3:23「帰結」

 こいつは何を言ってるんだと、このわずかな時間で一体何度思わされたのだろう?

 正直なところ最後の方は頭整理するので精一杯でよく聞いていなかったが……結ばれる気はないかって……そういうことだよな!?


「なんでそうなる!?」


 そういえば俺彼女いない歴イコール年齢なので、無論コクられたことなど一度もない。

 そのはじめてがこいつって。女性じゃないどころか人間ですらないとは。

 ……萎えるわ。


「言ったじゃあないか。我と結ばれて君に契約を譲渡するか、我を殺すしか方法はないと」

「だからって聞くかそこぉ!?」

「返事を聞かせてほしいな」

「ないだろ普通に!!!」

「そうか」


 俺の返答を聞くや否や、グラドーランはこちらにそっと一歩近づき、両手開きながら少しばかり横に広げた。

 敵意はない……抵抗する気はないという意思表示だ。


「何のつもりだよ」

「我と結ばれる気はないのだろう? ならばやることは一つしかないじゃあないか」


 まあ、そういうことだとは思っていた。

 でも今さっきの流れでまた……いくらなんでも切り替え早すぎじゃないっすかね!?

 今さっき告って、フラれたら顔色一つ変えずに「じゃあ殺せ」って!!


 ……ちょっと面白いかも―――じゃなくて!


「まだ聞きたいことは残ってるんだよ」

「……まだあるのかい?」


 まだじゃねーよ、お前が呆れたような顔をするな。


「死ぬつもりだったんならわざわざ抵抗する必要ないだろ! コロセウムの中、明らかに罠が張ってあったじゃないか。ドラゴンにされた人たち……お前に吸収された人たちはどうなるんだよ!!」

「なんだ、そんなことかい」

「答えろ!」

「……吸収した人間どもはまだ助かるよ。もっとも、それも時間の問題だけどね。前者の方は……あまり言いたくはないんだけどね、肉体の暴走さ」

「暴走?」

「まあ、発端は別だけどね。これでも我は王の器……たかが数百人の人間どもに黙ってやられてやる筋合いもない」

「まあ、それは……わからないでも……いや」


 お前そのたかが人間のために死のうとしてるよな?


「しかしあの人間……キョウスケとか言ったかな。彼がなかなか手強くてね、少し力を開放しようとした途端に体の自由が利かなくなってしまったよ。呪いの力でね」

「ぅぐっ……また俺のせいかよ」

「結果、咆哮と共に飛散した魔力が、我の中に眠る幻獣たちの住処へつながる転移門ゲートになってしまったのさ。そのあとは君を見つけてしまってから、本能的に君のことを追い続けていたよ」

「ひぅっ!?」


 なんだろう、最後の一言だけ全身に寒気を覚えずにはいられなかった。

 いや、俺の思い違いならいいんだけどさ、よくないけど。

 まさか……ね?


「さあ、もういいだろう。早くやらないと助からないよ」

「待ッ――!!」


 まだ何かあるのか?

 そう言いたげな表情でグラドーランが見つめてくる。


 確かに早くしないといけない。

 お姫様のためにも、討伐隊の人たちにも……そして、外で待っている母さんたちのためにも。

 でも俺は決めかねていた。……いや、正確には少し違う。


 俺は覚悟ができていなかった。


 こいつの言う通りだとするならば、このまま俺が魔法で一思いにやってしまえば済む話だろう。

 しかしそれはつまり、俺がこの手で人一人(人ではないが)を殺めるということなのだ。先にダイヤモンドオークを消し炭にしてきはしたが、あれはあくまでモンスターだ。

 こうして一応会話ができて、意思疎通のできる……感情を持つ者を手にかけるのとはわけが違う。

 ルーイエの里の時は本気で殺すつもりでいたが、あの時は状況が状況なだけに頭に血が上って直情的になっていた。


 もちろん俺からグラドーランに対する敵意がないわけじゃない。むしろ有り余っているくらいだ。

 しかしだからと言って……殺せと言われて殺せるほど、俺の肝は据わっちゃいない。

 せめてこうして人型のヤツと出会うことがなければまた違ったのかもしれないが……こんなところにいても、あくまで俺は一般人なのだ。

 冒険者でもなければ、歴戦の魔法使いでもない。

 半ば陰謀的に転生させられて、この体に魔法の適性があったから護身用として覚えた程度の、中身はただの男子高校生なのだ。


 そんな俺に、無抵抗のヤツを殺せと言う方が無理がある。


「っ……」


 歯を食いしばった。

 今やらなければみんなが危ない。

 今やらなければ手遅れになる。

 今やらなければ絶対に後悔する。

 今やらなければ……


「―――――――」


 ―――それでも、俺の体は動かなかった。


「はぁ……全く、とんだ甘チャンにやられたもんだ。まさか無抵抗の我すら手にかけられないとは……我は自分が恥ずかしくなってきたよ」

「なっ!!」

「何か違うかな」

「っ……」


 返す言葉が見つからなかった。


「フム。仕方ない……いや、丁度いいと言うべきか」

「??」


 俺がグラドーランから目をそらした直後、彼からそんな言葉が発せられる。

 何事かと思い彼の方へ視線を戻すと、グラドーランはどこか上の空……いや、俺の背後か? そちらの方を見ながらパチンと指を鳴らした。

 すると――。


「おわっ!?」

「ここは――」

「今度は何事だ!?」


 俺の後ろから驚愕の声が三つ。

 そのうちの二つはよく聞きなれたものだった。


「ファル!! ミァさん!? それから……」


 ウェイター姿の、確かギルドマスターをしてる……レガルドさん、だったか?


「え、エルナさん!?」

「お嬢様!!」

「む、君たちの知り合いかね?」

「どうしてここに……」

「我の体内の異空間と、この王の間を繋いだのさ。彼らは我に吸収された直後に竜化が解けた者たち。だからまだ意識を保っていられる……もっとも、それも時間の問題だけどね」

「……竜化が?」


 つまりファルたちもあの小型ドラゴンたちの中に混じってたってことか!?


「ん? エルナ……そうか、君がキョウスケ殿の娘か」

「エルナさん、あの男性は……」

「邪気は感じません。しかしこれは」

「この気配……まさか」


 グラドーランの気配からその正体を察知したのか、後ろにいた三人が俺の前に出てきて臨戦態勢に入った。

 グラドーランはこれを見てなにやらほっとしたようなため息をこぼすと、先ほど俺に示したように両手を広げながら口を開く。


「君たち、そう強張らなくても大丈夫だよ。我は君らに手を出さない」

「……何を言っているのだ」

「っ! まさか―――!!!」

「気づくのが遅すぎるね」


 こいつ、俺に殺されるのを諦めて、それでファルたちを……!?


「君たち三人に頼みがあるんだ。まあ、頼まなくてもそうしてくれると思うが……我を殺してくれ。誰でもいい。さっきも言ったけど、抵抗する気はないよ」

「…………」

「さあ」

「少々、いや多分に不審点が残るが……嘘はないようだな」


 一歩前に出てレイピアを構えながら告げるレガルドの言葉に、グラドーランはコクリと頷いた。

 するとレガルドはそのままグラドーランの元まで歩いていき、腰の位置に置いていたレイピアをすっと頭上高くに構えなおす。


「本当にいいのだな。遠慮はせぬぞ」

「もちろん。早くしないと手遅れになるよ」


 最後の確認を取ったレガルド。

 その手に握るレイピアに力がこもるのを感じた。


 これで終わる。

 俺に何か罪が被ることはないし、あの時から……三十日以上も続いた物騒な生活からようやくひと段落着いて、落ち着いた生活を取り戻せる。

 そのはずなのに……。


「あ……」


 なんでかはわからない。

 今この場でグラドーランを死なせてはいけない気がした。

 どうしてこんなことを思っているのか、本当に自分でも理解できなかった。

 まさかとは思うが、俺がヤツに好意を?

 いや、流石にそんなことは万に一つもあり得ないだろう。

 では一体なぜ?

 この胸に刺さるような痛みは、一体どこから……。


「姫様……」

「!!!」


 小さな、恐らくは誰にも聞こえないようにつぶやいたであろう声が聞こえた。

 声の主は言うまでもない。

 レガルドの一撃を前にしたグラドーランの表情は、どこか穏やかで……それ以上に切なかった。


 決して同情したわけではない……と思う。

 本当に、本当に自分でも訳が分からない感情に襲われて、気がつけば足が動き出していた。

 そして同じくしてレガルド氏も、構えたレイピアをグラドーランの頭へ向けて一直線に―――


「やめ―――!!!」

「待って下さい!!!!!」

「――!」


 俺の叫びより大きく、この真っ白な空間に響き渡る待ったの声。

 レガルドも手を止め、その場の全員……俺さえもがその声の方へと顔を向けた。

 そしてその声の主―――ファルはそっとレガルドの元まで寄っていき、真剣な眼差しでグラドーランの目を見ながら言った。


「僕に……やらせてください」

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