3:20「白の先の黒」★
「…………」
(どうしよう……どうしよう……えっとぉ……あぁぁ)
「ぁぁ…………あれ?」
(どこだ、ここ?)
本当に全く気が付かないうちに、今度はなにか真っ白な空間にぽつんと頭を抱えて蹲っていた。
そしてどういう訳か、先ほどドラゴンと偶然目が合った時の……あの丘で見た光景も鮮明に思い出せるようになっている。
全く持ってここに至った経緯が理解できてはいないモノの、結果オーライといったところだろうか?
ご都合主義バンザイ。
しかし……
「何もない」
本当に何もない。
精●と時の部屋以上に何もない、本当に白一色の空間だ。
「―――まさかこんなところまで来られてしまうとはね」
「!!!」
きょろきょろとしながら改めてどうしようかと思っていたところに、背後から男らしき声が聞こえてきた。
しかも聞き覚えのある……その中でも、決していい思い出の中にはない声。
想像通りの男であってほしくないと思いながらも、そっと後ろを振り向いてみる。
「…………やっぱり」
後ろで結った、流れるような金髪。鋭い目つきに、キザな表情。そして彼を象徴するかのような……真っ黒のコート。
間違いなく、あの時……ルーイエの里を襲撃した謎の男だった。
「なんで、こんなところにお前が……」
「何でと言われても困るな。無断で入ってきたのは君の方じゃないか」
「何?」
無断で入った?
俺が?
確かにこの空間には何の断りもなく……ていうか気が付いたらいたんだけど。
「ここは我の精神世界――選ばれし竜の民のみが立ち入ることのできる……王との謁見の間さ」
「…………?」
え……?
えらばれし……?
おう……?
えっけん……?
(何言ってんだ、こいつ……)
「今何言ってんだこいつとか思ってただろう」
「ふえっ!? お、思ってない!! 思ってないよ!?」
「フン……まあいいさ。どうせ我には何もできないのだからね」
「ん……んん?」
(ほ、本当に何を言ってるんだ……? 何もできないって、何が……)
「おや? まさか気が付いていないのかい?」
「は? な、何が?」
気が付いてないも何も、急に現れてわけのわからんことを言っているのはそっちの方だろう。
こちとらドラゴンをどうにかしようとするので手一杯だっていうのに……。
「……ていうかお前! 愛する人がどうのとか言ってただろ!? それはどうなったんだよ!? こんなわけわからん場所でなにやってるんだ!?」
「……本当に気が付いていないのか」
「だっ……だから、何がだよ……!」
そんなビックリしたような顔されてもこっちがビックリだよ!!
男は本気で戸惑っている俺を前に少し頭を悩ませるようなそぶりを見せると、小さく「よし」と呟いて俺に向きなおす。
「……仕方がない、教えてあげよう」
「????」
あのー、ちょっと、いい加減突っ込んでもいいですかね!?
なんか一人で話進めてるけどさ!?
俺アンタと敵対してたはずだよね!?
なんでそんな馴れ馴れしいんですかね!?
いや前も馴れ馴れしかったけどさ、どう考えてもおかしいよね!?
何偉そうに「教えてあげよう」って。
「我は竜族の王、グラドーラン・テ・シャルレーナ。 ……人間どもの呼び名ではフォニルガルドラグーンだったかな」
「ちょっ……」
そんな俺の気など露知らず、男――グラドーランは黙々と話し始める。
「我は十年前にある約束を成した」
「いや……」
「姫様を……この国の王女、レーラ様を命に代えてもお守りすると」
「えっと、あのぉ!」
「そして十六歳になられる明日……我と結ばれ――」
「ちょ、ちょっとタンマぁ!!」
「なんだ」
えっと!?
何!?
要はこいつがあのドラゴンさんの中の人!?
で、愛する人ってのがこの国の王女様って?
……それが何がどーなって今の状況になるの!?
あーもうなんかわけわかんなくてイライラしてくる……。
というか、言っておいてなんだけどこいつの約束とかどうでもいい。
コロセウムに入るとき、それからさっき目が合った時の違和感とか胸の痛みも、こいつが関係してるんだろ?
俺が知りたいのは……いいや、とりあえず。
「要点、三行でまとめて」
「……約束を果たしに来たが姫の命がもちそうにない」
「うん」
「どうにか助けたいが王国の人間どもが我を殺そうとしていると聞いた」
「はい」
「君に責任を取ってもらいたい」
「はあ」
「……はい?」
もっぺん切り刻んでやろうかと本気で思った。
それができたら今こんなことになってないんだけどさ、流石に意味不明すぎるだろ。
この国の姫様が死にそうで、助けたいけど命を狙われてる。そこまではまだ理解できる。なんで命を狙われてるかってのは興味ないし聞かないけど、大体想像はつく。
恋人の為だったら何でもするって言ってたし……それで俺も殺されそうになったし。
だからってなんで俺に責任押し付けてんだよ!!!
「意味わかんないよ。全然俺関係ないじゃんか!」
「何を言っているんだ。君のせいで我はレーラを救う術を失ったんだぞ?」
「は……はぁ!? いやいやいやいやいや」
救う術って……まさか霊薬の事言ってんの?
もうこの世界には存在しないものなんだろ!?
確かに俺はルーイエであんたを止めようとしたけど、ただの正当防衛だったよね!?
救う術がうんたらとか、全然関係ないよね!?
……それとも何? 俺が何か間違ってるとでも?
「まさか、それすらも理解していないと言うのかい?」
「え……?」
それすらも?
まだ他に何かあるの……?
俺何かした……?
募っていたイライラが徐々に不安へと置換されていく。
もちろん俺には何の心当たりもないし、未だこの男の言っていることを信用していない。
しかしこの反応は間違いなく本心からくるもの……だと思う。
目の前の男がどうなろうと知ったことではないが、今自分が住んでいる国の王女様を間接的に殺したとあっては後味が悪いどころの話ではない。
本当に俺が何かしでかしてしまったのではないかという罪悪感にも似た不安が、ほんの少しずつ芽生え始めていく。
そしてその不安を助長させるかのように、グラドーランが俺の顎に手をあてがい、ほぼゼロ距離まで自分の顔を近づけてじっと見つめてきた。
「な、何……怖いんだけど……」
「……! そうか、君は!」
「ふェっ?」
何……?
本気で怖い。変な声でちゃったし……何がそうかなの。
グラドーランは何かひらめいたような顔を俺のすぐ目の前で見せると、顎から手を突き放してその視線を俺の顔から体全体へと向ける。
ウンウンと頷きながら……とても晴れやかな表情で。虫唾が走った。
俺を置いて勝手に解決したようなそぶりを見せるグラドーランに再び怒りにも似た感情が湧いてくる。
「君は……『転生者』か」
「っ!!!!」
なんだって?
意味が分からない……以上に、今度は驚きの感情が俺を襲ってきた。
一体何をどうして言い当てたのかは分からないが、先ほどの気持ち悪くジロジロ見ていたのはそれを確かめていたらしい。
「なるほど珍しい。通りで何も……己の事すら知らないわけだ……フ、フフフ……」
「…………」
悪かったな。何も知らなくて。
上機嫌に、怪しげな笑い声をあげるグラドーランへ敬遠の眼差しを送る。
言いたいことがあるなら焦らさずにとっとと言って欲しい。時間ないんだから。
こいつの約束と、俺がしたっていう何かにどんな関係があるのかは知らないが、ひとまずは心を落ち着かせるためにも聞いておかなければならない。
俺は小さく深呼吸をすると、あらためて気味の悪い笑いを上げるグラドーランの次の言葉を待った。
そして――。
「……フフフ。いいよ、教えてあげよう。我を縛り付けるその忌まわしき鎖……『君が我にかけた呪い』のことをね」
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