微妙に納得がいっていないと言うような顔をしながらも、討伐隊の面々を再びまとめようと動き始めたのだった。


 対する俺は、未だじっと剣を突き立てているファルのことから目が離せない。

 グラドーランはファルに斬られ、確かに真っ二つにされた。しかし外の世界に戻ってみると、ファルが握る片手剣は、人型で仰向けに倒れているグラドーランの心臓部……左胸に深々と突き刺さった状態に収まっていた。


「っ……」


 あの時、なぜグラドーランを生かそうと思ったのか。その答えはやはり見つからない。

 しこりのように残る違和感だけが、いつまでも俺の心の中に居座り続けていた。


「お嬢様? どうかなされましたか?」

「え? い、いや……うん、なんでもな――」

「恵月ぃーー!!!」


 ミァさんが心配して声をかけてくれた直後、これまた現状に困惑している様子の親父が駆けてくる。


「えるにゃーん」

「ぶほっ!?」


 しかしその親父がたどり着くよりも先に、俺の体は顔面に向かって思いっきり飛び込んできたののによって押し倒され、尻もちをついた。そのままの勢いで、ののは俺の顔の上に跨る。

 いつもならこの程度はまだ受け止められると思うのだが、思うように力が入らず……。

 コロセウムに向かうところから今まで……思えば相当体力を消耗していた。正直、今こうして意識があるのも不思議なくらいだ。

 そしてそんな俺の心情を見透かすかのように……。


「えるにゃん、むぼー」

「ご、ごめんって。謝るからとりあえずどいてくれないかな……?」

「むぅ」


 確かに無理はしたかもしれないが……その容姿と舌足らずな口で言われてもまるで説得力がない。

 むくれ面になりながらも素直にどいてくれるののを可愛らしいなどと思いつつ、大分踏ん張って上体を起こした。その際にも少しぐらついて倒れそうになってしまったのが、己の体力の消耗を証明している。というか、意識したら忘れていた分の疲れがじわじわと襲い掛かってきている気がする。


「恵月、こいつは一体……急にドラゴンが真っ白に光って飛び散ったと思ったらそこからお前らが……ファルが刺してるヤツは……」

「あれはドラゴンの……人間体って言えばいいのかな? 俺もあまりよくわかってなくて。……そういえば母さんは?」

「ん。あ、ああ。ちょっとな……疲れちまったみたいでよ、あっちで寝てる」

「そっか」


 俺を送り出したときはぴんぴんしてた母さんが、俺が戻ってくる頃には疲れ果てていたと。

 なんか大体想像できそうな気がしなくもないが、あまり詳しくは聞かないでおこう。無事ならそれでいい。


「でさ、親父。それよりも……」

「ん? 何だ」

「……やっぱ何でもない」

「? そ、そうか?」

「ごめん」

「お、おぉ……なんだよ、お前らしくもねぇ」


 ファルがつぶやいた名前。

 グラドーランも口にしていたその王女の名前。

 ファルのことを育てていて、どういう訳か英雄とまで言われている親父ならレーラとファルの関係を何か知っているのではないかと思ったが、今はやめておくことにする。

 もし何かわかれば、俺の中に居座るこの感情をどうにかできるかも知れないが……今はそこまで首を突っ込む気にはなれなかった。


「ま、まあ。終わったんならそれはそれでいい。いくらドラゴンと言えど、心臓を一突きされたらひとたまりもないだろ」

「う……うん」

「どうしたよ、元気ねぇな。やっぱりあれから……ドラゴンの中で何かあったんじゃないか?」

「な、なんでもないよ!」


 何でもない……ワケがない。

 それでも今はこれ以上親父たちに心配をかけさせるわけにはいかないので、ぐっとこらえておく。

 俺の気持ちがどうあれ、討伐は成功したのだ。

 ごちゃごちゃした話は後にしておきたい。


 それにだ、一応討伐隊には参加していないことになっている俺がこれ以上ここに居るのもまずいだろう。

 体も休めたいし、ひとまずはどこか休憩できる場所へ……。


「…………」


 体を……。


「…………」


 休める……。


「……あれ?」

「恵月?」


 立ち上がろうとしてるハズなのに、全く体に力が入らない。

 意識ははっきりしている。ただ体だけが、まるで外側をガッチリ固められてしまったのかと思うくらい、全く……ビクともしない。


「体が動かないんですけど」

「は?」

「えるにゃん、やっぱりむぼー」

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