3:21「黒の先の黒」

「俺がかけた……呪い、だって?」

「ああ」


 呪い……まさかここにきてその言葉が出てくるとは思わなかった。いや、正確には忘れていたと言うべきだろうか。

 思い当たる節はたった一つ……ルーイエの里でこの男が見せた挙動。

 あの時はあくまで予測でしかなかったが……やはり呪いで合っていたらしい。


 つまりそれがまだ継続していると?

 それが原因で、王女の命が助からないと言いたいのか?

 なぜ?


「君の呪いはその昔【王の声】と呼ばれたものによく似ている。それはいわば隷属化の術。対象を無条件に無力化し、絶対服従を義務付ける……禁術に指定され、もはや人にはその存在さえも忘れられた絶対的支配下に置く術」

「……隷属、化……」


 聞くだけでも背筋がゾッとする。

 よく似ている……ということは、まだそれだと断定できたわけではないのだろうが、この男――グラドーランはもれなく俺の奴隷みたいなものってことじゃないか。

 まさか、必要に俺ばかりを狙っていたのは、その呪いから解放されるため……?


「なんだよ、それ……」

「しかし君のそれは少々性質が違うようでもある。本来王の声は間接的にも王……主への敵対を絶対に許さない。しかし君の呪いは直接手を下せこそしないものの、遠距離からの攻撃は縛れない……不思議なものだね」

「…………」


 転生前、軽はずみに出たその言葉が……まさかそんなに恐ろしいものだとは思いもしなかった。

 これがもし安易に誰かと喧嘩でもして発動してしまったら……。


(そういえば散々親父に殴りかかったりしてたよな……よかった発動しなくて……)


「さて、そろそろ本題に入ってもいいかな。あまり時間も残されていないし」


 お前がそれを言うか。


 そんなツッコミは喉の奥に引っ込めておいて、俺は顔を頷かせる。

 本題……きっとその先に、俺の知りたかったことが待ち受けているのだろうから。


「我は君に責任を取ってもらいたいと言った……それはつまり、君に姫様を救ってほしいということさ」

「っ……どうやって」

「簡単な話だ……」


 グラドーランが俺の手をすくい上げ、その逞しく硬い胸板へと押し当てる。

 そしてまるで何かをあきらめたような……悟ったような表情で俺の目を見て言った。



「―――我を、殺せ」






 * * * * * * * * * *





「イヤああああああああああああああああ!!!!!」

「おい!!! ロディ!?」

「すごーい」


 ドラゴンの鼻頭に乗っかった瞬間、恵月が光みてえになって消えちまった。

 それを目の当たりにしたロディが発狂しちまって、ドラゴンに向かって無作為に魔法を撃ち込みまくってやがる。


「ああああああああああああああああああああああ」

「ロディ!!!」

「ぼーそーちゅー」

「くそっ!!!」


 周りの一切見えていないロディに向かって足を走らせる。

 このままじゃ一気に魔力も体力も持ってかれてぶっ倒れちまう。


「ああああああ……ああ……あ…………」

「っと!」


 間一髪、力尽きる直前に差し出した右腕でロディの体をなんとか支える。

 そしてそのままぎゅっと、思いっきり抱きしめてやった。


「きょ……君……?」

「無理するんじゃねえ! 下手したら死ぬぞ!!」

「で、でも……える、ちゃん……が……ああぁあ……」


 言葉にしようとして、ロディの目から溢れるばかりの涙が零れ落ちてくる。

 目の前で実の子があんなことになっちまったんだ。コイツの気持ちは痛いほどわかる……いや、こいつからしたら、オレのことは冷淡なヤツに見えちまってるかもしれねえな。


 これを見たのが二十年前だったら……確かにオレも、ロディと同じように発狂しちまってたかもしれねえ。でもそうならなかったのは、あの光景……まるで吸い込まれるように光の粒子となって消えていく姿には、見覚えがあったからだ。


「恵月なら大丈夫だ!! 死んじゃいねえよ! ……たぶん」

「え……?」


 微かに、抱き返してくる手が緩まったような気がした。

 それと同時に、ロディの目から溢れる涙の量も少しばかり抑えられる。


「ほん、と……?」

「ああ!! 似たようなもんを見たことがある。確証はねえけどな……信じてやろうぜ、俺たちの子をよ」

「う……うぅぅ……」


 声にならない声をあげる。そして疲労と安心に身をゆだねたのか、ロディはそのまま眠りについていった。

 オレは近場……競技場の端の段差にそっとロディを寝かしておくと、恵月が消えてから再び動かなくなったドラゴンへ向かう。



「……後はオレらに任せて、今は休んでおけ」




 * * * * * * * * * *



「―――メイド生活で鈍ったのではありません。手加減を覚えたのですよ」


 何もない……いえ、確かに先ほどまではそこにいたものに向かって、ミァさんの言葉が投げかけられます。


「…………」


 開いた口が塞がらないとはこのことでしょうか。

 影の目の前に歩いていき、なにやら不穏な空気を漂わせながら口を開いたと思ったら……次の瞬間には、影がそこに倒れていたのです。僕の影も含めて。

 倒れた影は溶けるように床に吸い込まれていき、後には真っ暗な空間が残るのみ。

 そしてまるで一仕事終えた後のような、清々しい表情を見せながら僕の元へ戻ってきました。


「坊ちゃん、お見苦しいところをお見せしてしまいました。申し訳ございません」

「い、いえ……ありがとうございます」


 正直なところ、僕はミァさんの実力と言うものを知りませんでした。

 当然、僕が義父さんに引き取られたその時にはすでにお屋敷に勤めていましたが、ミァさんが戦っているところというものは見たことがありませんでした。

 冒険者から足を洗ってもやはり英雄と共に世界を渡り歩いた一人。その実力は僕の想像など遥かに絶するということを、身をもって思い知らされてしまいます。

 しかしそれはそれ……先ほどまでの動きからして、影は僕らと全く同じ力を持っているハズ。こんな一瞬決着がつくというのは……。


「ど、どういう……」

「! 坊ちゃん、あちらを」


 そう言ってミァさんが指さした先。

 二本のレイピアが激しく衝突し合い、爆発音にも似た轟音が何度も何度も響き渡っていました。

 どうやらレガルド氏とその影も、同じくして決着が着こうとしていたようです。


「ハッ!!!!!!!」


 片方のレガルド氏から放たれる渾身の一撃。

 気合の入った叫びとともに放たれたその突きは、相手のレイピアを真っ向から粉砕し、突き抜け―――勢いのままに相手の心臓を貫いていました。

 貫かれた方のレガルド氏が、僕やミァさんの影と同じように溶けるように空間の中へ消えていきます。

 どうやらあちらの方も本物のレガルド氏が勝利を収めたようです。


「愉快、ではないな」

「レガルドさん!!」

「レガルド様!」

「……そちらも終わったか」


 駆け寄っていった僕たちに、レガルド氏は疲弊した表情を見せながら小さく返しました。


「一体なんだったんでしょうか……」

「右も左も……上下さえもわからぬ暗黒空間。話には聞いたことがある」

「と、いいますと?」

「高位のドラゴンは他の生物を己よりも下位のドラゴンに変化させ、下僕とする力を有すると言われている。そしてさらに高位……フォニルガルドラグーンのような王の素質を持つ個体には、己より下位のドラゴンを吸収し、力を高めることができると言う」

「私もそれは聞いたことがります」


 僕もその話自体は聞いたことがあります。

 人間で言えば上流階級、貴族に値するものが使える特権のような物……そしてそれらはすべて王族の血肉となり、種を守るために使われると。


「しかし、それとこれと何の関係があるというのですか」

「あくまでおとぎ話であると思っていたが……」

「……?」


 レガルド氏の表情に影がかかりました。

 おとぎ話……と、いうことは、大昔の英雄伝説や幻獣などといった類のものなのでしょうが……それがなぜドラゴンにつながるのでしょうか。

 そんな疑問符を浮かべる僕とは反対に、ミァさんはそっと頷き、遥か先まで続く闇の地平線をじっと見つめます。その表情もレガルド氏同様、深く影の入った……お世辞にも笑えないような暗い顔でした。


 どうやらそのおとぎ話を知らないのは僕だけだったようなのですが、それほど不穏な匂いの漂わせるおとぎ話とは一体……。




「ファル坊ちゃん、結論から行けば――この空間は彼のドラゴン……フォニルガルドラグーンの体内だということです」

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