3:17「フォニルガルドラグーン討伐戦 2」

「―――ルちゃん!」

「――――」



「エルちゃん!!!!」

「ふわっ!? びっくりした!!!」


 何が起こったのか。

 母さんがいきなり目の前に現れて、俺の両肩をグラグラと揺らしながら名前を連呼していた。


「びっくりしたって、それはわたしのセリフよ! いきなりぼーっとして!!」

「え? ぼーっとって……俺が?」

「そうよ! もう!」


 ぼーっとしてたって……確か俺、ドラゴンと目が合って、それから……。


(なんか夢を見てたような……)


 かすかに覚えてる。

 花畑の中、小さな女の子と何かをしていた……背の高い男。

 具体的に何をしていたかは覚えていないが、なんだかとても不思議な感じだった……気がする。

 そして多分、何か大事なことを伝えようとしていた気も―――


「!! 母さん、危ないッ!!!」

「きゃっ!?」


 母さんが危ないというか、俺が危ないというか。

 母さんが安心してため息を漏らしたところに、ドラゴンの火球が飛んできたのだ。

 俺は咄嗟に母さんに向かって抱き着くようにして押し倒し、何とかそれをやり過ごす。


 力が強ければもっと安全に避けられたのだけれど……正直押し倒すのも全身で頑張ってやっとだった。

 ああ、本当……非力な体になってしまったものだ。

 ちなみに俺の顔は、例のごとく豊満な脂肪の塊の中に埋もれているが、全く気にすることなくさっと顔を上げた。だってこうでもしないと倒せないんだもん。力12は伊達じゃない。

 ――冗談じゃないわもう!!


「大丈夫?」

「ええ……ありがとうエルちゃん」


 すぐに立ち上がり、何事もなかったかのように体勢を持ち直す。

 ドラゴンの前、親父とののは変わらず攻撃を与え続けているが、やはりそちらを見向きする様子はなく……その視線は今度こそ間違いなく俺に向けられている。

 一体なぜこれほどまでに俺にこだわっているのか、さっぱり見当もつかないんだが……。


「さっきの夢と何か関係でもあるのか……?」


 ……イチかバチか、出てみるか?

 とりあえずは母さんから離れた方がいい。

 火球は見てえからで十分避けられるし、何より巻き添えにするのは絶対に嫌だ。

 これで俺が移動したらしたでこっち向かなくなったりはしない……よな?。大丈夫だよなたぶん。


「……よし」

「エルちゃん?」


 そうと決まれば善は急げだ。


 俺は少し鼓動が早くなってきた心臓を鎮めようと深呼吸をした後、なおもこちらを睨みつけるドラゴンの目を精一杯の眼力で睨み返しながら、そっと母さんに向けて言葉を口にする。


「母さん、俺ちょっと行ってくる」

「……え?」


 ちょっとその辺まで行ってくるみたいなノリで。


「何言ってるの? 行ってくるって……」

「ドラゴンのところ。このままじゃ埒が明かないし」

「なっ!!」


 俺が明確にドラゴンのところと口にしたことで、母さんの顔色が豹変した。

 わかってはいたが……まず止められるだろう。確か似たようなことが前にもあったっけ……攫われたときに。

 あの時はそう、自尊心を守るために押し切ったんだ。結果的には失敗みたいなもんだったけど。

 でも今は違う。

 今度は身を守るためじゃなく……目の前の壁を越えるために立ち上がれる。


「っ…………」

「……母さん?」


 あれ、なんか思ってた反応と違う。

 いや……その反応を抑え込んでるのか、これは。

 たぶん、俺の言ってることを理解して……それでも行かせたくないという自分の心と戦ってるんだろう。

 唇を噛みしめて、必死に。


「無理は……しちゃダメよ」

「……うん」


 それからすぐに、震える声で返事が返ってきた。


「…………」


 それでも次の言葉を出そうとすると、また心を押し殺すように歯を噛みしめる。

 無理をするなと言ったそばから、自分は無理をして子供を送り出そうとする。その気持ちはうれしいけれど、なんて皮肉な話だろうか。


「絶対……帰ってくるのよ」

「わかってる」


 正直なところ、止められた方がまだ気が楽だったんだけどな。

 そんな必死な姿見せられたら余計にプレッシャーになるじゃないか。

 それに……絶対、意地でも負けられないとも思ってしまう。もちろん、負ける気なんて毛頭ないが。


 そんな決意を新たに、俺は今にも泣き崩れそうな母さんの肩を叩く。

 そして「大丈夫」と、慰めるような言葉を優しく微笑みながら送り、待ち受ける脅威へと意識を切り替えた。


「じゃ、行ってくるよ」






 * * * * * * * * * *





 走る。走る。走る。

 とにかく目の前にたたずむ巨大なドラゴンに向かって、ただただ走る。


「親父!! のの!!」

「ッ恵月!?」

「えるにゃん」

「おまっなんで前でて来――!!」

「来るよ!!!」


 俺が親父たちにそう叫んだすぐ後。

 ドン! ドン! ドン! と、次から次へと立て続けにドラゴンの口から火球が放たれる。

 いずれも俺に向かって一直線に放たれたもの。

 まず最初に心配していた……俺から視線が離れるということはなさそうだった。


 しかしあれだ、そんなにしつこいと女の子に嫌われるぞ?

 俺は元々好きでもなんでもないけど!


「ッ! ておい!! 恵月!!!」


 引き留めようとする親父の声に見向きもせずに通り過ぎ、次々と襲い来る火球を避けながら一気にドラゴンの近く……その大きな腕の届く範囲まで近づいてみようと走った。


「まずはとにかく――近づいてみる!!」


 何故ドラゴンは俺に直接攻撃を仕掛けてこないのか、移動すらもせずブレスばかりを使うのか。俺のことだけを狙っているのなら、初めからこっちに来ればいい。そうしないのにはきっと理由があるはずだ。

 直接、その手で攻撃できない何かが。

 俺が狙われる理由も、もしかしたら見えてくるかもしれない。全く身に覚えはないから何とも言えないけれども。


 念のため杖に魔力を流し込み、襲ってきても反撃できるだけの準備はしておく。

 迷いの森でやったような荒技しかできないし、さっきの散弾で魔力も体力も結構持っていかれてしまったので使わせないでほしいところではあるが……果たして。


「おいバカ!!! 恵月!!!」

「えるにゃん むぼー……」


 無謀……に、見えるかもしれない。

 いや、事実無謀だろう。

 今俺がやっていることは自殺行為に等しい。勿論死ぬのは嫌だし、死ぬ気なんてさらさらない。

 それでも確かめなければならないから、今俺は走っているのだ。


(さあ、来るなら来い……!!)


 いつでも反撃できるように右手の杖を構え体制を整えつつ、空いている左手で拳を作る。

 母さんを押し倒すのも精一杯な力12の上に利き手じゃない方の左拳。どう考えてもこっちが痛い思いをするだけだが、一応意味はある。


 俺の攻撃には必ずある効果が付加されているからだ。

 そう、あの時……ルーイエの里が襲撃された時にもお世話になった【呪いの極意】である。あの時は神樹さまの力のおかげで確実に入ったわけだが、通常時……今は7%でそれが発動する。もっとも、この貧弱な……貧弱すぎる拳が攻撃と認識されればの話だが。


 そんな一抹の不安を抱えつつも、もう後戻りはできない。

 俺は拳をできるだけ勢いがつくように綺麗なフォームで繰り出す。

 杖を握り締めた右手をバネに、左拳は弧を描かせるように―――思いっ切り!!!







 ――――ガンッッッ!!!!!!






「いっっっっっっ!?!?!?」


 いっっっってえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!


 俺の華奢な握り拳は、ドラゴン屈強なうろこの前になんとも言い難い鈍い音を響かせた。

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